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宝石のたくらみ

 戦士の国であり剣の国であるクリーグにおいて、国民の義務は「納税のうぜい」だけである。


 老若男女、大人も子供も、人族も獣族も魔物も、貴族も平民も全く同じ税金が課されるのが、この国の特長となっている。

 そうした理由から、徴税ちょうぜいは王家の重要な業務の一つとなっており、王家に指名された貴族が徴税を持ち回りで担当するとされている。


 徴税担当となった貴族は「徴税額の百分の一」を報酬として王家から受け取ることができる。

 これはごく一般の貴族にとっては非常においしい収入といえる。

 一方で税金の未回収は一切許されない。


 納税者本人や家族を奴隷として売り飛ばしてでも、担当期間の税金はきっちりと回収することが王家から求められているのだ。

 どうしても納税できない者は、徴税担当から王家への申告によりクリーグ市民権を容赦なく剥奪(はくだつ)されてしまう。


 その代わり徴税担当は「申告料」として市民権剥奪1件当たり1人分の税金相当分を王家に納付しなければならないので、手を抜くことは許されない。

 そうはいっても、クリーグ国民にとっても市民権剥奪は死活問題であるから、ほとんどが自発的に税金を納めるので、市民権剥奪の申告が行われることはほとんどないのだが。


 貴族にとっては、金の支払いで済む「市民権剥奪」よりも「徴税忘れ」の方が怖い。

 納税記録は徴税担当から王都財務官に引き継がれるが、ここでもし万が一、徴税忘れが発覚しようものなら、徴税担当貴族は無能のそしりを受け、問答無用で断絶されてしまうのだ。


 当然ちょろまかし等の不正がばれた日には断絶どころでは収まらず、下手をすれば一族皆殺しである。

 その結果、徴税担当となった貴族は、就任期間においては、清廉潔白な姿勢で業務に勤しむことになる。

 これが回りまわって貴族の過度な腐敗防止につながっているのだから、制度というものは面白い。


「今回はわしの番か」

 上流貴族であるバルト・ローゼンベルクは、執務室の豪奢な椅子の中でため息をついていた。

 そう、彼は王家から来期の徴税担当に任命されたのである。


 前述の通り、徴税担当は徴税した税金の百分の一が報酬となる。

 しかしローゼンベルク家のように、領地での農業や水産業、鉱工業等が安定しており、正直なところ徴税報酬なんて小金に過ぎない上流貴族にとっては、徴税担当の任は、お家断絶のリスクばかりが目立つ、割の合わない仕事なのだ。


 すると、執務室のドアからノックの音が鳴った。

 続けて可愛らしい声が響いてくる。


「お義父さま、お茶をお持ちいたしました」

「おお、リルラージュか。ありがとう」


 部屋を訪れた娘にバルトは相好を崩すと、彼女を部屋に招き入れた。

 部屋に入ってから、扉の鍵をロックするのを忘れないように指示を出して。


 リルラージュと呼ばれた少女は、美しい身のこなしで茶をバルトの机まで届ける。

 すると、突然彼女の手をバルトが掴んだ。

 続けてバルトは、おっさんとは思えないような声で少女に甘え始めたのだ。

「なあ、リラ。わし、困っちゃった」


 それを受け、リラと呼び直された少女もバルトの膝の上に腰かけながら、口調を変えて彼の耳元で囁きかけた。

「どうしたの、バルちゃん?」


 バルトは当初、リラを昼はとびきりの才媛、夜はとびきりの娼婦に仕立て上げ、王家に連なる者へ嫁がせるつもりでいた。

 それはローゼンベルク家のさらなる安定を図るため。

 だから彼はヴィーネウスに対し、バルトにとってもそれなりの大金である金貨二百枚を条件に、そうした素養のある少女を探させたのである。


 ところがヴィーネウスがどこからか連れてきた少女は、バルトの期待をはるかに上回ってしまっていた。


 昼の部も、夜の部も。


 リラはそれほどに上玉だったのだ。


 結局バルトはリラを手放すことができず、それどころか彼女に対しては幼児退行をさらけ出し、甘えてしまうという間柄になってしまった。

 それほど上流貴族のストレスというものは闇が深いものなのであろう。


 自身の膝の上に腰かけるリラの、まだ成熟しきっていない乳房をまさぐり、赤ん坊のようにそれをちゅうちゅうと吸いながら、バルトはリラに悩みを語って聞かせた。

 別に彼にしたとて、彼女に何らかの解決を求めているのではなく、これは単なるストレス解消のつもり。

 ところがここでもリラは、その非凡な才能を開いて見せたのである。


 バルトを十分に満足させ、乱れた身なりを整えた後、リルラージュはバルトにこう申し出た。


「お義父さま。そのお仕事、私にお任せ下さいませんか?」

 ひととおり落ちつき、すっかりと威厳を取り戻したバルトの眼が光る。

「具体的には?」

 その後バルトの執務室にて、綿密な打ち合わせが行われたのである。



 その日リルラージュは、ヴィーネウスの隠れ家を訪れていた。


「おやまあ、レディ・ローゼンベルクさまが、こんなむさくるしいところに何用ですかな?」

 からかうような物言いのヴィーネウスを、リラがからかい返す。

「義父のために房中術の上級編を教わりに参りましたの」


 してやられたという表情のヴィーネウスに、リラはコロコロと笑いながら自らの依頼を告げたのだった。



 道すがら、ヴィーネウスは感心していた。

 リルラージュの計画がいちいち的を射ていたから。


「まいったな」


 ヴィーネウスは後頭部をかきむしると、目的地である王都南東の大平原を訪れたのである。


 肥沃な大平原を通り過ぎると、次に広がるのは、まばらにしか草の生えていない荒地。

 そのとき「ぶーん」という甲高い羽音がヴィーネウスの耳を突いた。

 羽音の先には、平原族よりもひと周りほど小さい種族が、羽音とともに集まっている。


 それぞれに槍を携えながら。

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