おっさんは釣りをたしなむ
その大陸は、不自然に国境を四等分された四つの国で構成されている。
それは語る者もほとんど残らぬ古き時代のこと。
各地で様々な種族、部族が入り乱れ、それぞれが小競り合いを繰り返しながらも、勢力を均衡に保っていた時代。
争いは、さながら生態系が複雑なバランスを取るがごとく、延々と繰り返されていた。
しかしある日、突然「覇王」を名乗る者がこの世界に現れた。
覇王は四人の部下とともに、大陸中の主だった種族の支配者層を滅ぼし、最後に大陸の中心でその力を存分に発揮したのだ。
覇王の奇跡は、文字通り「大陸を四分割」するものであった。
大陸の中心に立った覇王は、大地を十字に四等分した。
さながら十字架が大陸へと穿たれたかのように。
その直後、覇王は突如として大陸から姿を消した。
一切の痕跡を残さずに。
その後、覇王の部下は、分割された四つの土地でそれぞれが支配者となり、大陸の新たな歴史を紡ぎ始めた。
こうして、これまで対立してきた部族ごと、問答無用で四つの国にまとめられてしまった、大陸のいびつで悲しい歴史が始まったのである。
◇
ここは台地が深々と穿たれた国境近くの街道。
深いクレバスによって四つに分割された国は、いくつかの橋で互いをつないでいる。
それらは各国の勝手な思惑の元、妥協し妥協されながら作られた施設なのだが。
つながれば人は流れる。
未知を求める者。
富を求める者。
明日の生活を求める者。
だから橋を挟んだ街道の、人の流れが止むことはない。
例えそこに危険が潜んでいようともだ。
豪奢な馬車が、何人かの護衛に守られながら街道を進んでいく。
積荷は彼らの主が買い求めた隣国の名産品。
馬車は進んでいく。
さながら漁師が漁場で撒き餌をばらまくがごとく。
「ヴィーネウス、今度はどうだ?」
達磨を思わせる小太りの髭面が、馬車の一画へと、つまらなそうに背をもたれている黒髪の男に向けて小声で尋ねた。
「外れだな」
「そうか。ならば皆殺しだ」
髭達磨はそう返答すると、部下の護衛どもに伝令を送り、臨戦態勢を固めていく。
するとその直後に、馬車は十数人の武器を携えた者共に囲まれた。
どうやら典型的な山賊の登場らしい。
続けて頭領らしき男がお決まりの台詞を吐き出した。
「命が惜しかったら、身ぐるみ置いてきな」
しかし次の瞬間、頭領の首は髭達磨がふるった長柄槍斧の一閃により、花火のごとく血しぶきを吹き出しながら、空に打ち上げられた。
続けて山賊どもは、護衛たちの手によって、至極公平に、その首を仲良く飛ばされていく。
「今日も収穫なしか」
髭達磨の呟きに、御者が不思議そうに振り返った。
「収穫ってなんですかダンカンさん? この荷物を無事に主の元に送り届ければ、ダンカンさんたちには破格の報酬が約束されていますよね?」
「それはそうだがの。サイドビジネスってやつだ。なあヴィーネウス」
ダンカンと呼ばれた髭達磨の声を無視するかのように、ヴィーネウスは馬車の奥で寝がえりを打ち、明後日の方向を向いてしまう。
間もなく危険地帯も抜けるかという地点で、ダンカンは再び身を乗り出した。
「今度はどうだ、ヴィーネウス?」
ダンカンの問いに呼応するかのように、ヴィーネウスは漆黒の瞳を一瞬光らせた。
「試してみるか」
そう呟くと、ごく自然にヴィーネウスは馬車から飛び下り、何かの袋を担ぎながら街道の先に進んで行ってしまった。
この突拍子もない行動に慌てたのは運送責任者でもある御者だ。
「ヴィーネウスさん、勝手な行動は困ります!」
しかし御者の悲鳴も似た静止に耳を貸さず、ヴィーネウスはすたすたと先に進んでいってしまう。
するとダンカンが後ろから御者の肩を叩いた。
「まあ心配するな。それよりここで小休止としよう」
すると御者が指示を出す前に、ダンカンの部下である護衛どもは、無警戒にも休息を始めてしまった。
しばらく進んだところで、ヴィーネウスは集団に囲まれた。
但し彼らは武器を携えていない。
しかしそれに代わるものを、彼らが所持しているのは誰の目にも自明である。
彼らは人狼族の集団だったのだ。
「なんだいそりゃ、貢物のつもりかい?」
集団の中から、体躯こそ一番小柄ながらも、最も強烈な威圧感を放っている存在が、背負われている袋を見やりながら、目の前の男に言い放った。
「姐さん、こいつは俺らを舐めてますよ」
小柄な存在の横に立つ人狼族の若者に向かって、ヴィーネウスは鼻で笑って見せる。
「舐めちゃいないさ、だいたい俺は犬に舐められることはあっても、犬を舐める趣味は持ち合わせていない」
当然のことながら、狼の一団はヴィーネウスの挑発にいきりたつ。
ただ一人、姐さんと呼ばれたリーダーらしき存在を除いて。
「畜生、やっちまえ!」
「やめろお前たち!」
集団は彼らのリーダーである姐さんとやらの制止にもかかわらず、一斉にヴィーネウスに飛びかかった。
その恐るべき瞬発力をもって。
爪をふるい、牙を向け、彼らは的確にヴィーネウスの四肢と喉笛を狙った。