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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

袖触れ合うも他生の縁

作者: はちのす


空が明るい。


そりゃそうだ、だって今は平日の真っ昼間の13時。

サラリーマン等の普通の職についている人間だったら、忙しなく金を稼いでいる時間帯だろう。


「俺は何がしたくて謹慎食らったんだろうなぁ…」


つい昨日のことだ。


所属する1課が、ここ数日掛かり切りの連続殺人の捜査の担当を拝命していた。


連続殺人犯だと推定されている<通称 花屋>。


その手口の多様さから、4件にものぼる殺人について、最初は別個の犯人がいるのだと考えられていた。


五里霧中の捜査状況の折、故意に現場に残された一輪の花だけが、朧げに浮かぶ犯人像を結びつけた。

しかしそれ以外には、証拠を残さない巧妙な手口が特徴の犯人だった。

やっとこさ行動パターンから、拠点がありそうなエリアを掴んだのが4日前のこと。


それからは張り込み現場に付きっきりで、場所を微妙に変えながら寝ずの番をしていた。


していたのだが…


「夕飯食って、居眠りして…犯人取り逃がすとか、ドラマか何かかよ。凹むわぁ」


流石に、自分自身に呆れ返った。


1時間寝こけて、起きたら家には生活音がなくなり、ガスメーターも微動だにしないもぬけの殻状態。


まさかと思い、それからも同じく張り込み担当の刑事と張り込み続けたが、戻って来る気配はなし。

極め付けに、俺は警察手帳まで紛失していた。

恐らくは、夜食を買いに行った際にレジかなんかに置き忘れたのだろう。


あの手帳は組織人として、生命線とも言える。

そんなトラブルを一気に引き起こした訳だ。

2人一組で捜査に当たっていた為、俺こと<正山 雄介>ともう1人の刑事は仲良く捜査から外されたのだ。


幼少からの念願が叶って刑事になり、2年後に事実上謹慎とはとんだお笑い草だ。


「俺のキャリアも終わりだな」


そう口にすると、途端に脱力感が襲ってきた。

手に持っていたペットボトルの蓋が、自由になりたいとばかりに滑り落ちる。


コロコロ…


その様子を何をするでもなく眺めていると、突然キャップの逃避行は終わりを告げた。

緩い部屋着のようなセットアップを纏った、怪しげな男の手によって受け止められたのだ。


「あらら、蓋が逃げてらっしゃいますよ」


「!あ、ありがとうございます。すいません」


「いえいえ、あなたも何やらお疲れのようで」


「…というと、貴方もですか」


普段であれば、立場上、こういった風貌の人間とは会話を発展させない。

だが、こんな日くらい誰かと言葉を交わしてみても良いのではないか。その思いが、妙に詩的な切り返しをさせた。


「聞いていただけますか」


ずい、と身を乗り出してきた男は、なにやら興奮気味だ。蓋を拾ってくれた逆の手に持っていた大きめの袋を放り投げ、話し始めた。


「実は私、ドラマなどの脚本や、小説を書いたりしておりまして。今しがた、担当編集に全てのアイデアを蹴られたところなんです」


「はぁ、それは大変ですね」


「大変どころの騒ぎではないんですよぉ、こんな収入では、お花も買えない。もっと言うと、来月から食うにも困るレベルです」


「え、どうするんですか」


「う~ん、どうしましょうかねぇ」


男は切迫した状況である事を感じさせないトーンで、悩むような声を上げる。

そして、いじける様に俺の隣に腰掛けると、地面に転がる石を蹴り上げた。


「あ!そうだ貴方、何かネタをお持ちではないですか。飛び切り面白い奴」


(大丈夫か、コイツ…)


正直に言ってそう思った。簡単に人に答えを求めるレベルだから、アイデアも全部却下されるんだろうが、と。

でもまぁ、もしかすると作家というものはこういう直感的な生き物なのかもしれない。

凡人には理解出来ない思考回路で執筆活動をしていくんだろう。


なら、少しくらい乗ってやってもいいか。


「そうだな、逆に貴方はどういったものを書いてきたんですか」


「あぁそうですよね。それが分からなければアイデアの出しようがないか…」


男は納得したように相槌を数回打つと、身体ごとこちらへ向き直り、気の抜ける様な笑みを見せた。


「ミステリーですよ、殺しとか…そういう類の」


「…意外ですね」


「良く言われますぅ」


作家の話し方は独特で、語尾に小さい母音を残しつつ言葉にしていく。


「私怨、正義の暴走、完全犯罪、猟奇殺人…そんなところをテーマにすることが多いですねぇ」


その媚びる様な話し方とは裏腹に、躍り出る単語は物騒だ。

この男は、風体や言葉遣いがどこかチグハグで、何故だか気味が悪かった。

当初よりもずっと近い距離に迫っていた男から逃げる様に身を引く。


「だとしたら、お役に立てることはありませんよ。あ、ペットボトルの蓋。拾ってくれてありがとうございました」


俺は投げやりな礼を男に伝えて、ベンチから立ち上がった。

こんな薄気味悪い奴からは、さっさと距離を取るに限る。


(なんかずっとツイてないなぁ…)


最初に話し掛けてきた時には、暇潰しにはなるかと楽観的に考えてしまったが、とんだ勘違いだったな。

俺は公園へ向かった数時間前の、およそ倍速で自らの家へと歩みを進めた。



「…あれぇ、そうですか。私の住処を張っているから、てっきり専門家の方だと勘違いしました。ねぇ、雄介さん」


手に持った黒い手帳を弄びながら、手帳に染みついた彼の縁を辿る。

彼の名前が知りたくて、ちょっと拝借したのだが、こんなにも早く彼と直接話せるとは。


(今日は全くツイてるな)


彼が自身の家の前で張り込みを始めてから数日間になる。

自身を張り込んでいるらしい刑事が、毎食分を従事するコンビニエンスストアで買っていく様を見て、興奮で頭がおかしくなりそうだった。


(目の前に追っている人間がいると言うのに、そんなことにも気が付かず、のうのうと私の手から得たものを口に運んでいる!)


その様子は、まさに何も知らない無垢な雛鳥のようだ。


昨夜もそうだった。

徹夜続きでぼんやりとした可愛らしい彼がコンビニエンスストアに入ってきた時に、全てを実行に移すと決めた。

カップの底へと手早く睡眠導入剤を微量だけ混入させ、コーヒーカップを用意した。

コンビニエンスストアによくある自身でコーヒーを投入するタイプだったから、そこに薬物が混ぜられているなど、3徹目の人間に気付ける訳がない。


「あぁ、お夜食は美味しかったですかねぇ…定番メニューですよねぇ。カレーパンとコーヒー!」


たったそれだけ。

彼らは車ですっかりと寝こけていた。


そんな彼から警察手帳を頂戴するのも分けないこと。

きっと彼がこんか昼間っから暇そうにしていたのも、自分が手帳をくすねたからだろう。


…深く呼吸をして、虚空を見上げる。


「あは、雄介さんは一体これからどうなってしまうのでしょう」


男は、興奮から引き攣る様な笑みを浮かべながら、これから先のことを夢想する。


「雄介さん、貴方が主役で私が悪役…不運な刑事とそれに魅入られたシリアルキラーなんて、ドラマ映えしそうじゃありませんか」


堪える様に、見せつける様に表情を歪ませた男の薄ら寒い笑みは、遂に俺の視界に映ることはなかった。

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