団長の腕の見せ所
連射花火団の一行は、クリーグとイエーグの国境を超え、そのまま南へと進路を向けていった。
通常ならば、国境という場所では両国の警備隊が向かい合うように、互いに守りの任に就いているものである。
しかしこの大陸は覇王の手により地面が十字に穿たれており、境目があからさまである上に、十字クレバスを越えてくるには橋を渡るしかないという守備側に圧倒的に有利な地形から、いわゆる軍事組織は、通常は国境周辺には駐留していない。
その代わり、イエーグにおいては、主要都市に続く街道に砦街が築かれており、敵の侵入時は障壁となる。
イエーグに入出国する商人や旅人たちは、入国証の登録や通行税の清算などを、ここで行うことになっている。
過去、イエーグは今の砦街よりも東側、つまりクリーグ側に城砦を構えていたこともあった。
しかし城砦は国家組織に不満を持った反乱分子により滅ぼされてしまった。
結局、城砦に立てこもった竜人族を中心とした反乱分子たちも、王都ラケーテから派遣された国軍により滅ぼされてしまったのではあるが。
その後竜人たちの怨霊が取りついてしまった城砦は、そのまま捨て置かれていたのだが、ある日突然、怨霊どもとともに、砦ごと消え失せてしまったらしい。
一行は砦街にあるイエーグ官憲組織を訪れ、途中で切り飛ばしてきた賞金首の清算および、サラとアリアが待つ南の街で傭兵活動を行うための申請をこの砦街で行った。
ちなみに道中で貯め込んだ賞金首はざっと四十人分。
賞金総額は金貨二百枚ほどにもなる。
こうして得た賞金を、団長であるダンカンは、半分を団共有の収入とし、残り半分を、それぞれのキャリアによって団員たちに配分していく。
まず賞金首分である金貨二百枚をこのルールで配分すると、ダンカンやベテランたちは金貨五枚、若手のホープどもは金貨三枚、ルーキーどもは金貨一枚程度の分け前となる。
さらに今回は山賊どもの身ぐるみを剥いだ時に出てきた財産が、なんと金貨千枚ほどもあったので、総額金貨千二百枚が団全体の収入となった。
なので分け前はベテラン三十枚、若手が二十枚、ルーキーどもでさえ金貨十枚という、破格の金額となっている。
エイミにもルーキーの最も下っ端に準じる「金貨五枚」がダンカンから分け与えられた。
ちなみにエイミが普段リルラージュから、お仕事を終えた後のお小遣いとしてもらっていたのは銀貨三枚。
これだけでも美味しいお菓子やら妹たちへのお土産やらを十分に買えたのに、今彼女が手にしているのは、銀貨にするとなんと五百枚分である。
余りの大金にエイミはどうしてよいのかわからず、目眩がしてしまう。
それはルーキーたちも同じようで、それぞれが手にした金貨に浮かれたり困惑したりしているようだ。
盗賊どもから剥ぎ取った収入については、別に官憲へと申告する義務はないのだが、特に課税されるわけでもないので、ダンカンは「賞金首から奪った財産」として官憲に大まかな報告をおく。
こうしておけば、多分今晩繁華街で豪遊するであろう連射花火団員たちが、なぜこんな大金を持っているのかを、官憲に疑われることはない。
旅の間に稼いだ金を隠そうとするのは素人。
なぜならば、そんな情報はどこからか漏れてしまうものだからだ。
ならば最初から公にしておく。
どうせ街で団員たちがやらかすであろうトラブルの場で、少なくともこちら側は金がらみではないことを、官憲への事前情報として知らせておく方が利口なのだ。
当然何枚かの金貨は取り締まり担当の官憲へと事前に握らせておく。
ダンカンは次に傭兵団の申請と登録に向かった。
官憲が提示した活動内容に見合った団への報酬交渉を行うのも、傭兵団長の大事な役割だ。
ちなみに、ここが傭兵団長の、腕の見せ所である。
「いかに団の戦力を高額で売ることができるか」というのは団長の大事な資質なのだ。
「ほう、あなた方が最近東で評判の連射花火団ですか」
「知っとるのか。そりゃありがたいこっちゃの」
慇懃無礼な官憲事務官の態度も気にせずに、ダンカンは己の団員たちを、彼らの得意な得物とともに並べて見せていく。
「重装歩兵十名、騎兵十名、遊撃兵十名じゃ。相手がヒュファルの神兵どもならば十分有効じゃろ?」
「確かにそうですが」
信仰国ヒュファルの神兵は、防護魔法と肉弾戦、それに回復魔法を得意とする。
なので弓兵中心のイエーグでは、彼らの防護魔法による弓攻撃の防御や、接近戦となった時の兵同士の体力でどうしても劣ってしまう場合がある。
一方で攻撃魔法による破壊力に乏しいヒュファルは、重装備に包まれた近接兵士に突っ込まれるといささか分が悪くなってしまう。
だからこそ、イエーグはクリーグに対し、内々で傭兵の募集を伝えたのだ。
「重装歩兵は一日金貨二枚。騎兵は金貨一枚。遊撃兵は銀貨五十枚でどうじゃ?」
これで団一日の活動費は金貨三十五枚分となる。
「重装歩兵は言い値で結構です。しかし騎兵と遊撃兵は、ともに銀貨五十枚というところですね」
事務官もできるだけ経費を抑えて傭兵を派遣したいので、この辺りは重箱の隅をつつきに来る。
「それから、あそこにいるふてくされた男と酔っ払いの男、それと革鎧の娘は数に入れませんよ」
ダンカンは、いい加減この場から開放しろとばかりに「怒っていますよオーラ」を纏っているヴィーネウス、馬車の陰に座り込んで、うとうとと居眠りを始めているオクタ、いきなり事務官に睨みつけられて、思わずオクタの陰に隠れてしまったエイミへと順番に視線を向けた後、まあいいかという表情になった。
これならばルーキーどもの士気も上がるだろう。




