微笑むように
「先王が色ボケしたらしいぞヴィーネウス」
「そんなの知るかダンカン」
「まあ話を聞け」
ここは居酒屋連射花火亭。
いつものように夕食がてら一杯飲もうとヴィーネウスが腰掛けた席の前に、髭もじゃの岩窟族が腰かけ、ヴィーネウスへと、いつものように与太話を持ち掛けてきた。
「ヴィズさま、赤ワインとローストビーフお待ちどうさま、って、あれ? またダンカンさまがヴィズさまにちょっかいをだしているの?」
ヴィーネウスはアリアのあけすけな物言いに眉をひそめた。
「他人が誤解するような言い方をするんじゃないぞアリア」
しかしアリアはまったく気にしない。
「大丈夫よヴィズさま、ヴィズさまとダンカンさまのカップリングなんて、岩窟族と森林族の大恋愛くらいありえないことだもん。って、あれ?」
「そりゃわしとビーネに対する当てつけかい、まあいい。わしにもウォッカをジョッキで持ってきてくれ」
「はーい」
ダンカンはバイトのアリアを注文で追っ払うとヴィーネウスに話を続けていく。
「どうも先王は、初恋の女を探しているらしいぞ」
先王は、懇意にしている貴族たちに内密で依頼を出したという。
それは「ピンク色の瞳を持つ女性」を探し出してほしいというもの。
女性の手掛かりは王宮裏の大木らしい。
しかしながら、すでに数十年の年月が経っており、その女性も齢を重ねているはずだ。
老いを重ね、先王の記憶とは全く異なる姿となっているであろう。
それでも先王は会いたかった。
ピンク色の瞳に。
最期に叶わなかった望みをかなえたかった。
「先代といっても、王家が新たな女性を王宮に迎えるのは問題じゃないのか?」
当然のヴィーネウスの疑問に、ダンカンは鼻で笑う。
「現王は、死にかけの先王が女性の一人や二人を迎えても、どうということもないという判断を下したらしい」
ふん。
最後の道楽か。
ヴィーネウスはつまらなそうに鼻を鳴らすと、ダンカンの話を聞き流しながら食事を開始した。
自分には関係のないことだとばかりに。
それは翌日のこと。
朝から外出していたアリアが、ヴィーネウスの隠れ家に戻ってきた。
「ねえ、ヴィズさま」
「知らん」
「えー! 最後まで聞いてよ! お昼ご飯の支度は私がするからさ」
そう言いながらアリアはヴィーネウスの手からコメの入ったボウルを奪うと、それを水でとぎながら話を続けていく。
「ねえ、あの子を先王さまに会わせてほしいの」
唐突なアリアの願いにヴィーネウスは一瞬考え込む。
ああ、可能性はあるのか。
彼は先王が掲げた条件に「大木に対する知識」があることを思い出した。
つまりは先王にも大木に対するなんらかの知識、いや「思い入れ」があるのだろう。
少年時代のことであればなおさらに。
「ダンカンと交渉してくる」
「ありがとうヴィズさま!」
二人はコメを夕食に回すことに決め、ダンカンの傭兵団である連射花火団の詰所へと向かった。
◇
思わず先王はベッドから上半身を持ち上げた。
それまで臥せっていたのが嘘であるかのように。
「君は……」
「樹精霊のキルシュだ」
少女の横に並んでいる細身の不愛想な男が、彼女の代わりに口を開いた。
「お爺ちゃんになったわね」
変わらぬピンク色の瞳とピンク色の唇が小首をかしげ、キルシュと紹介された少女は微笑んだ。
「そうか、君は精霊じゃったのか。では、あのとき君はわしに治癒を施してくれたのじゃな」
「ごめんなさい、大怪我だったから」
あのとき先王は落下の衝撃で首の骨を折っていたらしい。
これは普通なら死んでしまうような大怪我である。
そんな死にかけの彼を大木の樹精霊はとっさに助けた。
治癒の上位呪文である「新緑の芽吹き」によって。
この呪文により先王の怪我は完全に回復した。
しかしグリーンブロッサムも治癒呪文の一つには変わりない。
治癒の代償として、先王の魂を大量に消費してしまったのである。
「よくわしを尋ねてきてくれたの」
「あなたが私を好きでいてくれたから。あなたの魂が気になっていたから。それから……」
最後まで話を聞くこともなく、ヴィーネウスとアリアはお付きの文官から報酬を受け取ると、先王の寝所を後にした。
それから数日後、大木は季節外れの花を大量にその枝へと纏った。
見事なまでの桜の花を。
それからさらに数日後、花が散ると同時に桜の老木はその枝々を落とし、幹をゆっくりと崩れさせた。
大木が崩れ落ちるのに合わせたかのように、王家からも国民たちに一つの弔令が発布された。
「先王崩御」と。
◇
ここはいつものそれなりに高級な居酒屋。
バイト中のアリアがヴィーネウスとダンカンに大きなジョッキを運んでくる。
すると女主人のビーネもワインを満たしたデカンタとグラスをもって、その後ろに続いた。
「アリア、今日はここでおじさんたちのお相手をしていてね。その前に私にもお話を聞かせてほしいけれど」
「はーい、ビーネさま」
当たり前のようにダンカンの隣に腰掛けたビーネに、これまた当たり前のようにヴィーネウスの隣にアリアは腰掛けた。
蜘蛛族のアリアにとって、大木は眷属にとって格好の餌場であり、樹精霊は感謝すべき存在である。
一方、大木の樹精霊であるキルシュにとっても、蜘蛛は彼らの葉や枝を食い荒らす害虫獣を狩ってくれる味方である。
だからアリアはキルシュの気配をすぐに見つけた。
だからキルシュはアリアへ遠慮せずに問いかけた。
「知っていたらで構わないの。王子さまはまだお元気かしら」と。
「新緑の芽吹き」は、自身の生命力を魔力に変える治癒魔法。
だから桜の老木もあの日、己の寿命を大幅に縮めてしまった。
だから彼女は願った。
今でも毎年、己が咲かせる桜の花を見つめてくれているであろう、泣き虫の王子さまともう一度会いたい。
彼に別れを告げたいと。
アリアが語るラブロマンスを肴にイチャイチャし始めたダンカンとビーネを無視するかのように、ヴィーネウスはジョッキをあおる。
ふん。
彼の横で、己の説明に酔いながら甘えてくる蜘蛛娘を適当にあしらいながら、ヴィーネウスはいつものように鼻を鳴らした。




