野郎どもの出陣
「ってことで、辻褄が合ったわね。それじゃ主人を呼んでくるわ」
「もうここにおるわい」
「あら、私の愛情が伝わったかしら」
「昼間っからこんな空恐ろしい女どもが集まっておったら、身構えもするぞ」
ウルフェに続いて姿を現したのは、ビーネの夫であり、連射花火団の団長であるダンカンである。
「で、ウルフェ。何人ほど用意すればいい?」
ダンカンからの確認に、ウルウェは連絡将校らしく直立不動の姿勢で答えた。
「イエーグに貸しを作るのが目的であるから、規模はお任せする。ついでにヒュファルの神兵どもも、混乱に乗じて人数を減らしてきてくれるとありがたいとのことだ」
「それじゃあ、ルーキーどもの教育も兼ねて、皆で行くかの」
すると、いつの間にかダンカンの背後に集まっていた傭兵団の若者たちが歓声を上げた。
「うおー! デビュー戦だー!」
「このまま釣師にならなくて済みそうだぜ!」
「手柄を立てて可愛こちゃんを嫁にもらうぞー!」
ごん、ごん、ごん。
ルーキーどもは、さらに後ろに控えていた古兵たちのげんこつを公平に食らって白目を剥くと、そのまま詰所へと引きずられていった。
「うちの宿六も連れて行っておくれ」
カサンドラの申し出に驚いたような表情を見せたのは娘であるエイミ。
「え? あの役立たずのとーちゃんを連れていくの? それって迷惑じゃない?」
などと酷い言われようであるが、当の本人は奥のカウンターで、いつものように幸せそうに酒を舐めている。
「皆が戦に出かけて留守にしているときに、あれだけがこの店でクダを巻いているのも見苦しいからのう。そうは思わんか?エイミ」
そう言われてみれば確かにそうだ。
エイミは女王である母親の言葉に渋々納得すると、呑んだくれの父親のところに向かい、自分自身と父親の旅の準備をするために、一旦巣へと無理やり父親を引きずっていった。
そんな二人の姿を目を細めながら見送った後、カサンドラは口元を持ち上げるような笑みで振り向いた。
「当然お主も行くのじゃろ? なあ、ヴィーネウスよ」
微笑みを浮かべた女たちからの無言の圧力に取り囲まれたヴィーネウスに、「断る」という選択肢は残されていなかった。
◇
「鎧が凛々しいわ。惚れ直しちゃう」
「そうじゃろそうじゃろ」
緑髪をなびかせ、気品を纏う美しさを放つ草原族と、どこからどう見ても、棒が刺さった白銀色の髭達磨にしか見えない岩窟族が、いつものように人目もはばからずいちゃついている姿を横目に見ながら、ダンカンの部下たちは遠征の準備を進めている。
ちなみにどこの誰が見ても小達磨髭面のむさいおっさんであるダンカンに、ビーネというとびきり美しい妻がいるという事実は、傭兵団の若手にとっては「いつか俺も」という夢や希望につながっている。
ダンカンの部隊は約三十人で構成されている。
まずは長柄槍斧や戦斧などで一撃必殺を得意とする、全身鎧に身を包んだ岩窟族の一団。
彼らはダンカンが賞金稼ぎを生業としていたころからの古い付き合いであり、この団の主力でもある。
それから短槍や片手長剣などを操り、戦場の攪乱やダンカンをはじめとする古強者への支援を主な目的とした、機動性重視の軽鎧を纏う平原族および様々な獣族の一団。
中でも団長ダンカンの装備は群を抜いている。
鎧は特注で、金属すべてに油をしみこませた革の内貼りが施されており、金属鎧特有のガチャガチャという音を一切立てない隠密仕様となっている。
その代わり重量も五割増しという代物であるが。
彼が愛用する白銀の長柄槍斧も、片方は槍斧、石突部分は特注の鉾が取り付けられており、突撃・斬撃・打撃という近接全ての攻撃をこなす恐るべき武器である。
その代わり、やはりこちらも重量は五割増しというとんでもない代物であるが。
ちなみにさすが剣士の国というべきか、この傭兵団に弓兵は一人もいない。
しかし敵の弓や魔法による遠距離攻撃はドワーフが全身鎧で受け流し、その隙を突いて非常に頑強な種である「シュタルツヴァルト馬」を操るコモンやウェアーズが前線を切り崩していく戦法を得意とする彼らは、遠距離攻撃の手段を持たないことなどは特に問題としていない。
ここに道案内のエイミ、その父親であるオクタ、そしてヴィーネウスが加わり、今回の遠征部隊が編成された。
ちなみにエイミの装備は、蜜蜂族が戦いに挑む際の標準装備である短めの針剣に革鎧となっている。
しかしオクタはというと、背筋を伸ばすために妻から無理やり括り付けられていると囁かれている長針剣に、いつもの着流しのような薄汚れた布の服を身につけているだけ。
「とーちゃん、もっとまともな服はないの?」
「これでいい」
エイミは普段は口を利きもしない父親に着替えを要求するが、父親は平然としたもの。
というか、どこから取り出したのか、既に小瓶をちびちびと舐め始めている。
なんでこんなのが父親なのかな。
それまでは意識もしなかった父親の姿を改めて見つめると、エイミは肩を落としてしまう。
ふと横を見ると、こちらはチョイ悪な雰囲気のヴィーネウスが、地味ながらも上等そうな布服に身を包み、手ぶらで不機嫌そうに腕を組んでいる。
ヴィーネウスについては、旅を同行していたアリアからさんざん聞かされていた。
そのほとんどは、恐らくはアリアの思い込みであろう、一方的なのろけ話だったのではあるが。
例えばこういう人が父親だったらどうなのかな。
エイミは気づいていない。
これまでの蜜蜂族なら、そんなことすら考えず、ただただ働いて、三食を食べて人生を終えていったであろうことを。
彼女は明らかにこれまでのそうした人生から、一歩踏み出しているであろうということに。
「それじゃ、ひと稼ぎに行くかの」
「うおー!」
ダンカンの号令に部下どもは一斉に呼応し、それぞれが馬や馬車に乗りこんでいく。
「連射花火団」出陣である。




