表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/86

おっさんは釣りをたしなむ

 その大陸は、不自然に国境を四等分された四つの国で構成されている。

 

 それは語る者もほとんど残らぬ古き時代のこと。

 各地で様々な種族、部族が入り乱れ、それぞれが小競り合いを繰り返しながらも、勢力を均衡きんこうに保っていた時代。

 争いは、さながら生態系が複雑なバランスを取るがごとく、延々と繰り返されていた。


 しかしある日、突然「覇王」を名乗る者がこの世界に現れた。

 覇王は四人の部下とともに、大陸中の主だった種族の支配者層を滅ぼし、最後に大陸の中心でその力を存分に発揮したのだ。

 

 覇王の奇跡は、文字通り「大陸を四分割」するものであった。

 

 大陸の中心に立った覇王は、大地を十字に四等分した。

 さながら十字架が大陸へと穿(うが)たれたかのように。

 その直後、覇王は突如として大陸から姿を消した。

 一切の痕跡を残さずに。


 その後、覇王の部下は、分割された四つの土地でそれぞれが支配者となり、大陸の新たな歴史を紡ぎ始めた。

 こうして、これまで対立してきた部族ごと、問答無用で四つの国にまとめられてしまった、大陸のいびつで悲しい歴史が始まったのである。



 ここは台地が深々と穿うがたれた国境近くの街道。

 深いクレバスによって四つに分割された国は、いくつかの橋で互いをつないでいる。

 それらは各国の勝手な思惑の元、妥協だきょう妥協だきょうされながら作られた施設なのだが。

 

 つながれば人は流れる。

 未知を求める者。

 富を求める者。

 明日の生活を求める者。


 だから橋を挟んだ街道の、人の流れが止むことはない。

 例えそこに危険が潜んでいようともだ。

 

 豪奢ごうしゃな馬車が、何人かの護衛に守られながら街道を進んでいく。

 積荷は彼らの主が買い求めた隣国の名産品。

 馬車は進んでいく。

 さながら漁師が漁場でき餌をばらまくがごとく。


「ヴィーネウス、今度はどうだ?」

 達磨(だるま)を思わせる小太りの髭面(ひげづら)が、馬車の一画へと、つまらなそうに背をもたれている黒髪の男に向けて小声で尋ねた。

「外れだな」

「そうか。ならば皆殺しだ」


 髭達磨ひげだるまはそう返答すると、部下の護衛どもに伝令を送り、臨戦態勢を固めていく。

 するとその直後に、馬車は十数人の武器を携えた者共に囲まれた。

 どうやら典型的な山賊の登場らしい。


 続けて頭領とうりょうらしき男がお決まりの台詞を吐き出した。

 

「命が惜しかったら、身ぐるみ置いてきな」


 しかし次の瞬間、頭領の首は髭達磨がふるった長柄槍斧(ハルバード)の一閃により、花火のごとく血しぶきを吹き出しながら、空に打ち上げられた。


 続けて山賊どもは、護衛たちの手によって、至極(しごく)公平(こうへい)に、その首を仲良く飛ばされていく。


「今日も収穫なしか」

 髭達磨の(つぶや)きに、御者が不思議そうに振り返った。

「収穫ってなんですかダンカンさん? この荷物を無事に主の元に送り届ければ、ダンカンさんたちには破格の報酬が約束されていますよね?」

「それはそうだがの。サイドビジネスってやつだ。なあヴィーネウス」


 ダンカンと呼ばれた髭達磨の声を無視するかのように、ヴィーネウスは馬車の奥で寝がえりを打ち、明後日(あさって)の方向を向いてしまう。

 

 間もなく危険地帯も抜けるかという地点で、ダンカンは再び身を乗り出した。

 

「今度はどうだ、ヴィーネウス?」

 ダンカンの問いに呼応するかのように、ヴィーネウスは漆黒の瞳を一瞬光らせた。

「試してみるか」

 そう呟くと、ごく自然にヴィーネウスは馬車から飛び下り、何かの袋を担ぎながら街道の先に進んで行ってしまった。


 この突拍子もない行動に慌てたのは運送責任者でもある御者だ。

「ヴィーネウスさん、勝手な行動は困ります!」

 しかし御者の悲鳴も似た静止に耳を貸さず、ヴィーネウスはすたすたと先に進んでいってしまう。


 するとダンカンが後ろから御者の肩を叩いた。

「まあ心配するな。それよりここで小休止としよう」

 すると御者が指示を出す前に、ダンカンの部下である護衛どもは、無警戒にも休息を始めてしまった。

 

 しばらく進んだところで、ヴィーネウスは集団に囲まれた。

 但し彼らは武器を携えていない。

 しかしそれに代わるものを、彼らが所持しているのは誰の目にも自明である。

 彼らは人狼族(ワーウルフ)の集団だったのだ。


「なんだいそりゃ、貢物(くもつ)のつもりかい?」

 

 集団の中から、体躯たいくこそ一番小柄ながらも、最も強烈な威圧感を放っている存在が、背負われている袋を見やりながら、目の前の男に言い放った。


(ねえ)さん、こいつは俺らを舐めてますよ」

 小柄な存在の横に立つ人狼族の若者に向かって、ヴィーネウスは鼻で笑って見せる。

「舐めちゃいないさ、だいたい俺は犬に舐められることはあっても、犬を舐める趣味は持ち合わせていない」


 当然のことながら、狼の一団はヴィーネウスの挑発にいきりたつ。

 ただ一人、姐さんと呼ばれたリーダーらしき存在を除いて。

 

「畜生、やっちまえ!」

「やめろお前たち!」


 集団は彼らのリーダーである姐さんとやらの制止にもかかわらず、一斉にヴィーネウスに飛びかかった。

 その恐るべき瞬発力をもって。


 爪をふるい、牙を向け、彼らは的確にヴィーネウスの四肢と喉笛を狙った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ