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もう一枚

 ヴィッテイル卿は、ログウェル司令官を通じて知り合った岩窟族(ドワーフ)(おとこ)と、かつてリューンベルク家の執事から紹介された平原族(コモン)の男を屋敷に招き入れていた。


 その後ろには下男であろうか、みずぼらしいフードをかぶった小男が控えている。

 

「ところで今日は何用かな」


 ヴィッテイル卿も目の前の岩窟族のことは当然把握している。

 クリーグ有数の傭兵団をまとめ上げ、凄腕の傭兵、裏の処刑人などとも噂されているこの漢のことは。

「提案が二つあるのじゃ、ヴィッテイル卿」


 ダンカンに続いてヴィーネウスがいやらしい笑みを浮かべた。

「卿よ、これを買わないか?」


 同時にヴィーネウスは後ろの小男に、前に出るようにと促す。

 いきなり小男を買えと持ち掛けてくるヴィーネウスの真意がわからないヴィッテイル卿は、明らかに不満げな表情を浮かべている。


「脱げ」


 ヴィーネウスからの冷たい指示に、小男はぴくりとすると、フードを自ら脱ぎ、足元に落とした。


 姿を現したのは、小男ではなく、海豹族の娘。

 海豹(あざらし)特有のくりくりとした目が愛らしい。

 しかしそれは、しょせん愛玩でしかない。


「ヴィーネウス殿、これは何の冗談だ?」

「卿もパートナーを欲しているらしいと聞いたものでね」

 ヴィーネウスのぞんざいな物言いに、ヴィッテイル卿は明らかに不快そうな表情を示した。


 確かにあのときは他の三人が羨ましかった。

 しかし目の前の海豹娘では正直言って物足りない。

 茶の毛皮に包まれた姿は可愛らしい。

 でも、これではあの軽やかな羽毛(オデット)にも、流れるような白銀(ウルフェ)にも、透き通るような柔肌(リルラージュ)にも勝てない。


 するとそんな卿の不満を見透かしたように、ヴィーネウスは言葉を続けた。

 

「シルク、もう一枚だ」


 ヴィーネウスの指示に再びびくりと身を震わせると、シルクと呼ばれた海豹娘は、茶色の毛皮をおずおずと脱いでいく。

 そこに現れたのは、リルラージュもかくやというばかりの、透き通るような肌を持つ乙女の姿。

 そう、世間ではほとんど知られていないが、セルキーの女性はあざらし皮の下に、乙女の姿を持つ種族なのだ。


 ヴィッテイル卿は思わず身を乗り出した。


「金貨三百枚」

 ヴィーネウスの言い値にも、卿はただただ、無言で頷くばかりだった。

 


 今は芸術に生きる先王弟が、白鳥族のオデットと果物を楽しんでいる。

 クリーグ国軍総司令官が、腹心の部下であるウルフェに紅茶を勧めている。

 民族同化大臣が、愛娘であるリルラージュから差し出されたケーキを満足げに口にしている。

 

 そして貿易担当大臣は、茶色の毛皮に包まれた、くりくりとした瞳が可愛らしいアザラシの口元にデザートを運んでやる。

 

「これはまた可愛らしい娘さんだな」

 熟女が好きな先王弟は、形式的に茶色の娘をほめてみせる。


「これはこれはコロコロして愛らしいですな」

 精悍な女性が好みな総司令官も、愛想笑いとともに娘をほめてみせる。


「背格好はリラ……、リルラージュと同じくらいかの?」

 民族同化大臣は少し興味を抱くも、すぐに愛娘の透き通った肌の方が上だと余裕の笑みを浮かべた。


「いえいえ、仕事のためですからね」

 などと貿易担当大臣は、六人の前で謙遜(けんそん)してみせる。


 この席における海豹族(セルキー)シルクの立場は、ヴィッテイル卿の配下で、海運に携わる労働者たちの取りまとめ役というポジションである。

 これはダンカンが海豹族の川面での俊敏な動きを見越しての、ヴィッテイル卿に勧めた組織編制であった。

 名づけて港湾労働者組織、海豹組シーパンサーズ


 目の前の貴族たちに謙遜しながらも、ヴィッテイル卿はほくそ笑んでいる。


 この三人はシルクの正体を知らない。

 茶色の毛皮に隠された真の姿を。

 卿は心の中でそっとつぶやいた。

 

 ざまあみろ、シルクは俺だけのものだ。



 夜の介護院に歌姫セイラの歌声が響いている。


「私も歌を歌いたいの」

 楽しそうに歌う、青い看護師服(ナースウウェア)の姿に刺激されたのか、新調してもらった白い看護師服に身を包んだ白兎(ルビィ)が身を乗り出すのを、桃色の看護師服をまとった哭鬼(クレム)が慌てて止めた。


「だめよルビィ、お爺ちゃんたちが死んじゃうから」

「残念なの」

「また今度ね。それじゃ一緒にお留守番をしていましょう」

 出かけて行った院長を待ちながら、介護院の夜は更けていく。



「いよいよ私の介護院も、あなたのところに負けず劣らず化物屋敷になってきたわ」

「あなたも大変ね」


 ここは深夜の酒場。

 ほのかな明かりの下で、夢魔と草原族がグラスを交わしあう。


「これで新たに一つ情報網が増えたんじゃないの? 主に海運関係で」

「何のことかしら?」

 サキュビーのカマかけにビーネはしらを切ってみせた。


「ふふっ」


 サキュバスとエルフは、どちらともなく笑顔をこぼしあった。


 少しばかり黒っぽい笑顔を。

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