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宿六

「ヴィズさま この服って似合うかしら!」

「ああ、似合う似合う」

「もう、こっち向いてちゃんと見てから返事をしてくださいよ!」


 などと朝から漫才を披露しながら、蜘蛛族(アルケニー)のアリアは、言葉とは裏腹に、ウキウキとした表情で旅の準備を進めている。


 横では蜥蜴族のサラが、既に準備万端の様子で大きな背嚢(バックパック)を床に置き、椅子に腰かけながら、アリアの様子を目を細めながら眺めている。

 連射花火亭(スターマイン イン)の共同経営者であり、仕入れ人(バイヤー)でもあるサラは、彼女の仕事の手伝いにと、アリアを今回の旅に誘ったのだ。

 

「で、今度はどこに向かうんだ?」

「今回はクロイツまで足を伸ばしてみるつもりだよ」

「ふん」


「クロイツ」とは、大陸中央に覇王の手によって穿たれた大穴を中心として、クリーグの王都ミリタントとちょうど南西の対角線上に位置する信仰の国「ヒュファル」の王都。


 他の三国の王が原則的に世襲であるのに対し、ヒュファルは各宗教者の互選による「教皇」が権力を握っているのが特徴である。

 これは「覇王の司祭」が各々の信仰を尊び、全ての宗教を認めたことによるものだと伝えられている。


「互いに認め合い、尊重し合うこと」

 これが建国時に覇王の司祭が求めた理想であった。


 しかし現実には司祭の思惑通りにはなっていない。

 現在のヒュファルは、公式には「信仰の国」とされているが、その実、他の三国からは「狂信者の国」と揶揄やゆされ、危険視されている国なのである。


 当然サラもそんなことは承知であろう。

 ヴィーネウスは、それを承知でサラがアリアをヒュファルに連れていくことが気に入らないのだ。

 

「で、アリアに何をやらせるつもりだ?」

「あら、いつの間に旦那はアリアの保護者になったんだい?」


 そう言われてしまうとヴィーネウスも黙るしかない。

 

 サラとアリアの特殊能力を考えれば、そうそう道中で危険な目に遭うこともないであろうし、大抵の賊どもは返り討ちにしてしまうであろう。

 しかし、なぜわざわざ「クロイツ」を選んだのか?


「ビーネの指示か?」

「さてね、もしかしたら心配してくれているのかい?」

 サラはヴィーネウスに微笑みかけると、準備が終わってまだかまだかと待ち構えているアリアの方に振り返った。


「それじゃ、出発しようか」

「はーい。行ってきますね、ヴィズさま!」

「もう帰って来なくてもいいぞ」

「あーん! ヴィズさまの意地悪!」


 などと出発前に再び漫才を披露した後、サラとアリアはクロイツに向けて旅立って行った。


 さて、その日の晩のこと。

 ヴィーネウスがいつものように晩酌兼夕食のために連射花火亭を訪れると、見知らぬ男と飲んでいるダンカンが手をあげて彼を呼び寄せた。


「ヴィーネウス、よいところに来た。(おご)るからこっち来い!」

 特に奢られる貸しもないのだが、普段から豪快な岩窟族(ドワーフ)のおっさんからの誘いを断る理由もないので、ヴィーネウスはそのままダンカンが陣取るテーブルに足を向ける。

 

 ん?

 

「どうじゃ、珍しかろう?」

 

 確かにこれは珍しい。

 

 ダンカンの向かいには一人の小柄な男が陣取っている。

 彼はお世辞にも高級とは思えない身なりで、全身から「だらしがないオーラ」を発しつつ、情けなさが先行するようなうすら笑いを浮かべながら、幸せそうにちびちびと酒を舐めている。


 それだけならば別にどこの酒場でも見られる光景なのだが、珍しいのはその男自身。

 

「カサンドラがどうにもこうにもならんから面倒を見てくれと連れてきてな」


 カサンドラというのは蜜蜂族(ハニービー)の女王。

 彼女は民族同化大臣の養女リルラージュ・ローレンベルク嬢と、徴税代行をはじめとする派遣事業会社を共同で営んでいる。


 そこから連射花火亭にウェイトレスを派遣していたり、専属保育士の姑獲鳥(コカクチョウ)メーヴ監修による(かゆ)が同店の人気メニューとなっていたりする関係から、カサンドラはダンカンや女主人ビーネとも懇意(こんい)にしているのだ。

 どうも今度はサラと組んで食材の空輸事業にも手を出すらしい。

 

 さて、目の前の男。

 彼は蟲獣蜜蜂族ちゅうじゅうみつばちぞくである。

 ではなぜ彼が珍しいのか。


 蟲獣種の男性はろくでもない運命を背負わされた種が多い。

 最も酷いのは交尾後に確実に食われてしまうことから、ついに男性種が絶滅してしまった蟷螂族(とうろうぞく)蜘蛛族(くもぞく)など。

 今ではこれらの種は、異種族と交尾して子を成すしかなくなっている。


 その例に漏れず、蜜蜂族の男性は他種族の男性からすれば、初め「天国」実は「地獄」な人生を強いられる。

 普段の彼らは妻である女王が築いた巣の奥に引きこもり、同族の娘たちが集めてきた食料をくすねながら、何の生産活動もしないまま、だらだらと過ごしている。


 なぜなら彼らの役目は唯一、女王との交尾だけだから。


 彼らはそうした理由から、めったに外界に姿を現さないのだ。

 ヴィーネウスが彼を珍しがった理由はこういうこと。

 まあ、別に蜜蜂族のオスが姿を現したからといって、特段何があるというわけではないのであるが。

 

「で、なにがどうにもならないって?」

 ヴィーネウスは当然の疑問を口にした。


 何故なら蟲獣種のオスが他者に何らかの影響を与えることなど考えられないからだ。

 それほどまでに空気であり、ごくつぶしであり、役立たずだと他種族から認識されているのが蟲獣種の男性なのだ。


「それが問題になっているんだとよ」


 蜜蜂族はこれまで、女王はひたすら出産に励み、娘たちは各々食事を集めて、女王と女王が産んだ幼い妹たちを成長するまで養い、夫はひたすら女王とセックスをしていればよろしかった。


 ところがカサンドラが娘たちと徴税代行業「ハニービー」を営むようになってから、少々事情が変わってしまったのだ。

 女王にはリルラージュ達との「交渉」という新たな仕事が産まれ、娘たちの業務はこれまでとは比べることができないほど多岐にわたり多忙となり、さらにはメーヴが子育てや家事を一手に引き受けたおかげで、娘たちは外界に接する機会が増えた。


 ここで娘たちは気づいてしまったのだ。

 

「もしかして私たちの父親って、無職じゃね? ごくつぶしじゃね? いらないんじゃね?」


 ということで、それまでは巣の奥で髪結いの亭主を決め込んでいた父親は、娘たちにより、巣から追い出されてしまった。

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