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アイオン

僕は起き上がろうとした。しかし上手く腰が曲がらない。彼女は慌てて立ち上がると、僕を補助するために腕を伸ばした。僕は、自分の腕を伸ばし、彼女の手を取る。

「――あれ……?」

 僕は自分の手をまじまじと見た。それは肌とは言えないような質感でまるで陶器のようだった。

 質感だけではない。手の様子もおかしかった。指の関節部分に小さなボール状のものが収まっていた。いわゆる球体関節だった。

 僕は彼女の助けを借りながら起き上がり、まじまじと自分の身体を見つめた。毛布から伸びる手脚は、まさに人形のそれだった。

「ゼー?」

 呆然としている僕に彼女が話しかけて来た。僕ははっとして彼女の方を振り向いた。

「なぜ、僕の名を……?」

「なぜって、私はあなたのマスターだからです」

 彼女はそう言うと僕を安心させるように微笑んだ。

「マ、マスター……?――あなたの名前を聞いてもいいですか?」

「アモ・アイオン」

 そう言いながら、彼女は僕の手をぎゅっと握った。シルクのような滑らかな素材でできた手袋が僕の硬質の肌を柔らかくつつんだ。

「僕は蘇ったのですか……?」

 僕の質問にアモは困ったように首を傾げた。肩までの長さのブラウンの髪の毛がはらりと揺れた。

「ゼーは今、蘇りの手前の段階にいます」

 僕は部屋を見渡した。石造りの壁に、床はダークブラウンの木材で覆われていた。家具は無く、壁と壁の切れ目――つまり、四隅から入り込む黄金色の光が部屋の照明だった。ベッドだと思って横たわっていたのは、石台だった。そして石台は僕の隣にもうひとつあった。

「――ここはどこですか?」

「ここはあなた達の身体がある場所です」

 僕は混乱した頭でもう一度自分の身体を見返した。静止していると人形にしか見えなかった。とても自分自身の肉体であるとは思えない。

「人形にしか見えませんが……?」

「はい。あなた達は操り人形(パペット)ですから」

 アモはそう言って、ニコリと笑った。腕を伸ばし、僕の頭を撫でる。

「僕の人生は終わったのですか?」

 僕はちらりと自分の左手の小指を見た。小指にテロメアは無かった。

「いいえ。ゼーの人生(・・)はまだ続いています。一度死にましたが、まだ蘇ることが出来ます」

 僕は意を決して、ずっと気になっていた事を訊ねた。

「イニャは……?」

 アモの顔色が曇った。

「イニャのことはとても残念でした。私の力不足です。――イニャが今、どうなっているのか私にも分かりません」

 僕はぐっと奥歯を噛んだ。アモは僕の頭を優しく撫で続ける。

 しばらく沈黙の時間が続いた。

「――それにしても不思議です」

 沈黙を破ったのはアモだった。

「なにが不思議なのですか?」

 僕は問い返した。

「本来であればパペットがここ(プレーローマ)で意識を取り戻すことはありません。あなたたちパペットの意識と認識は常に下の世界(シェオル)にあるからです」

 僕は不意にあることに気が付き、アモに質問した。

「僕はいつそのシェオルに戻されるのですか?」

「普段であれば、ただちに(・・・・)、です。だけどいつもとは勝手が違うみたいですね。私にも分かりません」

「記憶を消さないまま、シェオルに戻ることは出来ますか?」

 僕は期待をこめてアモに訊ねた。

(イニャの記憶を残したまま、シェオルでイニャを探せるかもしれない……!)

 しかし僕の期待とは裏腹に、再びアモは困ったような表情を浮かべた。

「分かりません。――分からないことばかりでごめんなさい」

 僕はなにも言えず、俯いた。アモはそんな僕を励ますように言葉を続けた。

「だけど、安心してください。イニャの事は私が覚えています。ゼーが私のもの(・・・・)で、この部屋に横たわっている限り、私はゼーの耳元でイニャのことを語り続けます。――イニャの最期の判断は賢明でした。あそこでイニャがゼーを殺さなかったら、ゼーが私の手から離れてしまうところでした」

 そう言ってアモは僕の顔を覗き込み、にこりと微笑んだ。その微笑みは、魔法のように僕の全身の力を奪った。僕の意識は急速に遠のいていった。

 



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