種をたずねて三千里
ヴィーネウスは娘たちの麻痺を解いてやると、艶やかな女性に用があると正直に告げた。
「お話を伺いましょう」
目の前に立つ女性がヴィーネウスを小屋に誘うと、娘たちが抗議の声を上げる。
「お母さま! 抜け駆けは無しよ!」
「下品なことを言うのはやめなさい。この方が私に御用だとおっしゃるから、お話を伺うだけです!」
娘たちにお母さまと呼ばれた存在の一喝に圧倒され、彼女たちは押し黙ってしまう。
小屋で二人きりになったところで、お母様とやらは改めてヴィーネウスに頭を下げた。
「ご挨拶が遅れました。私は見ての通り、白鳥族のオデットと申します。お話を伺いましょう」
「俺はヴィーネウスと言う。ところでダメ元なんだけれどな、あんた、王都に永住するつもりはないか?」
突然のヴィーネウスの提案に、オデットと名乗ったウェアスワンの女性は一瞬ぽかんとした。
続けて口元を羽毛で押さえながら笑いだす。
「渡りの我々に永住とは、ジョークにもなっておりませんわ」
「そりゃそうだよな」
さすがのヴィーネウスも照れ隠しに頭を掻くしかない。
白鳥族は鳥人種の一種なのであるが、その特性に「渡り」がある。
彼女らはシュタルツヴァルト大陸のさらに北にある島を本来の居住地としている。
ところが、白鳥族は一部の種族や魔物に見られるのと同様に、子は「女性」しか生まれないため、ある時期になると、他種族の子種を求めて大陸に南下してくるのだ。
先程ヴィーネウスが娘たちに囲まれたのはこれが原因だった。
しかし、そこにヴィーネウスは引っ掛かる。
「白鳥族は本来、特定の人族としか関係を持たないと記憶しているが?」
「ええ、本来はそうなのです。が、実は」
そう。
彼女たちが子作りのために訪れた旧知の村は、既に廃墟となってしまっていた。
当然そこには彼女たちが求める男性は一人もいなかった。
「あんたが王都上空に姿を現したのはそういうことか」
「まあ、見つかっておりましたか?」
「今回あんたをぜひ手に入れたいというのは、そいつだよ」
ヴィーネウスはダメ元でオデットに条件を話してみる。
彼女が舞う姿に一目惚れをした芸術家がいること。
彼は王家に連なるものではあるが、既に子供へ地位を譲っており、今は隠居の身であること。
ちなみに妻には先立たれており、今は王城の一角に住まいを構えていること。
彼の願いは、空を舞うオデットを思う存分描きたいというもの。
ヴィーネウスの説明にオデットは考え込んでしまう。
白鳥族の彼女たちにとって、対価となる人族の貨幣は、重いだけでそれほど価値のあるものではない。
なにより彼女たちを包む羽毛が結構な価格で取引されるので、彼女たちは特に物々交換で困るようなことはないのだ。
ただ……。
「条件次第では考えないこともありません。ヴィーネウスさま」
オデットが提示した条件を聞いたヴィーネウスは、一人にやりと笑った。
◇
「ダンカン、お前の傭兵団から若い連中を十人程貸してくれ」
「なんじゃい? どこかにカチコミでもかけるのか?」
「馬鹿言うな。取引だ」
王都ミリタントに戻ったヴィーネウスは、隠れ家に帰ることもなく、まっすぐに傭兵団「連射花火団」の団舎に向かうと、団長のダンカンに取引の内容を説明した。
その内容にダンカンは一度口をあんぐりと開けた後、即座に首を左右に振った。
「ってヴィーネウス、無茶を言うな!」
「費用は依頼人に請求しろ」
「金の問題じゃねえ!」
「ならばこの依頼は失敗だ」
ヴィーネウスの脅すような口調に、歴戦の勇士も黙り込んでしまう。
「ちっ、わかったよ。経費は俺がそのままいただくぞ」
「構わん。依頼者との交渉もお前がしておけ」
その後ヴィーネウスは、傭兵団長ダンカンの部隊から若き精鋭十名を選抜し、装備を整えるようにそれぞれ指示を出してやる。
どうやら団員達はダンカンから仕事の内容を既に聞いていたらしく、全員が全員やる気に満ちている。
「あら、あなたは行かないの?」
「言うなビーネ。俺にはお前だけじゃ」
精鋭団が王都を出発するのを、団長ダンカンと、団長の妻であり、居酒屋「連射花火亭」の経営者でもあるビーネの二人が見送ってやる。
「それじゃ頑張っていらっしゃい、坊やたち」
「うっす、おかみさん。頑張ってきます」
「団長、俺は男になってきますぜ!」
こうしてヴィーネウスと精鋭十名は東に向かっていった。
◇
「待たせたな、オデット」
「まあ、これは期待以上だわ。ちょっと妬けちゃうかも」
「お前がそんなでどうする」
「そうね。ちょっとがっついちゃったかしら」
完全装備の精鋭十名をまずはオデットに紹介するも、兵どもはすでに臨戦態勢である。
その暴力的な若さに圧倒されながらも、ヴィーネウスは彼らを落ち着かせていく。
オデットも彼女の娘たちを連れてきて、彼らの前に整列させた。
ヴィーネウス一人の時とは異なり、娘どもも、がっつくよりも別のことに忙しい。
そう、目の前に立つ男どもを誘惑することに。
オデットが出した条件は「娘たちへのつがい紹介」と「巣立ちまでの護衛」を用意することだった。
白鳥族は他の人族から子種を授かるとすぐに産卵し、三十日ほどで卵は孵化する。
生まれた雛はそこから九十日ほどで飛べるようになる。
雛が十分に飛行できるようになった季節に、白鳥族は本来の住まいである北方の島に戻っていくのだ。
傭兵団の男どもは、オデットの娘たちと「つがい」になり、夜を過ごすことになる。
そして娘たちが産卵し、雛が無事育つまでは、男たちは娘と子供たちを外敵から守る役目を担うのだ。
当然、夜は娘たちから愛情のご褒美付き。
傭兵団が用意した「装備」とは、この期間、湖畔で生活するための資機材・食料などであった。
ヴィーネウスは定期的な食料の配送を、若者たちのリーダーと娘たちのリーダーに約束すると、オデットを連れて王都へと戻っていった。
◇
オデットは依頼主の元に向かう前に、一晩だけヴィーネウスに夜を求めた。
「なんだ、身ごもったらどうする?」
怪訝そうなヴィーネウスにオデットは耳元で楽しそうに囁いた。
「子作りは娘たちの役目、ここまでは娘たちのための対価。それでは私自身が売られる対価に、純粋に夜を楽しみたいと、あなたに対価を求めるのは法外かしら?」
ふん。
その晩、アリアはダンカンとビーネの元に追っ払われた。
◇
「まいった」
「働き無しで金貨五十枚が手に入ったんだから文句言うな」
結局オデットは、金貨四百枚に経費として金貨十枚を対価に売られていった。
とはいっても、依頼主はオデットの身体をどうこうする気もないらしく、絵を存分に描いた後は、オデットと二人で連射花火亭へ食事を楽しみに来たりする始末。
まあ、幸せな老後なのだろう。
一方のダンカンは、精鋭十名が約半年間白鳥族の営巣から戻ってこないため、傭兵団としては実質休業となってしまった。
手数料の金貨四十枚と必要経費として別途請求した金貨十枚を手にしても、仕事として出向いている若い連中に加え、残っているベテランどもにも給金を支払わなければならないので、これでは丸儲けというわけにはいかない。
連射花火亭の個室でダンカンが強い酒をあおりながらぶつぶつと愚痴を垂れている。
「こりゃあ、下手をすると赤字になるかもしれん」
そうぼやくダンカンに、ヴィーネウスはグラスを傾けながら愉快そうに言葉をかけてやる。
「まあそう言うな。お前が大好きな王家との関係も強くなったし、チェリーどもも良い経験を積んでくるだろうさ。まあ、巣立ちまでの我慢だ」
意気消沈のダンカンは、ヴィーネウスの言葉の半分は嫌味だということも気づかずに、顔を上げた。
「ならばよいのだけれどな」
実際には、娘と子供たちが巣立ってしまった後、寂しさに泣き崩れ引きこもってしまった連中十名が、使い物になるような状態に戻るまで、さらに三十日を費やすことになるのだが、ダンカンが今それを知る由もなかった。