舞姫
彼女は目の前に広がる殺風景に唖然としていた。
なぜなら、かつて彼女たちと交流があったはずの、平原族の村が見る影もなく滅びてしまっていたから。
彼女は娘たちを率い、営巣の準備を始めるも、肝心の平原族がいなければ、自分たちの目的を達成することができない。
しぶしぶ彼女は、娘たちに準備を続けるよう言い残すと、その疲れた体に鞭打ち、さらに西へと向かって行った。
◇
彼が空に見たもの。
それは太陽を背に輝く、この世とは思えないほどの優雅で美しい存在だった。
「描きたい!」
彼は空に美しい弧を描いた純白の鳥に、心を奪われてしまった。
◇
「だとよヴィーネウス。道楽もここまで来ると病気だな」
「そんな与太話で俺を呼び出すお前も、大概だと思うぞダンカン」
「そう言うな。王家に連なる者とのパイプは大事にしておかなきゃあならんのだ」
そんなダンカンの軽口にヴィーネウスは顔をしかめてしまう。
「俺は王家とは、なるべく関わりたくないのだけれどな」
「だから俺が間に入ってやっているのだろう? ところで当てはあるのか?」
ダンカンの、ほれほれと促すような態度に、ヴィーネウスはため息をつく。
確かに当てはある。
しかし、あれを連れて帰るというのは無理だと彼は知っている。
そんな風に難しい表情をしているヴィーネウスをダンカンがそそのかした。
「最低保証金貨三百枚。俺の紹介料を三十枚引いても、二百七十枚なら美味しいだろう?」
ふん。
「仕方がない。但しあくまでも成功報酬ということで依頼主には話をしておいてくれ。それから必要経費は全額実費請求だからな」
「わかっているぞ。せいぜい王家の金庫でうなっている金をむしってやれ」
続けてヴィーネウスは天井に視線をやった。
「ということだ」
ヴィーネウスの声に、一匹の小さな蜘蛛が天井から糸を伝わりながらゆっくりと降りてきた。
続けて蜘蛛はふわりと、黄色の薄絹を纏った人種の女性に変化する。
「なんじゃい、まだお前はここに居候しておるのか」
「いいじゃないの、ダンカンさんとビーネさんのところに住み込みになって、二人の邪魔をする訳にもいかないし。特に夜のお楽しみのところとかさ」
からかうような小娘の物言いに、ダンカンも笑いながら返した。
「別に混じってきてもいいのじゃぞ」
「あー、ビーネさんに言いつけてやろっ!」
「漫才はいいからアリア、留守は頼むぞ」
「はーい、ヴィズさま」
すっかり隠れ家の天井に居候を決め込んだ女郎蜘蛛のアリアが、ヴィーネウスに頷いて見せた。
「ヴィズさまときたかい」
「笑うなダンカン」
ヴィーネウスはげらげらと笑っているダンカンを追い出すと、旅の支度を始めた。
まとわりついてくる蜘蛛娘を追っ払いながら。
◇
ヴィーネウスは王都ミリタントから東に位置する小さな湖のほとりに来ていた。
そこで彼は感覚を研ぎ澄ます。
「あっちか」
ヴィーネウスは自らの感覚に従い、湖畔をゆっくりと歩んでいく。
しばらく歩くと、湿原と大地の境界となる場所に、草と灌木と布で編まれた質素な小屋がいくつか建てられているのを見つけた。
……。
嫌な気配がする。
それは「殺気」のような物騒なものではないが、それに近いものだ。
何かに狙われている感覚である。
「まさか……」
ヴィーネウスが漏らした独り言を合図とするかのように、数羽の鳥が一斉に彼へと襲いかかった。
「きゃー! 当たりよ当たり!」
「やだー! この人は私と一緒になるの!」
「だめよ! ここは年長者に譲りなさいよ!」
「先に孵化したからって威張るんじゃないの!」
鳥。
いや、鳥人と言った方がいいだろう。
髪の毛の代わりに真っ白な柔らかい羽毛で頭を覆い、両腕には脇から手首の辺りまで、真っ白な羽根が広がっている。
その体躯はほっそりと軽く、申し訳程度につけている胸と下腹部を覆う下着も自家製なのか、柔らかそうな羽毛で編みこまれている。
そんな娘たちが一斉にヴィーネウスに向かって飛びかかってきたのだ。
両腕を同時に引っ張られる。
両足を交互に引っ張られる。
胸や背中、下腹部辺りにも抱きついている。
嘴はないが、爪は立派な鳥類のそれなので、掴まれるとそれなりに痛い。
ヴィーネウスはあっちこっちに爪を食いこませられながらも、冷静に状況を分析すると、一呼吸をついてから、ぼそりと呪文を唱えた。
「麻痺」
「ごめんなさいね。突然襲ってしまって」
全身を痺れさせてヴィーネウスの周りでヒイヒイ喘いでいる鳥娘たちの後ろから、優雅な声がヴィーネウスにお詫びの言葉を告げてきた。
その姿は彼を襲った鳥娘たちよりも一回り大きく、娘たちが華やかなのに対し、この存在は艶やかといった雰囲気を醸し出している。
ああ、こいつだな。
ヴィーネウスはダンカンから聞かされていた目撃情報の詳細を思い出しながら、目の前の存在が彼の目的だと確信した。