淑女たちの作戦
ここは一夜明けた早朝の連射花火亭。
深窓の淑女たちは、夜明けととともにそれぞれの屋敷や部屋に戻り、昨晩の乱痴気騒ぎなどはなかったかのように、沐浴などで美しさを取り戻す作業に没頭している。
店内に残されたのは、おっさん三人とそれぞれの関係者だけ。
酔い潰れてだらしなくテーブルに突っ伏していたおっさんどもが、痛む頭を抱えながら起き出すと、ダンカンの妻ビーネ、オクタの娘エイミ、ヴィーネウスの居候アリアの三人が、昨夜は何事もなかったかのようにニコニコとしながら朝食を彼らの前に並べていた。
「旦那さま、それに皆さま、朝食の用意ができましたよ」
「パパ大好物のローヤルゼリードリンク付きだよ」
「はいヴィズさま、あーん」
無意識のうちに条件反射でアリアが差し出したスプーンを口に咥えてしまったヴィーネウスは、そのままアリアの指からスプーンをもぎ取り、何事もなかったように朝食を口に運び、それを飲み込むと、周りからのからかうような目線にあえて気付かないように口を開いた。
「で、ビーネ。仕事はまとまったのか?」
「ええ、三人にもざっと説明しておこうと思って。それにヴィーネウスさまにお願いもあるし」
おっさんどもに朝食を勧めながら、ビーネは昨晩女性陣がまとめた計画について、三人に改めて説明を行っていった。
彼女たちの計画は、宣戦布告をしてきた三国のうち、最も与しやすいであろうイエーグの切り崩しを、まずは最初の目標としていた。
「ヴィーネウスさまのおっしゃる通り、四すくみの切り崩しから入ります」
三すくみは正三角形のごとく、隣合わせとは互いに等距離である。
これは互いへの干渉力が等しいと言い換えられる。
しかし四すくみの場合は、正方形を描いたとしても、その対角線の相手とは距離が長くなる。
これは対角線の関係においては、他の二者よりも干渉力が弱いということを示している。
つまりクリーグにとっては、対角線上にあるヒュファルが最初に壊滅されてしまうのは悪手ということになる。
なぜならばクリーグに隣接するイエーグ、ザーヴェルの背後を脅かす国がなくなってしまうのだからだ。
当然そうしたバランスは他の三国も気づいているはずだ。
まず、どの国を切り崩すか。
ここが各国にとって共通かつ最初のポイントになる.
ただ、他の三国とクリーグが異なるのは、支配者の姿勢にある。
なぜならばクリーグのみ、他の三国に対し宣戦布告を行っていないので、当然のことながら他国に攻め込む道理もない。
なので少なくとも現状では専守防衛のごとく国境の守りを固めているクリーグに向かって、イエーグやザーヴェルが攻め込んでくるとは考えにくい。
ありうるとすれば、イエーグとザーヴェルが同時にヒュファルに攻め込むこと。
まずはヒュファルを落として無力化しておけば、イエーグとザーヴェルは相対するクリーグとの国境を残すのみとなる。
そうなれば二国は互いの国力を温存しながら徐々にクリーグの国力を削り、ゆっくりと落とせばよい。
その後は残った二国による最終決戦となるであろう。
クリーグにとって、今一番落ちてはならない国はヒュファルなのだ。
しかし、ただでさえ狂信にまみれたヒュファルがイエーグやザーヴェルはもとより、クリーグに同盟を申し込んでくるとは考えられない。
ならばどうするか。
「でね、ヴィーネウスさまには、まずはお迎えに行って欲しいの」
「手間賃は?」
「必要経費込みで金貨十枚」
ふん。
ヴィーネウスはビーネの提案に鼻を鳴らすと、背中にらまとわりついてくる蜘蛛娘をぞんざいに扱いながら、身支度のために隠れ家へと戻っていった。
ビーネ達の計画は、まずはイエーグとヒュファルの二国を争わせ、そこにヒュファルの裏を狙うであろうザーヴェルが参戦し、ヒュファル側に兵力を移動させた所で、クリーグは背後からイエーグに宣戦布告を仕掛けるというもの。
つまりクリーグの最初の標的はイエーグと定めたのだ。
イエーグを落とせれば、クリーグはイエーグとの国境を気にせずに、次の手を打つことができる。
ただしこれはあくまでも展望であるため、そうした作戦が可能か否か判断をするために、事前に内偵を各国に送ることにした。
まずはイエーグ王家をひっかける。
ここには同国出身で辺境にパイプのある蜥蜴族のサラが蜜蜂族を伴って向かうことになった。
その後一旦サラはクリーグに戻り、続けてレイネ川を海豹組の助力を得てさかのぼり、大陸中央経由でヒュファルに向かう。
このときは蜜蜂族のサポートに加え、護衛として蜘蛛族のアリアも同行する
最後になるザーヴェルだが、正直なところ、この国に対する偵察は非常に厳しいものがある。
というのは、知の国である彼の国はすなわち魔導の国でもあり、あらゆる感知魔法が国中に張り巡らされている恐れがあるからだ。
なのでザーヴェルとの国境は対魔導部隊で固め、こちらから攻めること無く迎撃態勢を維持しておきたい。
ビーネ達は既に実力者たちの協力を仰ぎ、承諾も得ている。
しかし用心に越したことはない。
ヴィーネウスが依頼されたのは、そのための人物を招聘することであった。
「本当はあなたがザーヴェルとの国境守備に適任なのだけれど、あなたは人々の争いには加担しないのでしょ?」
ビーネがそっとささやいた言葉に対し、ヴィーネウスは無視することで返事をした。
◇
「侵攻作戦まで練ってくれとまでは頼んでいないはずだが」
ウルフェからの報告にログウェル卿は一旦顔をしかめるも、彼女たちが提案した計画が余りにも合理的であるために納得するしかない。
「まあいい。命令はあくまでも軍からであると、淑女たちに釘を刺しておいてくれるか」
主のあきれたような表情に答えるかのように、ウルフェは黒い微笑みを浮かべながら頷いた。
路地裏のネットワークを思い出しながら。




