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適材適所

「で、わらわとややこに何の用じゃ?」

「その子は私の子よ。お返しくださいな」


「お主、頭が沸いておるのか?」

「その子は私の子よ。お返しくださいな」


「お主にはこのこが己の子に見えるのか?」

「その子は私の子よ。お返しくださいな」


 (らち)が明かぬ。


 螳螂族のマンティスは難儀していた。

 この女が屋敷の門前に飛来してきたのはつい先ほどのこと。

 ところどころに怪我をしており、足にはかせもはめられていることから、この女がどこからか逃げ出してきたことは容易に推測できた。


 ここにたどりついたのも何かの縁。

 マンティスはこの女をかばってやろうと、屋敷に通してやった。

 それまでは殆ど喋らず、ただただマンティスの恩をありがたそうに受け入れていた女だったが、彼女はマンティスの大事な子を見つけるや否や豹変ひょうへんしてしまった。


 彼女は満面の笑顔でマンティスの赤子に駆けよると、両手を赤子に差し伸べようとする。

 しかしマンティスは蟲獣種最強の名を欲しいままにする希少種。

 女の手が赤子に届く前に、後ろからその頭を右手で捕え、鎌に変化させた左手を女の喉に押しあてたのである。

 

 このまま食ってしまうのも悪くはないが、女が悲しそうに、ややこへと手を伸ばそうともがいている姿は、哀れと言えば哀れでもある。

 何か事情でもあるのだろうか?


 マンティスはこの女から事情を聞こうとする。

 しかし女は「私の子をお返しくださいな」と懇願するだけ。

 

「まいったのう」

 マンティスはため息をつくと、眷族に手紙を託し、北に向けて飛ばした。

 

 

「何の用だ?」

「なんじゃ、用がないとお主は会ってはくれぬのか?」 

「心にもないことを言うな」

「世辞じゃ世辞。これから利用させていただく殿方は持ち上げておかんとのう」


 ふん。


 そういうことかいと、ヴィーネウスはため息をつきながら、上座で赤子を抱いている女性に向けて聞こえるように鼻を鳴らしてみせる。

 

「で、用と言うのは、その女のことか?」


 マンティスの横には、猿轡(さるぐつわ)を噛まされた女が縛られ転がされていた。

 

「余りにうるさいのでなあ。食事と排泄以外のときはこうしておるのじゃ。で、ヴィーネウスよ。お主なら知っておるじゃろう?」

「ああ、そいつはザーヴェルのさらに南方に生息する希少種だ」

「ならば売れるか?」


 ヴィーネウスは少し考え込む。

 

 これだけの美しさであれば、こういう筋を好む貴族どもに金貨百枚単位で売れるだろう。

 

「色奴隷はだめじゃぞ」


 さいですか。

 

 マンティスに心を読まれたかのように釘を刺され、ヴィーネウスは頭をかいた。

 まあ、彼も単なる愛玩奴隷を売買する気は毛頭ないのだが。

 こいつの性質からすると。

 ああ、あそこが適任だ。

 

「マンティスよ、代金は金貨でいいのか?」

「わらわに金貨なぞ無用じゃ。それよりもミリタントの干肉(ジャーキー)と、ややこに(チーズ)を頼めるかの。当然保存魔法つきじゃぞ」

 ヴィーネウスは頷くと、横でじたばたしている女性に眠りの魔法を掛け、馬車へと積み込んだ。

 


「助かりましたわ、ヴィーネウスさま」

 ここは王都ミリタント近くに穿(うが)たれた洞窟の前。

 ヴィーネウスの隣では、リルラージュが相変わらずの美しさで微笑んでいる。


 洞窟の中からは、楽しげに子供たちをあやす声と、子供たちの笑い声が響いてくる。

「これで、これまで子守に携わっていた者たちも、徴税官として登録できますからね」


 すると洞窟の中から蜜蜂族の女王カサンドラも顔を出した。

「彼女の子守は素晴らしいの。よくもまあ飽きもせずに続けられるものじゃ」

 そうあきれたような口調ながらも、カサンドラはしきりに感心している。


「あいつの性質ならば、ここが適任だろうと思ってな」

 ヴィーネウスはにやりと笑った。


 彼女は「姑獲鳥(コカクチョウ)

 他種族の子供を奪い、自分の子供にしてしまうという、託卵と正反対の性質を持つ珍しい種族。

 だから彼女はマンティスの赤子を己の子だと思い込み、しきりに「返してください」と訴えたのだ。


 ふつうの母親ならば姑獲鳥の主張に、はいそうですかと己の子を渡すはずもない。

 しかし蜜蜂族の巣ならば、定期的にカサンドラが子を産むので、姑獲鳥は常に子供と共にあることができる。

 それは姑獲鳥にとって最大の幸福といえる。


 さらにカサンドラたちにとってうれしい誤算があった。

 なんと姑獲鳥は子供たちをあやしながら、洞窟の清掃や洗濯などを始めたのだ。

 まるで肝っ玉母さんのように。


 姑獲鳥により家事から解放された蜜蜂族の者たちは、全員が「稼ぎ」に出かけられるようになった。

 

 こうして王都ミリタントにおける徴税代行業「ハニービー」の勢力は益々強まっていくことになる。

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