違うの・・・
「俺は便利屋ではないのだけれどな」
「そう言うな。お前の腕を買ってのことじゃ」
ここはヴィーネウスの隠れ家。
ダンカンとビーネは、蜥蜴娘を馬車に積み込むと、ログウェル卿の屋敷から周囲に気取られないように移動し、ヴィーネウスの元へと訪れた。
目的は蜥蜴娘の自白を促すこと。
しかし、今のままではこの娘は絶対に口を割らないだろうとビーネにはわかっていた。
だから彼女は策を弄すことにした。
「ヴィーネウスさま、この娘に教育を施してほしいのです。世界の素晴らしさを教えてあげてほしいのです」
「いくら出す?」
「それは主人と相談してくださいまし」
出会った頃よりも色気を増した微笑みでビーネは返し、ダンカンも任せておけと胸を張っている。
目の前でのろけ始めた二人に釘を刺すように、ヴィーネウスは続けた。
「それで、その後はどうするつもりだ」
「それについても相談に乗っていただけますか?」
やれやれと頭を掻きながらも、ビーネの計画に興味を持ったヴィーネウスは、話へと乗ることにした。
ダンカンとビーネが帰宅し、ヴィーネウスの元に残された娘は、首にバインドの麻紐を結ばれたまま、抵抗を諦めたかのように、おとなしく椅子に腰かけている。
「名前は?」
ヴィーネウスの問いにも少女は無言を貫いている。
「ふん、いつまで続くかな」
そう呟くと、ヴィーネウスは娘の胸ぐらをつかみ、椅子から無理やり立たせた。
ただそれだけのことなのに、娘はヴィーネウスから圧倒的な恐怖を感じ、背筋を凍らせた。
「もう一度聞く、名前は?」
男から伝わる圧倒的な威圧に娘は抵抗することも忘れてしまう。
「サラ……」
「サラか。よし、まずは風呂だ」
ヴィーネウスは凍りついたままの娘から、容赦なく衣装を引きはがすと、髪を掴んで乱暴に浴場へと引きずっていった。
娘の心を縛っている悪夢を、さらなる悪夢で塗りつぶすかのように。
◇
三か月が過ぎた。
こぎれいな身なりでヴィーネウスにこき使われているサラの元に、ダンカンとビーネがいくつかの書類の束を持って訪れた。
「いらっしゃいませ」
愛想よくあいさつをした後、相手がダンカンとビーネだと知って、サラは悔しそうに横を向いてしまう。
ヴィーネウスによる徹底した調教により、すっかり飼い慣らさられてしまったサラではあったが、二人に対しては、まだ心を開いてはいない。
とはいっても、ヴィーネウスに対しても、無理やり心をこじ開けられてしまっただけなのではあるが。
「やれやれ、嫌われたもんじゃの」
「髭のドワーフを好きになるほうがおかしい」
「ヴィーネウスさま、私に喧嘩を売らないで下さる?」
などと軽口を叩きあいながら、ダンカンとビーネは、手にした書類の束をテーブルの上に広げた。
「それじゃ始めるかの。サラもこっちに来い」
「貴女はここで私たちの打ち合わせを聞いているだけでいいからね」
「言いたいことがあったら自由に言って構わんからな」
ダンカン、ビーネ、ヴィーネウスの三人は、三様にサラを呼び寄せると、これから実行する計画について打ち合わせを始めた。
三人が交わしていく打ち合わせの内容が、徐々にサラの心臓を握りつぶしていく。
え、ちょっと待って。そんな、だめ、だめ……。
だめ!
「やめて!」
余りの非道い内容にサラは我慢できず、つい叫んでしまった。
ところが三人はサラの叫びにも全く動じない。
「ログウェル卿暗殺未遂の犯人を根こそぎ狩るだけじゃ」
「そうよ、何か問題があるの?」
「言いたいことがあるならばはっきりと言え」
違う、違うの。
私たちじゃない、いえ、私たちだけど私たちじゃない。
サラの様子を三人は黙って見つめている。
「違うの、違うの……」
サラはダンカンやビーネがここにいることさえ忘れ、ヴィーネウスから受けた徹底的な調教の中に潜んでいた圧倒的な力に対し、半ば無意識に願った。
「お願い、お願い。助けて……」
「やっと自分から口を開いたわね、サラ。いえ、義賊『黒蜥蜴』さん」
「え?」
ビーネは椅子から立ち上がると、サラの頭をやさしく胸に抱え、その黒髪を優しく撫でてやる。
「知っていたの?」
「噂くらいは辺境の村にも届いてくるものよ。特に義賊の噂とかはね」
ビーネの返事に、再びサラは黙り込んでしまう。
そんな彼女をビーネは再び胸に抱きよせてやる。
「大丈夫よ、敵は取ってあげる。だから私たちに教えてくれる?」
ビーネに促されるがままに、サラは自らが知りうる情報を彼女たちにぽつぽつと伝え始めた。
「よし、一仕事じゃ」
戦支度を終えたダンカンを、ヴィーネウスとビーネが見送った。
「頑張って稼いで来い」
「行ってらっしゃい、あなた。愛しているわ」




