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相性と愛情と

 ヴィーネウスからの穏やかな誘いに、女性はその姿をヴィーネウスの元に晒していった。


 それは月明かりの下でもはっきりとわかる金色の髪。

 女神をも思わせる美しく整った表情。

 豊かな胸はわずかな白布で隠されている。

 しかし下半身は「白蛇(はくじゃ)」そのもの。


 ヴィーネウスに「ラミア」と呼ばれた女性は、ゆっくりと岩陰からはい出すと、ヴィーネウスにつられるように、その隣へと陣取った。

 彼が差し出す真っ赤な葡萄酒をラミアは受取り、どちらからとなくグラスを重ねあう。

 

 かちり。

 

「私が何者なのかわかっているのね? 私の性癖が何かをわかっているのね?」


 葡萄酒を飲みほし、唇を赤く染めた後、ラミアは岩を背に(くつろ)いでいるヴィーネウスに上からゆっくりと身体を重ね、胸の白布を自ら剥がしながら、彼に文字通り絡みついていった。


「言っただろう? お前を口説きに来たと」


 その言葉を待っていたかのように、ラミアは唇をヴィーネウスのそれに重ね、続けてそっと彼の首筋に這わせていく。

 

「あなたを天国に連れて行ってあげるわ。私を口説きに来た愚かな人よ」


 ふん。


 どこかの魔物も同じようなことを言っていたことを思い出しながら、ヴィーネウスはラミアに身体を重ねた。


 ラミアはヴィーネウスを天国に(いざな)う前に、彼により幾度となく、天国に連れて行かれてしまう。

 彼女は希少種である蛇族の女性。

 彼女の種族は群れを作ることを嫌い、雄と雌は偶然出会い、交尾を重ねた場合にしか子を残さない。

 その分強靭な肉体と、他種族の精を吸収できる能力により、その種は細々とながらも、シュタルツヴァルト大陸で種族の血を引き継いできたのだ。


 一説によれば、各王国のそれなりの地位にも、蛇族が潜んでいるという。

 この噂は、わざわざ種族を隠す必要がないクリーグにおいては、与太話(よたばなし)として片付けられてはいるが、他国ではまことしやかにささやかれている、


 ヴィーネウスが蜥蜴族(サラマンダー)のサラに求めた情報は、彼ら蛇族の消息について。

 それに関し、サラはイエーグ南でまことしやかに語られていた、朽縄姫(クチナワヒメ)の噂をヴィーネウスに伝えたのだ。

 旅人の精を吸い取り、朽ちさせてしまう姫さまの噂を。

 

 その晩、ラミアは眠りにつくことを許されなかった。


「お願い、何でも言うことを聞くから、もう許して……」

 幾度となく迎えさせられる半ば強制的な天国への道に、とうとうラミアは白旗を掲げた。


「何でもするんだな?」

「ええ、ええ、何でもするわ。だからもう……、お願い」


 ラミアは許しを得た安堵からか言葉を続けることができず、ヴィーネウスの身体に白蛇の下半身を力なく巻きつけたまま、気を失ってしまった。



 数か月後、ヴィーネウスは隠れ家で徹底的に調教した蛇族(ラミア)に人型となるように指示をすると、リューンベルク家執事の案内の元、ヴィッテイル家に向かった。


「おお、待ちかねたぞヴィーネウス殿!」

 既に執事から話を聞いていたのだろうか、ヴィッテイル公はもろ手を挙げてヴィーネウスを歓迎して見せた。


「さあ、それでは早速頼めるか?」

「その前に金貨二百枚だ」

「ああ、ああ、これでどうだ?」


 ヴィーネウスはヴィッテイル公から金貨袋を受け取ると、人型となっているラミアの耳元で囁いた。

 

「さあ、新たなお前の主人の元に行って来い。そこでお前の人生を楽しんで来い」


 ラミアは頷くと、一人ヴィッテイル公の後についていく。

 ヴィーネウスはラミアを執事に預けると、そのまま館を後にしてしまう。

 

「ここじゃ、もうわしにはお手上げなのじゃよ」

 ヴィッテイル公はラミアの美しさに驚くよりも、現状が少しでも良くなる方に興奮している模様である。


「ヴィーネウスさまから詳しく聞いておりますわ。お任せください」

 ラミアはゆっくりと目の前の扉を開けた。

 

 様々な料理の匂いが彼女を包む。

 同時にそれらが腐ったような、すえた臭いも。

 さらには獣臭さを想わせる異臭が重なってくる。

 

 部屋の奥には、でっぷりと太った塊が転がっていた。

 その周りには様々な竹かごが置かれ、中にはカエルやらトカゲやらヘビやらが、十分な餌を与えられて満足そうに日向ぼっこをしている。


「誰?」

「本日からご主人さまにお仕えいたします者です」

「そんなのいらない、食事を置いたらあっちへ行って!」

「今日からよろしくお願いいたします」


 肉の塊とラミアはかみ合わない会話を続けていく。

 

「どうせ君も僕のことをデブで臭い奴だと馬鹿にするのでしょ? 陰口を言うのでしょ? そんな人はいらない!」


 肉の塊はヴィッテイル公の御曹司、フリードリヒであった。

 

 もともとの彼は気のいい青年であった。

 しかし彼には、ほんのちょっとの食欲と、ほんのちょっとの体臭があった。


 ある日彼はそれを嘲笑しているメイドたちの会話を聞いてしまう。

 その後はお決まりのコース。

 優しい彼は暴力や権力を振るうよりも、彼が愛する爬虫類や両生類に囲まれて生きる方を選んだ。

 

「ふふ」


 ラミアは扉を閉めると、内鍵を掛けた。


「なんだ、何をするんだ?」


 肉の塊は美しい女性に目を奪われながらも、そんな女性が自分の相手をしてくれるがわけがないと諦め、必死に存在を否定する。

 

「ご主人さま、私もお仲間に入れてくださいませ」

「え? 何を言っているの?」


 ラミアの思わぬ言葉にフリードリヒは戸惑った。

 しかしそれは次の瞬間に驚愕に変わる。

 

 なぜなら、目の前の女性の下半身が、突然数メートルはあろうかという白蛇に変化したから。

 

 唖然としているうフリードリヒ少年にゆっくりと絡みつきながら、ラミアは彼の耳元で囁いた。

 

「私は蛇族(ラミア)のラムと申します。ご主人さまが思い通りの人生を成すために参りました」

 そのままフリードリヒはラムによって、ゆっくりと甘美な世界へ連れて行かれた。

 


「で、何でよりによって蛇姫なんだ?」

「有り余る精力は、吸い取ってしまうに限るだろう?」


 ここはそれなりに高級だと評判の居酒屋。

 テーブルでは髭もじゃの岩窟族(ドワーフ)と、気難しそうな平原族(コモン)が酒を酌み交わしている。


 今回ヴィーネウスが依頼されたのは、フリードリヒが抱えた心の傷を癒すこと。

 フリードリヒの状況や思考などの詳細を執事から聞いたヴィーネウスは、適任とばかりにラミアをフリードリヒのパートナーに選んだ。


 もともとは明るい少年だった彼のことだ。

 コンプレックスさえ取り除いてしまえば問題ないだろう。

 ではどのようにコンプレックスを取り除くか。


 まずは彼が愛する爬虫類に近しい女性をあてがい、女性を拒む彼の心の隙間に、その存在を滑りこませる。

 さらに毎晩適量の精をラミアが美味しく頂くことにより、彼の余剰な精を整理していく。

 体臭などはいくらでも対処の方法はあるし、そもそも本人が発する「自信」が「(にお)い」を「(にお)い」に変えるものである。

 

「まあ、妻の店に景気の良い常連ができたことだし、めでたしめでたしと言う訳じゃな」

 ダンカンが俺のおごりだとばかりに差し出したジョッキを仰ぎながら、ヴィーネウスは奥にしつらえられた宴会席に目をやった。

 

 そこでは、狩りか何かの帰りであろう。

 若者どもが明るく騒ぎながら、思い思いに酒と食事を楽しんでいる。


 その中心には、余計な肉がそぎ落とされて精悍な面持ちとなったフリードリヒが、金髪の美しい女性を横に、豪快に酒と料理を広げていたのである。

 

「みんな、今日は俺の奢りだ! 好きなだけ飲んで食ってくれい!」


 ダンカンとヴィーネウスは、若者たちから響く歓声を肴に、もう一杯楽しんでいくことにした。

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