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お花畑な糸つむぎ姫

 シュタルツヴァルト大陸には様々な種族が暮らしている。


 各種族は様々な特性を持っており、各々がそれらの特性を駆使して生を営んでいる。

 ならば特性が強力であればあるほど、シュタルツヴァルト大陸の覇権争いでは優位に立てるのではないかと考えるのは当然のことだろう。


 しかし現実にはそうなっていない。

 その理由がこれ。

 

「特殊能力が強力な種族ほど、本能に縛られる」


 ぶっちゃけた話、特殊能力の強度と、おつむのお花畑度が比例しているのだ。


 例えば人狼族(じんろうぞく)のウルフェ。

 彼女は容姿端麗・頭脳明晰の上、身体能力も高く、さらには強力な武器となる牙と爪を自在に操る事ができる。

 と、非の打ちどころがないように見える。

 しかし人狼族には強力な「群れ意識」が本能に刷り込まれており、一度(あるじ)と決めた者には死ぬまで忠義を尽くそうとする特性がある。


 だからこそクリーグ国軍総司令官であるログウェル卿は、権謀術数(けんぼうじゅつすう)が渦巻くクリーグ貴族社会の中で、決して裏切ることのない信頼のおける部下としての人狼族を欲した。

 他人から、司令官の犬っころと揶揄やゆされても、不快になるどころか嬉しがって尻尾を振っている。

 それがウルフェたちなのだ。


 これが蟲獣(ちゅうじゅう)種になると、お花畑度が加速する。


 例えば蜜蜂族。

 かの種族は、女王はまだしも、女王の子である者共は、女王の命令に従って働き、三食昼寝を満喫できればそれで満足なのだ。

 当の女王も、これだけの統率された、軍隊にも匹敵するような子供たちを抱えながらも、それを利用して何かを成そうとはちっとも思わない。


 それも、あえてやらないのではく、まるっきり思いつかないのだ。


 こんな性格なので、リルラージュからの提案にも素直に乗ったのである。

「リラは賢いな」などと毎度毎度感嘆しながら。

 そう、蟲獣種のおつむはまさしく「お花畑」だといえよう。

 

 そうは言っても、螳螂族マンティスのように、おつむのお花畑にモウセンゴケやらウツボカズラやらの食虫植物が群生している連中もいるので、決して舐めてかかってはいけないのではあるが。

 

 なお、ひときわ強力な能力を持ち、ひときわおつむがお花畑な娘が、王都ミリタントのそれなりに高級な居酒屋でアルバイトをしているらしい。


 それはある朝のこと。


 アリアは昼近くまで起きてこないヴィーネウスを尻目にさっさと彼の隠れ家を掃除し、朝食兼昼食の支度を並べると、その足でビーネの元に向かうのが最近の習慣となっている。


 なぜなら、おっさんの気難しい顔を横で眺めて過ごすよりも、ビーネが面倒を見ている傭兵団の若い連中とつるんでいる方が楽しいから。

 

「おはよー」

「あらアリア、今日も早いわね」

 アリアは早朝から店の前で掃き掃除をしている女主人ビーネに手を振った。

「おはようおかみさん。今日はあの子たち、何して過ごすのかな?」


 何があの子たちよ、自分も小娘なのにね。

 などとはおくびにも出さずに、やれやれとばかりにビーネはアリアに微笑みを向けると、店の奥を指さしてやる。


のぞいてらっしゃいな」

「はーい」


 店内に入り、カウンターを通り過ぎ、奥の個室を抜けていけば、店と一続きになった連射花火団スターマイン・マーセナリーズの団舎裏口への近道となる。

 そこからアリアがそっと団舎を覗くと、若い連中が、竹と曲げた矢じりのようなものと麻糸で、なにやらこしらえていた。

 

「ねえ、何をしてるの?」

 アリアの問いかけに、団員の一人が振り向いて答えた。


「あ、アリアちゃんおはよう。これは釣りの道具作りだよ」

 すると他の団員たちも、それぞれの笑顔をアリアに向けた。


「ビーネさんに、暇ならせめて食材の仕入れでもしてらっしゃいと微笑(ほほえ)まれちまったんだ」

「おおこええ」

「団長はともかく、おかみさんを怒らせたら、俺たちはここにいられないからな」


 などと、傭兵団の若い連中は口々に文句を言いながらも、釣竿をこしらえようと悪戦苦闘している。

 

「へえ、ちょっと私にもやらせてくれる」


 アリアは竹と釣り針を一つずつ分けてもらうと、指先から糸を紡ぎ、器用に釣竿をこしらえてみせる。

 

「うお!」

「すげえなアリアちゃん!」

「なんだよ! この完璧な結び目は!」


 などとおだてられて調子に乗ってしまったアリアは、結局全員分の釣竿をこしらえてやった。

 彼女特製の糸を使用して。


「それじゃ行こうぜ!」

「アリアちゃんも来るかい?」

「行く!」


 ということで、連射花火団のルーキーどもは、今晩連射花火亭(スターマインズ イン)で提供する魚料理の原材料を釣りに、意気揚々とレイネ川に向かっていった。

 

 ルーキーどもの釣果はすさまじいものであった。

 とにかく入れ食いの上、針のアタリが糸を通じて正確に手元に来るので、釣り逃しが全くないのだ。

 瞬く間にルーキーどもは、今晩ビーネが腕を振るうであろう魚をガンガン釣っていく。


「やべえ、俺って釣師に転向しようかな」

「やめとけ。すごいのはお前の腕じゃなくて、アリアちゃんの釣竿だから」

「釣竿もすごいけれどさ、アリアちゃんが獲ってきたこの芋虫、魚の食いつきがすごくねえか?」

 などという若い連中の賛辞に包まれ、アリアはご満悦。


 するとそんな中に一人の青年が突然割り込んできた。

「すまない、ちょっとその糸を見せてもらえないか?」


 ルーキーどものブーイングも意に介さず、乱入した青年はまじまじと釣竿の糸、そして糸と竿をつないでいる結び目を凝視している。


「なんだ……、なんなんだこの糸は! この造作は!」

 続けて彼はルーキーどもに必死の形相で振り向いた。


「頼む、この糸をこしらえた職人と、この結び目をこしらえた職人を教えてはもらえないだろうか!」


 青年からの余りの剣幕に、ルーキーどもはあっけにとられて、つい指さしてしまった。


 釣れたエビをいそいそと剥き身にして、塩もみしてから串に刺すのに夢中になっている、黄色の薄絹に身を包んだ可愛らしい少女を。

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