あざらし
「迷子探しと来たら、あの方ね」
「そうだな」
錯乱しているクレムをまずは椅子に座らせて落ち着かせると、ビーネは少し面倒くさそうに、サラはちょっとうれしそうにクレムと向き合った。
「あの方とは?」
焦る表情のクレムにサラは笑いかけてやる。
「クレムも世話になっただろう?」
「あ!」
サラのヒントにクレムも納得したかのように膝を叩いた。
しかし次の瞬間には、表情が曇ってしまう。
「あの方が報酬無しに動いてくださるだろうか?」
「さあね、とりあえず行ってみましょう。あんな夜は二度とごめんだしね」
と、顔をしかめるビーネ。
「あれ? あの夜はとっても激しかったのよって自慢していなかった?」
その晩はたまたま王都にいなかったサラがビーネをからかうも、ビーネも慣れたもの。
「うちの旦那様は魔法なんかに頼らなくてもパワフルだもの」
などと言い合っている間に、ボディーガード代わりの髭達磨が、くしゃみをしながら店の奥から姿を現した。
◇
やれやれとため息をつきながら、ヴィーネウスとダンカンの二人は、ルビィが行方不明になったレイネ川のほとりに立っている。
「どうじゃ、わかるかヴィーネウス?」
「ああ、これだけ気配が濃厚なら俺でなくともわかるだろうさ。ただ、一緒にいる連中がどうもな」
ヴィーネウスはやっかいそうな表情を浮かべている。
「なんじゃい?」
「こりゃ多分海豹族だ」
ヴィーネウスの言葉にダンカンも納得したような表情を見せた。
彼の元にも当然、最近レイネ川付近に北からの出稼ぎが増えてきたという情報は入っていた。
街の治安上、そいつらに対し遅かれ早かれ軍が治安維持に動くであろうという情報とともに。
「それでこれから海中散歩か?」
「そうなるだろうな。お前も手伝えよ」
「仕方がないのう」
続けてヴィーネウスは自身とダンカンに、水中呼吸の呪文を唱えていく。
それを待ってましたとばかりに、ダンカンは川底にずんずんと歩みを進めていった。
「ここだな」
川の半ばまで来たところにある、中洲の一つから気配が伝わってくる。
ヴィーネウスとダンカンが中洲に上陸すると、そこにはいくつかの粗末な庵が建てられていた。
それぞれの庵から、かすかなうめき声が聞こえてくる。
「ヴィーネウス、わし、人生がどうでもよくなってきたのじゃが」
「お前はとことん精神魔法に弱いな」
なぜか投げやりになったダンカンの表情にあきれながら、ヴィーネウスは魔力障壁をダンカンに唱えてやる。
魔法効果で我に返ったダンカンは首を左右に振りながらヴィーネウスに尋ねた。
「これもあ奴の仕業か?」
「多分な」
それぞれの庵では、海豹族の男どもがうめきながらひっくり返っていた。
その姿は何かに苦しむというよりも、全てに自暴自棄となってしまったような引きこもりの様相を呈している。
一番奥の庵に、彼らの目的である少女はいた。
海豹族の一人が倒れこんでいる横で、兎耳の少女が楽しそうに歌を奏でている。
ルビィはヴィーネウスの姿を見つけると、自慢げに彼に対して胸を張って見せた。
「ヴィーネウスさま、セイラ姉さまにお歌を教えてもらったの」
月兎が持つもう一つの魔力。
それは「怠惰」
この魔力が強烈なのは、主に性的に「怠惰」となってしまうこと。
つまりは「不能」の状態である。
なので性欲が強い者ほど、この魔力に囚われると身動きが取れなくなってしまう。
なぜなら心身から、性欲という活力を奪われてしまうからだ。
「助けて……」
月兎の横に倒れこんでいる他の海豹族よりも一回り小さな存在が、ヴィーネウスたちに気付いたのか、気力を振り絞るように顔を上げ、彼らに懇願した。
その姿にヴィーネウスとダンカンは皮算用を始めた。
「これは濡れ手に粟かもな」
「口説くのは任せたぞい」
おっさん二人は邪悪な笑みを浮かべながら、獲物に照準を合わせた。
しばらくしてから、二人は帰路についた。
ダンカンは眠たそうにしているルヴィを背負い、ヴィーネウスは仲間を救う条件で身受けした海豹族の娘を肩に担ぎながら。




