女衒と髭達磨の因縁
ヴィーネウスとダンカンが過去にやらかした大喧嘩は、当時を知るベテランどもにとっては、まさに「天変地異」そのものだった。
ヴィーネウスが発する単発攻撃魔法を、ことごとく鎧と長柄槍斧ではじき返し、はじかれた火炎や電撃、魔槍は轟音を響かせながら周辺の建物を打ち砕いていく。
一方ダンカンがヴィーネウスに向けて振り回すハルバードにより、街の石畳は砕かれ、街路樹は叩き折られていく。
「死ねえいヴィーネウス!」
「貴様こそさっさと蒸発しろ!」
ヴィーネウスはさらに強大な呪文を投げようとするも、休むことなく打突斬と変幻自在に襲ってくるハルバードに翻弄され、なかなか呪文に集中することができない。
「これでどうだ!」
ヴィーネウスが呪文を呟くと、石畳から無数の腕が生え、ダンカンの動きを止めようとする。
「こざかしいわ!」
しかしダンカンは石の腕に掴みかかられるのも気にせずに、それらを強引に引きちぎりながらハルバードを振り回してくる。
「ならばこれだ」
ヴィーネウスは再び呪文を練った。
すると、急激にダンカンの動きが緩慢になる。
「どうだ、遅延の味は」
「貴様、状態変化魔法とは卑怯なり!」
「だまれ肉達磨!」
「もうわし、怒っちゃったもんね!」
よっぽど頭にきたのだろうか。
ヴィーネウスの手元から打ちだされる氷塊弾が全身に襲い掛かり、激しい金属音を鳴り響かせているのを気にすることもなく、ダンカンはゆっくりとその右手を頭上に挙げた。
「狂乱軍団じゃあ!」
「何だと!」
呪文の発動と同時に、うっすらと赤光に包まれたダンカンが、先ほどまでとは比べ物にならない速度で、ヴィーネウスに向けて攻撃を繰り出してくる。
「こいつ、頭大丈夫か!」
そう悪態をつくも、こうなるとヴィーネウスは防戦一方となってしまう。
なぜならばバーサークレギオンに精神魔法は通じない。
中途半端な攻撃魔法はすべてダンカンにはじかれる。
上級魔法を唱えようにも、矢のように繰り出されるハルバードの前に呪文を完成させる猶予がない。
ちっ。
苦肉の策とばかりに、彼はとっておきの呪文を唱えた。
対魔法絶対防御。
呪文の完成とともに、ヴィーネウスを中心として白銀の円環が広がっていく。
円環の光をその身に受けると、ダンカンはぴくりと全身を痙攣させる。
それと同時に彼の身体から赤光が消えていく。
アンチマジックサークル。
それは術者を中心とした効果範囲内の魔法をすべて打ち消す呪文。
その効果はダンカンのバーサーク・レギオンも打ち消してしまった。
しかしこの呪文は、ヴィーネウスにとっても諸刃の剣であった。
なぜなら、彼がその身に纏った防御魔法も肉体強化魔法も、彼自身の対魔法絶対防御によって、すべて吹っ飛んでしまうから。
つまりヴィーネウスは、ダンカンに対して丸腰になってしまったのだ。
「なんの、これで終わりだ!」
さすがにバーサークレギオン直後は、ダンカンの身体にも相当な負担が残るのであろう。
しかし彼は肩で息をしながらもヴィーネウスに向かっていく。
ヴィーネウスは勝利をあきらめた。
今日はこれで仕舞としよう。
続けて彼はもう一つのとっておきを唱えた。
母の子守歌。
するとダンカンは、ヴィーネウスなどどうでもいいといった表情になると、ハルバードを担いで踵を返してしまう。
続けて彼はビーネの名を叫びながら、全力疾走で連射花火亭に帰ってしまった。
しかし無防備な背中を向けるダンカンに対し、ヴィーネウスは追撃を行うことができない。
なぜならばこの魔法が効果を示している間は、術者を含む対象者は、互いへの攻撃を行うことができなくなってしまう、いや、攻撃しようとする意思がなくなってしまうからだ。
そう、マザーズララバイは対象者の攻撃心を望郷の念で上書きし、戦闘を強制的に終了させてしまう効果を持つ魔法なのだ。
◇
今回ヴィーネウスはレイに、回復魔法の他にアンチマジックサークルとマザーズララバイのふたつの魔法を教え込み、繰り返し使うことにより、彼女との親和性を高めさせた。
さらに彼が所有していた「霊魂の錫杖」をレイに持たせ、この魔法道具の効果により、常にレイの魔力を速やかに回復できるようにさせた。
レイは彼女の故郷で「望郷」をシンボルに、「革命」を巻き起こしたのである。
◇
「で、結局ヴィーネウス殿とダンカン殿が揉めた原因は何だったのだ?」
「魚は焼くのと煮るのと、どちらが美味いかだってさ」
ひとしきり大笑いしたのち、ウルフェは声を絞り出した。
「男って馬鹿だな」
「ホント馬鹿よね。魚は刺身に決まっているのにね」
「ちょっと待てビーネ、魚は干物だろうが!」
こうして連射花火亭の夜は、今日もなんとか平和に過ぎていく。




