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父親

 竜人族の男は焦っていた。

 

 彼はレイを教皇派から守るという名目で、長たちの引き留めを振り切り、彼女を連れて村から離れ、イエーグへと脱出してきた。


 しかしそれは偽り。

 彼は既に新教皇側へと寝返っていたのだ。


 新教皇は間諜を通じ、彼にこのような指示を出していた。


「レイをイエーグの領主に引き渡す振りをしろ」と。

 あくまでもレイを保護するふりをしながら、イエーグに潜伏し続けるのが彼に与えられた役割だった。

 

 同時にイエーグに潜伏していた神兵どもは、教皇から「レイの抹殺」を命じられていた。

 しかし、彼らの兵としての錬度は高くなく、その動きは容易にイエーグ側に察知されるであろう。


 教皇はそうなることを読んだ上で、あえて役立たずどもを神兵としてイエーグに送り込んでいた。

 恐らく神兵どもはレイの暗殺に失敗し、イエーグの官憲に捕えられ、激しい尋問にさらされることになるであろう。

 しかしレイがヒュファルの重要人物であるという情報までは神兵の口からイエーグに伝わるだろうが、レイが具体的に何者なのかまではイエーグには伝わらない。

 なぜなら、神兵どもは竜人族の少女が具体的に何者なのかまでは教皇から知らされていないからだ。

 

 このような状況でイエーグがレイを保護すれば、教皇側はいくらでもイエーグに対し言いがかりをつけることができる。

 イエーグの領主がヒュファルの重要人物を拉致したと文句をつけてもいい。 

 ヒュファルに仇なす犯罪者をイエーグがかくまったと難癖をつけてもいい。

 要は後付けでいくらでもイエーグに「落とし前」を求めることができるのだ。

 

 また、イエーグがもたもたしていれば、そのうちレイは他の神兵に殺されてしまうだろう。

 その場合は神兵どもを口封じに抹殺しておけば、イエーグ国内でヒュファルの重要人物が何者かに殺されたと、いちゃもんをつけることができる。

 それにヒュファル国内の穏健派部族らも、その中で最有力部族である長の孫娘が殺されたとあれば、教義よりも怒りが先立つだろう。


 そう、国内の不満分子をあらかた片づけた新教皇は、国内の穏健派をも巻き込んでイエーグにちょっかいを出す口実をレイを利用して作るつもりであった。

 しかしその計画を読み切った者たちがいた。


 それがヴィーネウスたちである。


 彼らはイエーグの前線司令官にヒュファルの策略を聞かせた上で、イエーグがヒュファルに対して「傍観者(ぼうかんしゃ)」の立場でいられる方法を提案したのである。

 提案を聞いた司令官は彼らの計画に乗った。

 連射花火団に金貨五百枚を支払うことで、ヒュファルとの揉め事を押さえ込むことができるのならば、安いものだと。

 

 次にダンカンはイエーグ司令官と次の密約を行った。

 まず傭兵契約は打ち切り、ダンカンたちとイエーグ軍の関係は清算する。

 その上で、国境に対峙するヒュファル軍の殲滅を「賞金稼ぎ」として、イエーグ司令官個人から、これも金貨五百枚で請け負ったのだ。


 次にアリアたちがレイをかっさらい、同時に彼女と行動を共にしていた男の動向を探っていく。

 というのは、この男がレイの味方なのか裏切者なのかが、この時点では判断できなかったからだ。


 だからヴィーネウスたちは男を試した。

 イエーグ司令官のところに行って来いと。

 これで男が馬鹿正直に司令官のところに出向いたのならば、男がレイの味方である可能性は残る。

 しかし、そうでなければ、そういうこと。


 男は司令官のところに出向かなかった。

 

 後は男の手引きでやってきた刺客を返り討ちにし、さらにはサラとアリアが居場所を調べ上げた他のヒュファル神兵たちの寝込みを襲い、それら全員の首を掲げてヒュファル軍に堂々と「仕返し」の名目で私闘を仕掛けたのだ。

 

 男はヒュファルに潜伏していた間諜を失い、頼りにしていたヒュファル軍を失い、レイを失った。

 このままでは教皇による粛清が彼に向かうのを待つのみ。

 彼に残された道はひとつしかない。

 

 男は一度身震いすると、覚悟を決めた。

 レイは赤子のころから見知った娘。

 できるならば自らの手を汚したくはなかった。

 しかしそうも言っていられない。

 

 男は彼らの部族で密かに受け継がれてきた毒の短剣を携えると、レイが捕われている屋敷に向かった。


 男は正面から屋敷の扉をノックする。 


「誰かな?」


 扉は不用心に開けられた。

 中から明るい金髪の可愛らしい娘が顔を出し、こちらの様子をうかがおうとしている。


 まずはこの娘から。

 短剣の切っ先で首筋あたりをかすってやりさえすれば、即効性の毒が速やかに彼女の命を奪うだろう。

 こうして静かに一人ずつ葬っていけばいい。

 開き直った男は、扉の前でほくそ笑んだ。

 しかしそれが男の最期となる。

 

 エイミはその場で腰を抜かし、座り込んでしまった。

 それは目の前の殺人者によってではなく、背後から一瞬、彼女越しに目の前に立つ男に向けられた、針のような強烈な殺気によって。

 

「エイミ、不用心に過ぎるぞ」

 彼女を叱る声に振り返ると、エイミは思わず目を見開いた。


 長針剣(エストック)で男の眉間を的確に突き通していた、父親が見せる氷の表情に。

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