宗教国家ヒュファル
ここはイエーグの南を守る砦街。
この辺りの領主であり、国境警備の司令官でもある貴族は、南の隣国ヒュファルの軍勢に対し、常に神経をとがらせている。
実はイエーグにとっては、東の隣国クリーグに比べ、ヒュファルはそれほど魅力のある土地ではない。
その理由は二つ。
まず、ヒュファルの国土は砂漠地帯がほとんどであり、作物に関して言えば決して豊かだとは言えないからだ。
砂漠地帯から採取できる希少金属や宝石の類は確かに高価ではある。
しかし、そうした貴金属は、イエーグの南東に位置する魔術の国ザーヴェルにおいては魔術の研究材料や触媒としての価値もあるのだが、弓国イエーグや戦士の国クリーグにとっては、金持ちの嗜好品でしかない。
そうした理由から、イエーグとヒュファルの間では貿易もそれほど活発ではなく、せいぜいイエーグの貴族階級が貴金属の買い付けのためにヒュファルに使者を遣わせるくらいのものなのだ。
もう一つの理由は、イエーグ国民にとって、ヒュファル国民は正直なところ、何を考えているのかわからない連中としか思えないということにある。
これも両国の関係を疎遠にしている原因の一つとなっている。
イエーグも、ある意味何でもありな戦士の国クリーグと比較すれば、規律の厳しい法治国家なのであるが、ヒュファルはさらにそれを超える戒律国家なのだ。
とにかく二言目には「神の御意志」と来るし、ろくな作物が取れない割には、ヒュファルの民は「神の教えであれは食えない」「神の教えでこれはできない」となどと、いちいち煩わしいこと、この上ないのだ。
一方で、これまでのヒュファルはイエーグに対して武力で挑んでくるようなことは、ほとんどなかった。
これはヒュファル自体が様々な宗教部族の連合体であり、国家としての一体感にいまいち欠けているのが理由だと分析されている。
ヒュファルでは王家は世襲ではなく、各部族の投票により統治者である「教皇」が選出される。
投票は各部族が持つ票総数の過半数を獲得するまで、最下位の候補を文字通り刃で「切り捨てて」いくのである。
建国当初はこうした残忍な風習はなかった。
だが、その後新たな教皇が即位する度に、反教皇派の部族が反乱やら教皇暗殺やらを企て、ヒュファルは何度も戦乱に包まれた。
こうした状況はヒュファルという国そのものを疲弊させると各部族の長も気づき、後に遺恨が残らないようにと、このようなある意味「勝者が総取り」のシステムを導入したのだ。
なので教皇への立候補は文字通り、命がけである。
その代わり一度教皇の地位を得てしまえば、その権力は生涯に渡って絶対的なものとなる。
そんな教皇候補に手を上げる者は良きにつけ悪しきにつけ、極端な性格を持つ者ばかりとなってしまう。
その結果、新たな教皇が選出される度に国家体制も振れまくるという悪循環に陥り、やはり年がら年じゅう反乱分子が各地で決起しているという始末なのだ。
こうした事情からイエーグにとってヒュファルは何の魅力もなく、ヒュファルからすれば、国内の争いが忙しくて、隣国イエーグやザーヴェルにちょっかいを出す余裕などなかった。
これがこれまでイエーグとヒュファルが暗黙のうちに不可侵であった理由である。
ところが、どうやら最近選出された教皇の手腕により、ヒュファルの混乱は急速に平定されているらしい。
手法はお決まりの粛清であると、まことしやかに囁かれているのではあるが。
◇
「でね旦那、どうやら反教皇派がイエーグに潜伏しているらしいんだよ」
「神兵の連中は、そいつらをとっ捕まえるために新教皇から派遣されているんだってさ、ヴィズさま」
サラとアリアが彼女たちが滞在していた宿屋で神兵らしき連中から盗み聞きした情報によれば、新教皇の粛清から逃れるため、反教皇派の重要人物がひそかにイエーグに逃亡しているらしい。
また、彼らの会話内容からすると、この重要人物は数日の野宿にも耐えられないほど虚弱だという。
「まさか病人を連れまわしているわけではないだろう。恐らくは老人か子供だろうな」
「そうじゃろな。それに潜伏するならば寿命は長いほうがいい、恐らくは子供じゃろ」
ヴィーネウスとダンカンは、重要人物は子供だろうと推測した。
「ところで何が金儲けになるんだ?」
「意地悪だね旦那たちは」
ヴィーネウスとダンカンの黒い笑みに、サラも美しい顔を楽しそうに歪めて見せた。




