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怯えた魔族

 ここはそれなりに高級な酒場「連射花火亭(スターマイン イン)


 この店はもともと営業は夜だけで、朝と昼は店名と同名を冠する傭兵団に属する猛者(ベテラン)新人(ルーキー)どもの健康管理を兼ね、内々(うちうち)(まかな)いを行っていた。


 ところがいつしか口伝えで評判が広がっていき、夜営業の常連からの求めを皮切りに、一般客も朝食や昼食を求め来店するようになっていった。

 こうしてなし崩しにこの店は朝食営業(モーニング)昼食営業(ランチ)を始めることになってしまう。


 当初は心配された料理人や給仕などの人手についても、ローレンベルク家令嬢のリルラージュと蜜蜂族の女王カサンドラが共同経営する「ハニービー代行」から、娘たちが派遣されるようになり、問題は解消された。


 なお、設立当初は「ハニービー代行」は蜜蜂族だけで構成された「徴税代行組織」であったのだが、オーナーであるリルラージュ・ローゼンベルク嬢の手腕により、あれよあれよという間にその業態を拡大させていった。

 現在は他種族も積極的に雇用していった結果、一般派遣業のような(あきな)いにも手を広げている。

 

 ちなみに連射花火亭で現在一番人気の朝食は、もともとはカサンドラ直属の保育士である姑獲鳥(こかくちょう)のメーヴが、蜜蜂族の幼子たちのために毎朝こしらえている豆と蜜の朝粥がベースとなっている。


 この料理に目を付けた連射花火亭の共同経営者サラが、各地で入手した香辛料や香料を使用してアレンジしたものが、店の看板メニューとなっていった

 繊維質をたっぷり含んだ優しい風味の朝粥は主に女性陣、香辛料を利かせ発汗を促すように調整した朝粥は、二日酔いのおっさんどもから絶大な人気を博している。

 

 するとそこに大柄な女性が小柄な少女と連れだってやってきた。


「おはようございまーす」

 哭鬼族(オウガ)のクレムが店を訪れると、自然と他の客の注目は彼女に集まってしまう。

 なぜなら皆が知っているから。

 彼女が、元チャンピオンであることを。

 そして彼女は、タイトルマッチで相手を一方的に惨殺してしまったことも。


 その残虐な手段に当時の観客たちは凍り付き、一時は「紅髪魔(クリムゾンデビル)」とまで恐れられた彼女であったが、その後、対戦相手の元チャンピオンが他国の指名手配犯であり、彼女は敵討ちを行ったのだという噂が、瞬く間にクリーグ中に広まった。

 さらには試合後すぐに引退し、介護院の看護師に再就職してしまった彼女の姿勢も後押しして、現在では住民が彼女を恐れることはなくなっている。


「おや、クレムいらっしゃい。朝からとは珍しいね」

 珍しく店に立っているサラが、クレムともう一人を奥に迎え入れていく。


「ええ、院長(サキュビー)の指示でね。今日は一日この子を連れて買い出しよ」

 そう言いながら、クレムは彼女の背中に隠れて張り付いてしまっている少女に後ろ手を回すと、よっとばかりに少女を抱っこした。

「この子は月兎(ルナルラビット)のルビィよ」

「ああ、この子なのね」


 サラがルビィと呼ばれた兎耳の少女に笑いかけると、ルビィは恥ずかしいのか、クレムの豊かな胸に顔をうずめてしまう。

「実は買い出しの前にビーネさんやサラさんにも、この子のことを説明しておくようにとの院長からの指示があってさ」

 クレムはサラに勧められた席に腰掛け、膝の上にルビィを座らせると、サラに向き直った。


「月の夜」の事件後、ルビィを引き取ったサキュビーは、彼女を魔界に送還するつもりだった。

 夢魔(サキュバス)のサキュビーと歌姫(セイレーン)のセイラはもともとこの世界の住人ではなく、魔界から召喚された存在。

 契約が切れればいつでも二人は魔界に戻ることができる。

 しかしサキュビーは亡き夫の遺言という契約を楽しんでいる節があり、セイラは歌を喜んでもらえればそれで満足なので、わざわざ魔界に帰ろうとは思わない。

 

 しかしルビィは違うだろうとサキュビーは考えていた。

 魔法陣の様子から、これは明らかにルビィが望まぬ召喚だったはず。

 しかも魔法陣の不備から、本来は月兎の成体が呼び出されるはずのところに、幼体が呼び出されてしまった。


 恐怖におびえた幼い月兎は、その歪んだ魔力を解放した。

 それが月の夜の顛末。

 なのでサキュビーはルビィが魔界に帰るのを手伝うつもりでいたのだ。

 

 ところがここで問題が発覚する。

 ルビィは自身の魔界座標を覚えていなかったのだ。

 つまり、今の状態では魔界に送還しても、どこに戻るのか確定できないということになる。

 魔界もある意味弱肉強食であり、異種族の幼体がおかしなところに送還されれば、その末路は容易に想像できる。

 

 ということで、サキュビーは月兎を介護院で面倒見ることにしたのだ。

 やれやれとため息をつきながら。

 

「で、今日は買い出ししながらの社会勉強というわけ」

「ふーん。魔界も大変なんだね」


 そうこうするしているうちに三人の前には、蜜蜂族の娘が運んできた朝食粥が並べられていく。

 くんくんと不思議そうな顔で匂いをかいでいるルビィ。


 クレムの説明を一通り聞いたサラは、とりあえずビーネを通じて王都ミリタントに広がりつつある独自のネットワーク網に、月兎ルビィの情報も載せておくことにした。


 この少女がおかしな事件に巻き込まれないようにと。

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