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死への決断

 震えが止まらない。

 

 竜人族の娘レイは、端正な顔立ちから冷徹さがにじみ出ている男と対峙たいじし、彼からの射殺(いころ)すような視線にさらされていた。

 彼女は今、目の前の男に対する恐怖とともに、彼から伝えられた、自国からの恐怖にもさいまれている。

 

 しばらくして、ヴィーネウスはレイに全てを語り終えた。

 彼女を部族から連れ出した男は、既に部族を裏切っていたこと。

 ヒュファルの新教皇は、レイを使ってイエーグ内で混乱を引き起こそうとしていたこと。

 レイは新教皇の捨て駒だったこと。


 信じられない。

 

 しかし信じるしかない。

 なぜなら、昨晩彼女もヒュファルの神兵に襲われたのだから。

 彼らがむき出しにしていた殺気は、彼女を救うためのものではなかった。

 彼らの(やいば)は、明らかに彼女に(むか)っていた。 


 さらにはつい先程の出来事。

 彼女は部屋の入口で眉間から細く血を流す死体の前に連れて行かれた。

 これまでレイと行動を共にしてきた、今は死体となっている部族の男は、事もあろうに、彼女の部族だけに密かに伝わる、自害用の特殊な毒を塗った短剣を持っていた。


 イエーグに保護を求めるだなんて嘘だった。

 私を救うためだなんて嘘だった。


 恐怖に恐怖を重ねられ、レイは最後に絶望を突きつけられた。


 ヴィーネウスの前で、自身が床に倒れこんでいくのがわかる。

 視界が左右から徐々に暗くなっていくのも、まるで他人事のように思われた。

 しかし彼女は続けて感じた。

 その身体が柔らかく受け止められ、抱かれたことに。


 その直後、彼女の意識は漆黒の世界に塗りつぶされた。 



「私も連れて行って下さい」


 漆黒の世界をさまよった彼女は、光を取り戻したのちに、自分なりの結論を導き出した。

 意識が戻ったレイは、彼女を心配そうに覗き込んでいた女性にそう懇願した。

 

 部族には戻れない。

 今回の計画が失敗したとなれば、きっと教皇は全ての罪や責任を、死んだ部族の男になすりつけ、難癖をつけて彼女の祖父らへ圧力をかけに来るだろう。

 だからといって、教皇に太刀打ちできる力はレイにも彼女の部族にもない。

 冷たい目線の男はレイにこうも言っていた。

 恐らく今起きているこの問題に、イエーグは関わるつもりはないだろう。

 なので当然のことながら、イエーグからヒュファルに対し、何らかの事情説明などを求めることもないだろうと。


 ならば。 

 ならば、私も死んだことにすれば、少なくともこの事件はイエーグの中で終結するはず。


 だから死のう。

 今は死のう。

 だけど生き返ってやる。

 きっといつか生き返ってやる。

 

「お願いです、私も連れて行って下さい。私は死んでしまったことにしてください!」

 ベッドから上半身を上げ、そう懇願するレイの髪を、サラは優しく撫でてやると、柔らかな表情のまま背後に振り返った。

 そこではヴィーネウスが、壁に背を預けながら、満足そうな表情で腕組みをして立っている。

 サラはエイミから顛末てんまつの報告を受けると、一足先に宿屋に戻ってきていた。


「私が連れて帰ってあげる。レイ、おまえは今日からヒュファル人ではなく、クリーグ人だよ。いいよね旦那」

 自身もかつて孤独であったサラには、レイの立場は痛いほどわかる。


「好きにしろ。ところでレイとか言ったかお前、治癒ヒールは使えるな?」

 ヴィーネウスは竜人族の少女が魔法、特に治癒魔法の素養に長けていると気づいていた。


「正式に学んだことはないですが」

 そう呟き、(うつむ)いた少女にヴィーネウスは続ける。


「どうせならこれからは自分の飯代くらいは自分で稼げ。治癒魔法は俺が教えてやる。ただし有料でな」

「ハハ、さすが旦那だね。いいさ、旦那の指導料くらいは私が出してやるさ」


 サラは楽しそうな表情で会話に割り込むと、再び少女に向き直った。

「それじゃ、さっさと準備をしようか。うるさい連中もそろそろ殺戮(ジェノサイド)から帰ってくるころだからね」


 サラの誘いと同時に屋敷の玄関が喧騒に包まれた。

 

「さっさとトンズラするぞヴィーネウスども、まずはガキどもに治癒魔法を掛けてやってくれ!」


 それはダンカンたち連射花火団が戻ってきた合図であった。

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