姐さんのお誘い
南の砦街に到着した連射花火団の一行は、東の砦街で登録した傭兵契約証を前線司令部に持ち込み、前金とともに命令を受けた。
命令内容の一つは、国境警備というもの。
これは要するにイエーグ軍の一員として、一日三交代で国境を挟んで対岸のヒュファル軍と、にらめっこをするようにとの命令である。
これで一日の報酬が金貨三十五枚ならば一見楽な仕事のように見えるが、報酬には必要経費や治療代、葬式代なども含まれているので、一旦紛争が起きてしまうと、傭兵団が赤字になることもある。
そして、もう一つは傭兵ならではのお仕事である。
それは「神兵」の動向調査。
彼らが何の目的で国境を超えて活動しているのか、イエーグはその理由をまだ掴むことができていない。
だからと言って、現在捜査を担当している官憲以外に、安易にイエーグの軍人を動かしてしまうと、いちいち行動が大げさとなり、ヒュファルとの間で新たな問題を引き起こす恐れもある。
なのでこちらは在野の傭兵たちにのみ命令された。
但し、神兵との揉め事は軍の活動とは認めないので法の免責はない。
つまりは自己責任でやってくれということだ。
ちなみにこの命令は出来高制で、有用な情報であればそれなりの褒賞が与えられる。
しかし当然のことながら1日の三分の一は、それぞれの傭兵団は全員で国境警備に向かわなければならないので、その間は神兵の動向調査を行うことはできない。
前線司令部にしても国境警備がメインで、神兵調査はついでに何か掴めれば儲けもの程度の認識なので、積極的に神兵調査に乗り出そうという傭兵団はほとんどなかった。
前線司令部は一通りダンカンに命令を下すと、連射花火傭兵団の団員数に相当する宿舎のベッドを提供した。
ちなみにエイミは女性ということで、さすがに男どもと同じ宿舎ではまずいだろうと、前線司令部からはベッドではなく宿泊料を支給されることになっている。
なので傭兵にカウントされなかったヴィーネウスとオクタは、エイミの案内でサラやアリアと合流することに決めた。
ところが、彼女たちが宿泊していたはずの宿は、既に引き払われた後であった。
「あれえ? どこに行っちゃったんだろ」
エイミがすっとんきょうな声をあげた。
一方でヴィーネウスは、街の住人が「蜘蛛娘」についての目撃情報を何やら噂しているのを耳にし、ため息をつきながら肩を落としている。
「多分アリアがやらかしたのだろう。とりあえずダンカンたちの宿舎近くに戻っていれば、サラが俺たちを発見するだろうさ」
ヴィーネウスたちがダンカンたちの宿舎に戻ると、既に宿舎に横づけされた馬車にターフを張った簡易テントの下で、ダンカンをはじめとするベテランたちが簡易コンロに置かれた鍋を車座でつつきながら、イエーグウォトカをあおり始めていた。
「ヴィーネウス、オクタ、こっちじゃ」
ダンカンからの呼び声にヴィーネウスとオクタもそちらにふらふらと足を向けていく。
「邪魔するぞ」
普段の仏頂面がどこに行ってしまったかというほどのにやけた表情で、ヴィーネウスが車座の間に割り込むと、そこにオクタもへらへらと続く。
ベテランたちも二人のためにそれぞれ尻を少しずつ動かして再び車座を立て直すと、二人にウォトカと皿を当たり前のように渡した。
「あれ?」
ひとり残されたエイミに構わずベテランどもが酒盛りを始めたところで、宿舎からルーキーたちがひょっこりと顔を出した。
「あれ、エイミちゃんは宿舎が別じゃなかったかい?」
ルーキーの一人からそう尋ねられたエイミは、少しふてくされながら答えた。
「ちょっと手違いがあったみたいでさ」
「なら俺たちと飯でも食いに行くかい?」
ベテランたちが言うには、どうやら近くに安くてうまい飯を出す店があるらしい。
それにルーキーたちも、おっさんどもの酒宴につき合っているよりは、自分たちだけで食事を楽しんだほうがリラックスできる。
ちなみに若手どもは東の街の娼館で吹っ切れたようで、率先してベテランどもの荷物を宿舎に運び入れると、そのまま連れだって繁華街へと出かけてしまっている。
いつものエイミならば率先して行くと答えそうなものだが、さすがに彼女もサラとアリアのことが心配らしく、二人の顔を見るまでは安心できないらしい。
「今日は留守番しているわ」
エイミはため息をつきながらそう返事をしてから、連れだって出ていくルーキーどもの背中と、だらしなく飲んでいる自分の父親を見比べると、再びため息をついた。
さて、数刻後のこと。
父親へのせめてもの抵抗を見せるかのように、ダンカンの背中を壁代わりにもたれて果実酒をちゅーちゅー吸っていたエイミは、見知った姿がこちらに向かってくるのを見つけた。
「サラ姐さん、こっちだよ」
エイミが声をかけながら手を振ると、荷物を背負った小柄な女性もエイミたちに気が付き、そちらへと向かっていった。
「明るいうちから外で宴会とは、相変わらず仕方がないね、このドワーフどもは」
そう笑いながら当然のようにヴィーネウスの右隣に割り込んできたサラは、左隣の男に気がついた。
「おや、こちらさんは?」
サラの興味深そうな視線にエイミは恥ずかしそうな表情となる。
「これ、うちの父親。ここまでついてきちゃったの」
「へえ、蟲獣族の男が外をふらふらしているなんて珍しいね」
などというサラの無礼なもの言いにもオクタは全く反応せず、相変わらず幸せそうにウォトカを舐めている。
するとサラの胸元から黄黒斑の小さな蜘蛛がはい出してくると、風に乗るかのようにふわりと舞い、ヴィーネウスの膝元に落ちると同時に、ぽんっと少女の姿に変化させた。
「へへへ、ヴィズ様お久しぶり」
ヴィーネウスの膝の上に座り、彼の顔を仰ぎみるように甘え声を出したアリアは、そのまま首根っこをヴィーネウスに掴まれると、無言でサラの方に放り出されてしまう。
「酷いわヴィズ様ったら!」
しかしアリアの訴えは車座の全員から無視され、アリアもやむなくエイミから差し出された果実酒をチューチューやることにした。
するとここで同じようにアリアを無視していたサラがヴィーネウスに囁いた。
「ところでヴィーネウスの旦那、ちょっと相談があるんだけどさ」
「断る」
にべもないヴィーネウスを気にせず、サラはにやりとしながら言葉をつづけた。
「金儲けになるかもよ」
「聞くだけだぞ」
すると先ほどまではサラやアリアにも構わなかったドワーフどもが、急に聞き耳を立てだした。
彼らを代表してダンカンがサラに文句を言う。
「なんじゃい、わしらはのけものかい」
「そんなことはないさ、ダンカンの旦那」
さあ、悪だくみ開始である。




