相手が悪かった
連射花火団の一行は、クリーグの王都ミリタントを出発すると、まずはイエーグとの国境を目指し、西へと向かっていった。
団員たちは数台の馬車に分乗し、交代で御者を務めている。
手が空いている者、特に「ルーキー」と呼ばれる若者たちは、旅の間もベテランたちから騎馬の操舵や馬上戦闘のコツなどを学んでいる。
エイミも「乗馬を覚えといても無駄ではないからの」というダンカンの計らいにより、彼の愛馬を貸してもらい、乗馬訓練に同行している。
母譲りの明るい金髪をショートに切りそろえ、薄茶色の皮鎧に身を包んだ彼女は、荒々しい風貌ながらも乗り手にはやさしげな黒毛巨馬の背中に揺られながら、これも母譲りである薄青の瞳を輝かせている。
何故なら、普段はおちゃらけたり、やたら彼女の身体に触れたがったり、よくわからない質問を自分で投げかけておきながら、勝手に頬を赤らめているルーキーたちが、訓練の最中は殺気すら感じさせる緊張感を漂わせているから。
彼らの真剣な表情は、同行しているエイミにとっては十分刺激的だった。
そうしていくうちに、蜜蜂族である彼女は、これまでの兵士蜂としての集団生活では持ちえなかったであろう感情を、新たに学んでいった。
若者たちの真剣な振る舞いにいつのまにか惹かれていく心を。
さて、道中は山賊があちこちから姿を現すのが日常であるが、さすがにそこら中に潜む彼らも、このキャラバンは物騒な連中の集まりだと認識したのか、一行が山賊どもに出会うことはなかった。
しかし一度だけ彼らは夜襲を受けた。
ルーキーたちは早々に夕食の片づけを済ませると、エイミの馬車へと非常に行儀がよろしい「夜這い」を仕掛け、集団で蜜蜂娘一人に転がされている。
一方のベテランどもは、今日も相変わらず焚火を囲んで、強い酒を舐めながら、へらへらと夜を過ごしている。
その他の若手どもは、今宵も「北の空に旅立ってしまった妻と娘」を思い出しながら、一つの馬車にまとまり、べそべそと傷をなめ合っている。
その様子を森林の闇から窺っている一団がいた。
彼らは隣国イエーグからの逃亡犯罪者で構成されている。
イエーグよりはましなクリーグの市民権を得るために必要な「一人金貨六十枚」を稼ぐために、彼らは徒党を組んだ。
単独でキャラバンを襲っても返り討ちにあうだけ。
彼らは数こそが力であることを理解している。
まもなく残り金貨数十枚で全員分の税金が貯まるところまで、彼らの中から裏切る者が出ることもなかった。
何故なら彼らにとってのクリーグ市民権は「目的」ではなく「手段」であり、市民権を得た後にクリーグで楽しい放漫ライフを送るために重要なのは、信用できる仲間の存在だということも理解しているからだ。
こうした共通目的を持つ集団の練度は、おのずと高まるものである。
その結果、彼らはそれぞれの得意技術を駆使し、協力し合い、ここまで仲間の一人を失うこともなく、山賊業を続けてこれたのだ。
「勝負に出るかい?」
彼らの一人が静かに呟いた。
目の前に野営するキャラバンの人数は、彼らよりも多い。
普段なら襲うのをあきらめて、見逃す規模である。
しかし焚火を囲んでいる連中は、明らかに酔って油断しているし、他のメンバーは二台の馬車に密集している。
この状態ならば、彼らの虎の子である「集団攻撃魔法」が抜群の効果を発揮するだろう。
あと数十枚で人数分の金貨が揃う。
この襲撃を成功させれば、間違いなく金貨は揃い、念願のクリーグ市民権を全員で手に入れることができるだろう。
罪人どもの互選により、頭目の立場となった魔術師の男は、逡巡の後、横に立つ副頭目からの確認へと静かに頷いた。
「これで決めてしまおう」
◇
頭目の魔術師は、まずは焚火を囲む集団に向けて、暗闇と沈黙を続けて放った。
呪文の完成と同時に山賊の殆どが、突然現れた不自然な暗闇の中に全速力で飛び込んでいく。
目的は闇に乗じてキャラバンの人数を減らすこと。
まずは与しやすいであろう酔っぱらいどもを始末してしまうのだ。
続けて魔術師は一台の馬車に向けて、彼最大の攻撃魔法である爆裂を用意したが、一瞬の躊躇後、残る二台の馬車に対する魔法も沈黙に切り替えた。
それは爆裂の魔法ではお宝をも吹き飛ばしてしまうことを恐れたからだ。
大丈夫、彼にはまだ数発の炎矢が残っている。
まずは酔っぱらいどもを仲間が駆逐する間、馬車の連中を沈黙で混乱させ、その後に仲間が馬車の連中を襲う際に、自身の炎矢で援護すればいい。
山賊どもは魔術師が展開した無音の暗黒球の中に突っ込むと、酔っぱらいどもに静寂の乱戦を仕掛けていく。
突然の静寂に戸惑う者どもは、その状況を前提としている山賊にとっては絶好の獲物なのだ。
「よし!」
魔術師は己の作戦が成功するだろうと確信した。
呼吸を整えた彼は、続けて炎矢を準備すべく呪文の詠唱を開始する。
しかし呪文が完成されることはなかった。
なぜならば、彼の目の前に飛び込んできた信じられない光景によって、息を飲んでしまったから。
仲間の首が暗闇から無音で、月明かりに照らされながら、鮮血をたなびく煙に見立てた花火のように打ち上げられていく。
さらには寝込みを襲うべく密かに二台目の馬車を取り囲んでいた仲間たちも、魔術師が見慣れた炎矢によって次々と胸を打ち抜かれていく。
木陰に身を隠している彼の目の前で、予想だにしなかった悪夢が展開されていく。
何が起こっている!
先の場面では二台目の馬車は爆裂で吹き飛ばすべきだったのか?
まさか自身の欲がこの事態を招いたのか?
そこで彼の意識は途切れた。
うなじに「ちくり」とした痛みを一瞬だけ感じたことが、彼にとって最後の記憶となった。
◇
突然の静寂に襲われ、パニックに陥ったルーキーどもとエイミは、慌てて馬車から飛び出した。
しかしそこでは、相変わらずおっさんどもが焚火を囲んでいる。
ダンカンもヴィーネウスもオクタも、おっさんどもと混じり、一緒になってへらへらと酒を舐めている。
ただ、先ほどとは少し光景が異なっていた。
なぜかおっさんどもは、首のない死体に囲まれていたのだ。
さらにはよく見ると、自分たちの馬車の周りも、胸を炎で焼かれたかのような死体に囲まれていた。
「ルーキーども、さっさと手伝え」
ベテランどもの宴会の横では、若手の先輩たちが、黙々と死体の片付けを行っている。
ある者は死体の身ぐるみを剥ぎ、ある者は明かりに照らした手配書と、そこいらに散乱している首を照らし合わせながら検分を行い、続く者が首の血抜きを始めている。
「しっかし、相変わらずえげつないの。お主の魔法は」
「それを言うならお前らの断首の方がよっぽどえげつないだろ」
などと、おっさんどもとヴィーネウスは、一汗かいた後で飲み直しの酒を楽しんでおり、その横では当然オクタも無言でへらへらとしている。
すると、ダンカンが思い出したようにエイミに向かって叫んだ。
「おいエイミ、そこの林の奥にも死体が転がっておるはずじゃから、小僧どもと引っ張ってこい」
突然のえげつない命令に、当然エイミはびびってしまう。
それでなくともこんな流血の惨状の中で平然と作業をしている先輩たちや、酒を舐めているおっさんたちの姿にびびっているというのに。
「え、やだ。私、流血怖い」
うろたえるエイミに向かってダンカンは笑い飛ばしてみせた。
「大丈夫じゃ、そいつは多分出血はほとんどしとらんはずじゃからの」
そう笑いながらダンカンはオクタをちら見するが、彼は娘なんぞに興味はないといった風情で、相変わらず幸せそうに酒を舐めている。
しぶしぶルーキーたちと死体探しに出かけたエイミは、すぐに発見した死体のうなじに、見慣れた傷を発見した。
それは針のようなもので穿たれた、蜜蜂族が好んで使用する針剣特有の傷。
死体の相手はよほどの手練だったのであろうか、その傷は正確に死体の頸椎を貫き、神経を断絶させている。
エイミ自身も細針剣を使うので、この傷をこしらえた相手のやばさは実感できる。
しかし彼女が知る者で、こんな達人は思いつかない。
「ダンカンさんのハルバードじゃあ首ごと飛んでいっちゃうし、先輩たちにも針剣の使い手はいなかったよなあ。まさかヴィーネウスさんの魔法ってことはないわよね」
そう首をかしげながら、エイミはルーキーどもが死体を引きずる後を追って行った。




