表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/86

竜少女

 ヴィーネウスたちの目の前で、竜人族(ドラグーン)の少女が一人、膝を抱えながら小さくしゃがみ込んでいる。


 そんな少女にヴィーネウスは容赦なく言い放った。

「さて、人質ちゃん。命が惜しかったら色々と教えてもらおうかな」


 いかつい男たちに囲まれ、目つきの悪い男に凄まれた少女ではあるが、何とか気を失わずに気丈に振る舞ってみせている。


「犯罪者に申し上げることなど、何もございません!」

 頭を少し上げ、誰にも目線を合わせることなくそう言い放つと、少女は膝を抱え、頭を両の膝頭に埋めて背中を丸めてしまう。

 しかしいくら気丈にふるまっても、どうにもならないのだろう。

 その背中はがたがたと震えている。


 正直なところ、この状況はヴィーネウスはともかく、ダンカンを始めとする気のいいおっさんどもにとっては愉快なものではない。

 そんな空気を察したダンカンも、これからどうするんじゃ? といった表情でヴィーネウスの方をちら見している。

 しかしヴィーネウスは素知らぬ顔のまま。

 まるで何かを待っているかのように。


 するとしばらくしたところで、アリアが厨房の方からひょっこりと顔を出した。


「ご飯できたよー」


 彼女の報告と同時に、開かれた扉から美味しそうな匂いがぷーんとただよってきた。

 

 ぐう。

 

 同時に可愛らしい音が室内に響く。

 音の主は皆の前で小さくなっている少女のお腹。

 

「ところでお嬢ちゃん、お腹はすいていないかい?」

 ヴィーネウスからの問いかけに少女は返事をしないが、背中はぴくりと反応している。


 その様子を伺ったヴィーネウスは、ダンカンに合図を送るように、ちらりと目線を送った。

 ヴィーネウスからの合図にダンカンは呼応する。 

「それじゃわしらも飯にするかの」

「うおっす!」

 ダンカンとともに、おっさんどもはこの場から解放される安堵とともに部屋から出て行った。


 すると入れ替わるかのようにサラ、アリア、そしてエイミの三人が室内にやってきた。

 それぞれが鍋やら皿やらカトラリーやらをを抱えている。


「頼む」

「はいよ」

 ヴィーネウスへのサラの返事を合図に、一人と三人は部屋を入れ替わった。

 

 三人は部屋のテーブルを四人分の料理で飾ると、三人で少女の元に向かい、それぞれしゃがみこんで、少女の目線に顔を合わせてやる。

「怖い思いをさせちゃったね」

「あのおっさんたち、ああ見えてもいい人ばかりなんだけれどね」

「ご飯、一緒に食べよ?」


 ……。


 しばらくの後、少女は先程の恐怖から解放されたのを確認するかのように顔を上げると、優しそうな表情で彼女を覗き込んでいる三人に呟いた。

「いい人は誘拐なんかしないと思う……」

 少女が漏らした言葉に三人は同時に小さく噴き出した。


「あー、あの目つきが悪いおっさんは確かに悪い人だからね」

 サラは少女にそう笑いかけると、優しく彼女の手を取ってやる。

「私たちが守ってあげるから、まずは一緒にご飯を食べようか」

 

 おっさんどものむさくるしさから一転しての(なご)やかな雰囲気と、ただよう美味しそうな料理の香りによって、少女はころりと落ちてしまう。

 

「全く、旦那には敵わないね」

 サラは少女に聞こえないようにそう呟くと、少女を椅子に座らせ、アリアやエイミとともに、少女を囲んで食事を始めた。

 

「エイミのお父さんって変わった人だよね!」

「やめてよ恥ずかしい!」


 などとアリアとエイミは少女の前で、ごく自然とたわいもない会話を続けながら、料理を口に運んでいる。

 その様子を不思議そうに眺めながら、少女も何日かぶりのまともな食事を口に運び、口の中に広がる幸福にほっとため息をつく。

 こうなってしまえば後は簡単だ。


「ところでお嬢ちゃん、私はサラ。あなたのお名前は?」

「あ、はい。レイと言います! あ……」

 

 サラの穏やかな誘導尋問に引っ掛かって思わず自己紹介をしてしまった少女は、なし崩し的に色々と喋り出すことになった。



 ヴィーネウスたちの予想通り、レイという竜人族の少女はヒュファル各部族の五本指に入る有力な部族長の血を引く者だった。

 彼女の部族が信仰している宗派は、ヒュファル創設者である覇王の司祭が唱えた教えに近しい穏健な教義らしい。


 その慈愛に満ち、争いを(いまし)める教義から、ヒュファル内で教皇争いが徐々に過熱した際も、彼女たちの部族は教皇候補を自らの部族から立たせることをしなかった。


 ところがその穏健な姿勢は、過激な思想に変化していった幾つかの部族が代わる代わる教皇を排出し続け、教皇の部族として力を増していくことを止めることができなかった。

 その結果、ヒュファルが戦乱にまみれてしまったのは皮肉と言えば皮肉といえる。


 ついには今の教皇が即位すると同時に、対立候補を担いでいたいくつかの過激な部族の長は、やれ他国と内通しているだの、やれ教義を歪曲しているだのと難癖をつけられ、教皇自らが放った軍により親族ごと滅ぼされていった。

 その代わりに教皇派の部族から新たな長がそれぞれの部族に派遣され、部族民たちは半ば強制的に宗派の改宗を迫られたのだ。

 

 一方で、レイの部族は教皇からの粛清対象とはなっていなかった。

 なぜならレイの祖父でもある長は政局を読んだ上で、現教皇へと投票したからだ。

 レイの部族を含む、こうした穏健派部族の長に対しては、さすがの教皇も粛清は躊躇(ちゅうちょ)したらしい。


 しかし、レイの部族で長の右腕を務める男が突然、教皇脅威論を部族内で展開し、万一の場合に備えてと、長の血統に連なるレイを半ば強引にイエーグに亡命させるべく連れ出してしまう。

 

 こうして現在の状況に至る。

 

「とまあ、こんな状況らしいよ」

 夜も更け、アリアとエイミとともにレイを寝かしつけたサラは、ヴィーネウスとダンカン、オクタが酒を舐めているテーブルに同席すると、レイから聞きだした情報を三人に伝えた。


「こりゃまたわかりやすいの」

「それだけレイの部族が素朴だってことだろうさ」


 ダンカンとヴィーネウスとの会話にオクタが珍しくぴくりと反応し、これもまた珍しく表情をしかめながら無言で頷いている。


「まあ、いただくものはいただくとするさ。たんまりとな」


 ヴィーネウスがサラのグラスに酒を注いだのち、四人はそれぞれのグラスを手に取ると、ヴィーネウスの宣言を合図に、互いにかちりとグラスを鳴らし合った。



 翌日のこと。

 

「司令官殿の元に竜人族の男は現れていないそうです」

 使いに出したルーキーの報告にダンカンはにやりと頷いた。


 レイは色々と話してしまったことによって肩の荷が降りたのであろうか、それとも食事がよほど美味しかったのだろうか、彼女は朝からサラたちにぺったりとくっつき、行動を共にしながら、おっさんどもの様子を伺っている。


 そうこうしているうちに、毎度おなじみルーキーどもがレイを取り囲んだ。

 続けてお決まりの集団行動を開始する。

 

「レイちゃんって可愛いよね!」

「ねえねえ、レイちゃんって彼氏いるの?」

「真っ白な角がキュートだよね!」


 矢継ぎ早に笑顔で話しかけられ、レイが困惑しているところに一人のベテランが姿を現した。

「ガキどもさっさと準備せんかい!」

「うひゃあ!」


 いつものとおりの叱責と同時に、ルーキーどもは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去っていく。


「あいつら馬鹿でしょ?」

 そう楽しそうに笑うアリアに、レイも表情を引きつらせながら頷くしかなかった。


 その日は何事もなく過ぎようとしている。

 夕食を済ませた男どもはそれぞれに割り当てられた部屋に戻り、思い思いにくつろいでいる。

 レイもアリアたち三人と風呂を済ませ、サラが街で調達してきた生成りのワンピースを頭からかぶり、果汁を蜜で甘く味付けした飲み物を持たされ、女性三人の(かしま)しい会話に付きあわされている。


 そうこうしているうちに、消灯の時刻となった。

 

 がたり

 ぶすっ

 ぶちっ


 そして翌朝を迎える。


 日の出とともに連射花火傭兵団スターマインマーセナリーズの男どもは鎧に身を固めた。

 洞窟族(ドワーフ)のベテランたちが持つ長柄槍斧(ハルバード)の先には、昨晩寝込みを襲ってきた連中、多分ヒュファルの神兵であろう首がいくつも(かか)げられている。

 

「野郎ども、出撃じゃあ!」

「うおおー!」


 男たちは(とき)の声を早朝に響かせると、朝日の中、ヒュファル国境の橋まで猛烈な勢いで進軍して行った。


 イエーグ側の国境を守っている兵士たちが唖然とした表情で道を譲る中、三十人ほどの男どもは、勢いのままにぐんぐんと南に進軍して行く。

 その様子に反対側のヒュファル軍も気づき、慌てて陣を張ろうとするも、そのころには三十人は橋を超え、ヒュファル軍と対峙した。


 ヒュファル軍は約三百人。

 謎の集団は約三十人。

 兵力ではあきらかにヒュファル軍の方が上であり、冷静に対処すればどうということもないはず。

 しかし彼らは動揺してしまう。


 なぜならば、相手が持つハルバードに掲げられた生首は、ヒュファルが探索のためにイエーグへと送り込んだ神兵たちのものであったからだ。


「人の寝込みを襲った落とし前をつけさせてもらうぞ!」


 先頭の筋肉髭達磨がそう叫ぶと同時に、謎の兵どもは生首をヒュファル軍の中に投げ込み、ひるんだヒュファル軍に雄たけびを上げながらなだれ込んでいく。


 その様子を、イエーグの守備軍は橋の向こう側から指をくわえて見つめているしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ