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隠匿

 ヴィーネウスが男に向ける視線に気づいたのか、ダンカンが決まりの悪そうな表情で頭を掻いている。


 なぜなら、目の前に腰掛けている蜜蜂族の男からは、何の悲壮感も切迫感も感じられないからだ。

 相変わらずだらしがない姿勢と、だらしがない表情で、幸せそうに酒を舐めている。

 目の前に立つ男など眼中にないかのように。


 全く空気を読んでいない蜜蜂族に根負けしたヴィーネウスは、(たま)らず先に口を開き、自らを名乗った。

 

「俺はヴィーネウスだ」

「オクタだ」

 そっけなく一言を告げると、再び男は酒を舐める作業に戻っていく。


「その剣もな、余りに姿勢が悪いからという理由でカサンドラに背負わされているらしいぞ」

 とにかく話を続けようとダンカンはオクタと名乗った男をかまい始めた。


 確かに男の背には、そのだらしなさには似合わぬ長針剣(エストック)が、背筋を無理やり伸ばすかのようにくくりつけられている。

 

 ほう。

 

 その見事さに、つい手を伸ばそうとしたヴィーネウスだったが、すぐに手を引っ込めると、やれやれと椅子に腰かけた。

 こうしてその晩は、お通夜のような雰囲気で男三人の晩餐が始まった。


 結局オクタはダンカンやヴィーネウスにもどうにもならず、再びカサンドラの巣に戻って行ったのであるが、どうやら本人は外で飲む酒に味をしめてしまったらしい。

 次の日から、オクタはカサンドラに小遣いをせびっては、ちょくちょくと連射花火亭に顔を出すようになった。


 わずかな現金払いが徐々にツケとなり、「顔を出す」のが「入り浸る」に変わっていくには、それほど日数を必要としなかった。

 カサンドラも、巣の奥でだらだらしている父の姿に娘たちがカリカリするよりは、知り合いの店で安酒を飲んだくれている方がましなのか、そうした彼の行動を放っておいた。


 こうしていつの間にか連射花火亭のカウンター最奥の席は、オクタの指定席となってしまったのである。

 


 それはある日の午後。


 ヴィーネウスの隠れ家にメーヴが血相を変えて飛び込んできた。

 

「子供たちがいなくなっちゃったの!」


 メーヴはどうやら三人の子供たちを連れて街に散歩がてら買出しに来ていたらしい。

 そこで食料を購入している一瞬の隙に、いわゆる「誘拐(キッズナップ)」に遭ってしまった。


 王都とはいえ、基本は何でもありのこの街では、こうした事件は日常茶飯事である。


 ビジネスライクな連中が犯人ならば、身代金と交換で子供たちは無事に帰ってくる。

 しかし、たちの悪い連中が相手だと、身代金と交換で子供たちの死体が帰ってくる。


 そうした点では、メーヴは官憲ではなく、まずはヴィーネウスのところに駆けこんだのは正解だった。

 なぜなら、彼の能力ならば子供たちの気配を察知するのは難しくないからだ。

 ヴィーネウスにしても、基本は自己責任の成人相手ならともかく、見知った連中の子供を見捨てるほどの非道さは持ち合わせてはいない。

  

 彼はメーヴを連れてすぐに連射花火亭に向かい、そこでビーネに事情を話してからダンカンと連れだって子供たちの捜索に出かけた。


 ダンカンを連れていくのは最小限の人数で最大限の戦果を発揮するため。

 そう、彼らは強行作戦を行うつもりなのだ。

 待って最悪の事態を招くよりは、先手を打つために。


 連射花火亭で緊急事態に備え、準備を整えていく彼ら彼女らは、誰も店の奥からそっと姿を消した者がいることには気付かなかった。

 

「ここだな」


 誘拐犯どものアジトはすぐに見つかった。

 そこは路地に所狭しと建てられた、みずぼらしい小屋の一つ。

 幸いなことに、辺りに人の気配はない。


 ところが奇妙なことに、ヴィーネウスには子供たちの気配しか感じられない。

 ダンカンもおかしな様子に気づいたのか、首をかしげている。


 罠か?

 しかし誘拐犯に罠を仕掛ける理由などはない。

 

 ヴィーネウスとダンカンは用心深く小屋に近寄ると、中の様子をそっと(うかが)ってみる。

 

 するとそこには猿轡(さるぐつわ)を噛まされて転がされている三人の子供と、子供たちを囲むように倒れている三人の男の姿があった。

 


 子供たちの説明は要領を得ない。

 何でも、壁際で外の気配を(うかが)っていた男たちが、無言のまま次々に倒れていったという。

 

「これじゃな」


 ダンカンの検分で死因はすぐにわかった。

 男たちは急所である首の裏を何かで貫かれ、流血をほとんどすることもなく絶命していたのだ。

 恐らくは一瞬のうちに神経を断絶されて。

 己が死したことにも気づかずに。


 この状況となる原因をダンカンとヴィーネウスは即座に理解し、互いににやりと笑いあった。


 その後二人は何事もなかったかのように、メーヴが泣きながら待っているであろう連射花火亭に子供たちを連れて帰ったのである。



「オクタ、貴様じゃろう?」


 何度も頭を下げるメーヴをカサンドラの元に送り返した後、ダンカンはオクタが座るカウンターの隣に陣取ると、彼にそう声を掛けた。

 

「何のことだい?」


 相変わらず締りのない幸せそうな顔で、安酒を舐めながら返事を返すオクタの腕を掴むと、ダンカンは強引にテーブル席へと彼を引きずって行った。

 オクタもダンカンに引きずられるがままにテーブル席に腰かけると、そこにはヴィーネウスが待っていた。


「さすがだな」

「何のことだい?」


 ヴィーネウスの声にもオクタは気のない返事を繰り返すだけ。


 ふん。


「まあまあ、今日はお前の子供たちが無事に帰ってきた祝いじゃ。わしの奢りじゃから遠慮せずに飲め!」

「そいつはありがたい」

 ダンカンの申し出にオクタはだらしなく破顔する。

 ヴィーネウスも半ばあきれながらグラスを傾ける。

 

 まあいいか。

 

 ヴィーネウスはこれ以上詮索をするのをやめた。


 出会いの際に、彼の長針剣がほんの一瞬だけ放った強烈な殺気についても。

 小屋の壁に外から穿たれていた、三つの小さな穴についても。

 

「蜜蜂族のオスはごくつぶし」というのは、切り札を隠すための、女王カサンドラによる隠匿(カモフラージュ)なのであろうということも。


 ヴィーネウスは久しぶりに良い気分となり、オクタのグラスに彼とっておきの酒を注いでやる。


 今宵の良き夜のために。

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