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月の夜

 いつの間にか、その日の満月は怪しく薄紫に輝いていた。


 何かを誘うように。

 誰かを誘うように。

 

 

 ヴィーネウスは、久しぶりに眠れぬ夜を過ごしていた。

 普段ならば寝酒代わりの蒸留酒が彼を眠りに誘うはずなのに、今晩の彼はやけに目が冴えている。


「こんな日があるとはな」

 ヴィーネウスは内面から湧き上がる、いかんともしがたい情欲に抵抗するのを諦めることにした。


「アリア、起きているか?」

 ヴィーネウスの声に応えるかのように、するすると小さな蜘蛛が天井から下りてきて、ヴィーネウスの胸の辺りで、ぱふんと人の姿になる。


「どうしたのヴィズさま? もしかしたら遊んでくれるの? ふふ、って……、え?」

 アリアの小悪魔を想わせる表情が、意外そうな表情に変わる。

 何故ならヴィーネウスの反応がいつもと違ったから。


「少し付き合え」


 あん。


 その晩、アリアは過去にヴィーネウスから仕込まれた以上の世界を知ることになった。 

 

◇ 


「もう一回じゃあ!」

「今日はどうしちゃったの? あなた?」

「ハッスルじゃあ!」

「うふ、それなら私も責めちゃおうかな」


「うおお! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

「まだよ、まだよあなた!」


 団長とおかみさんの部屋から、営みの叫びがいつもの晩以上に激しく響いてくる。


「だめだ俺、我慢できねえ!」

「俺もちょっと行ってくる!」

「やべえ、金貸してくれ!」


 団舎に居候しているルーキーどもは、たまらず館を飛び出すと、なけなしの金を握って夜の街へと消えて行った。

 


「貴様ら、今晩は特別に非番としてやる。これで朝まで遊んでくるがよい!」


 ログウェル卿の前には、彼の直属部隊「サムライハウンド」の面々が整列している。

 なぜか全員が全員、舌を出してハアハアと興奮しているのだが。

 

「こんなにいただいてよろしいのでありますか? 司令官殿!」

「うむ、その代わり、今晩は帰ってくるなよ!」

「了解であります!」

 

 大主(おおあるじ)に促されたサムライハウンドの雄犬(オスイヌ)どもは、それぞれに渡された銀貨袋を握り、夜の街へと駈け出して行った。

 隊長の姿が見えないことには全く気付かずに。

 

 彼らを見送った総司令官は、用心深く邸宅の戸締りを見て回り、全ての鍵が確実にかかっていることを確認すると、一旦大きく深呼吸をし、自らの寝室へと戻っていく。


「ご主人さま、これは……」

 そこではあられもない姿で鎖に繋がれたウルフェが顔を紅潮させていた。

 

「すまんウルフェ、どうにも我慢が出来ないのだ」

 ログウェル卿はそう呟くと、自由が利かないウルフェの身体にむしゃぶりついた。


 その日、ログウェル卿の屋敷からは、何度も何度も犬の遠吠えのような声が響き渡った。

 


「どうしたのバルちゃん、今日はまだお寝むしないの?」

 少女にバルちゃんと呼ばれたローゼンベルク卿は、全裸となり、これも全裸の少女を膝の上に乗せた状態で、彼女のささやかな胸をちゅうちゅうと吸っている。


「あのねリラ、わし、まだまだ元気なの、ほら」

 おっさんが指さす先を一瞥したリルラージュは、内心やれやれと思いながらも、やさしい微笑みをおっさんに向けてあげる


「わかったわバルちゃん、お寝むできるまで、たくさん優しくしてあげるわね」

 そう囁くと、少女は右手をおっさんの下腹部へと伸ばしていった。

 


 それは翌日のこと。

 

 クリーグの街は普段とは全く違う様相を呈していた。

 なぜか街に男性の姿がほとんど見えないのだ。


 ウルフェは美しい毛並みをさらに艶々(つやつや)とさせながら、パトロールを兼ねてビーネの元に向かった。

「ビーネ、ちょっといいか?」


 ところが、ウルフェの前に何人かの先客が、既にビーネの元に訪れている。

「あら、ウルフェも何か気になることでもあるの?」

 と、これまた肌を艶々とさせたビーネが彼女を店に迎え入れた。

 

「ねえ聞いておかみさん、ウルフェ。私ったらさ、ヴィズさまにあんなことやこんなこととかをしていただいたの。あん。その代わりあんなことやこんなこともさせられたんだけどさ! あーん! もう死んじゃいそう!」

 と、蜘蛛族のアリアがいきなり昨夜の床自慢(とこじまん)を始め出した。


「そうなのよね。うちの主人も久しぶりに激しかったわ。もしかしたら初夜を奪われた時よりも激しかったかも」

 うふふと笑いながらビーネも昨夜を振り返り、肌を紅潮させている。

 

「実は私の主人もなのだ。まさか主人にあのような性癖があろうとは。それを受け入れてしまった己自身にも驚いてはいるのだが」


「あー、ウルフェ、あなた縛られたんでしょ! 手首のそれって鎖の跡だよね!」

 アリアの容赦ない突っ込みに、ウルフェは頬を赤らめ(うつむ)いてしまう。


「皆さんはいいわよね、お相手が素敵で。私は一晩おじさまの子守だったわ。もううんざり」

 続けてヴィーネウスを一晩貸せと言いだしたリルラージュに、アリアが真顔で首を左右に振る。

 

 そこで一人真顔な白鳥族のオデットが切り出した。

「あれはちょっと異常ですわ。私の主人は十数年ぶりだと申しておりましたもの。あれでは主人の身体が持ちませんわ」

 などと言いながらも、昨晩の営みを思い出したのか、表情はまんざらでもなくなってくる。


「確かにちょっと異常だったわね。うちのルーキーたちも昨夜は帰ってこなかったし」

「私の部下も主人に小遣いをいただいたらしく、朝方全員が門の前で雑魚寝をしていたのだ。情けない」


 などとビーネとウルフェが首をかしげ始めたところに、新たな来客が現われた。

 やってきたのは介護院の院長である夢魔のサキュビー。

 

「あら、サキュビー。朝から珍しいわね?」

「昨夜は(たまら)らなかったからね」

 と、うんざりした様子のサキュビーもやれやれと椅子に腰かけた。


 どうもサキュビーの介護院も大変だったらしい。

 死にかけお爺ちゃんたちが一斉にハッスルし始めたために。


「セイラはああいうのには役立たずだし、私のキスで一発昇天させるわけにもいかないからね。結局、昨夜はクレム一人がヴィーネウス仕込みの大技で、爺さんどもを相手に大車輪の活躍だったわよ」


 大車輪。

 

 店にいる全員が、爺さん集団相手の紅髪淑女(レディ・クリムゾン)・大車輪を想像してしまい、身震いをしたところに、サキュビーが切り出した。

 

「で、あなた方も気づいているのでしょ?」


 彼女の指摘に、その場にいる全員が頷いた。

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