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求められる者

 クリーグ王国の南に穿うがたれた「刻印」の先には、魔術師の王国「ザーヴェル」がある。


 この国は「覇王の魔術師」であった者が建国の祖となり、戦士の王国クリーグ、狙撃手の王国イエーグと同様、独自の施政がなされ、この国独特の文化を築いている。


 この国で特筆すべきは「知識の探求」にある。

 初代の王は、全世界の知識を同国に集約すべく、この国独自の法を発布した。


「新たな知識を王家にもたらせ。代価は無限である」


 そう、この国において、新たな知識こそが何よりも最優先とされるのだ。

 

 新たな知識を王家にもたらした者は、その内容により相応の対価を王家から授けられる。

 それは、あるいは金銀の財宝であり、あるいは王国での地位であり、あるいは王家の血筋すなわち王族との婚姻であったりした。

 

 一方で貴族たちには定期的な「知識の探究」が課せられ、一定期間中にそれを成し遂げられなかった貴族は、容赦なく断絶された。

 また、王家が知識を無限に手に入れるということは、その代価となる資産が常に王家に蓄えられていなければならない。


 その結果、ザーヴェル王国が国民に課す税金は四王国中、最も過酷な額となってしまっている。

 

 日々貧しさを強要されながらも、新たな知識を万が一にでも手に入れることができれば、一発逆転のある人生。

 国民たちはそれを揶揄(やゆ)の意味も込めてこう呼んだ。

 

「ザーヴェリアン・ドリーム」と。



 ある日のこと、ヴィーネウスの隠れ家を、一人の男が訪ねてきていた。


 その風貌は一見して、「探索者」とわかるもの。

 革鎧を身に着け、腰には小振りの剣を備えている。

 足元には肩から降ろした大きな背嚢(はいのう)が置かれており、そこにはクロスボウがくくり付けられている。

 指にはめられたいくつかの指輪からも魔力が感じられるところを見ると、それぞれに何らかの魔術が封じ込められているのだろう。


「どうだ、当てはあるか?」

 男の希望にヴィーネウスはそっけなく答えた。

「ないことはないが、金貨二百枚が貴様に用意できるのか?」

「問題ない。商品と交換で用意できる」

(しつけ)の希望は?」

「探索の基礎を一通り仕込んでおいてくれ。当然だが夜も従順にしておいてくれよ」


 ふん。

 

 ヴィーネウスは相手に女を購入する目的は聞かない。

 だが、会話でそれは推測できてしまうものなのだ。


「ならば三か月後だ」

「待っているぞ」


 男は隠れ家を後にし、ヴィーネウスはその背中を一瞥しながら仕事の準備を始めていく。


 ◇

 

 ヴィーネウスが訪れたのは蟷螂婦人の屋敷からさらに南西に進んだ、刻印の中心手前に位置する森林。

 そこでほどなく彼は目的の女性を見つけることができた。

 

 その女性は鮮やかな薄黄色に黒のストライプが描かれた絹衣(きぬごろも)をまとい、木の上に腰掛けていた。

 肩で揃えられた黒髪に、幼くかわいらしい瞳、それに反するかのような鮮やかな紅の唇がヴィーネウスの目線を奪う。


「おい」

 ヴィーネウスのぶっきらぼうな呼びかけにも、特に警戒する様子もなく、樹上の娘は興味深そうにヴィーネウスに尋ねた。


「何の用かしら?」

「お前を買いに来た」


「私が怖くないの?」

「かわいいとは思うが怖くはないな」


 へえ、という表情を見せながら、女は木から音もなくゆっくりと舞い降りると、音もなくヴィーネウスの前に立つ。


 ヴィーネウスの胸のあたりから彼女は見上げると、かわいらしい瞳を甘えるように見開いた。 

「愛してくれるの?」

「さあ、どうだかな」


 娘は無防備な笑顔で繰り返す。

「愛してくれるなら」

「お前次第だろうな」


 女はヴィーネウスの言葉に嬉しそうに頷くと、彼とともに王都へと向かっていった。


 ◇


 隠れ家で娘はヴィーネウスに教えられるがままに、探索の技術を仕込まれていった。


 しかしそれは彼女にとって、ほとんど意味のない教育であった。

 なぜならば、彼女には天性の能力があり、ヴィーネウスレベルの探索技術は、ほとんどを既に備えていたからだ。

 あとは知識だけであったが、それもあっさりと吸収してしまう。


 その代わり、夜は徹底して仕込まれた。

 主に決して逆らわず、主の求めるがままに身体を差し出すようになるまで。

 娘は己の能力も忘れ、ヴィーネウスに徹底的に塗り染められ、彼に溺れていった。

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