ファースト・フィラル
「えげつないなあ……」
隠れ家に戻ると、開口一番、僕はイニャにそう言った。イニャは気まずそうに、僕から顔を背けると、コンクリートの壁を背に座り込んだ。
「まさか、テロメア狙うなんて……そこまでしなくても……」
「狙ったわけじゃない」
イニャはぽつりと僕に反論した。
どうやらイニャの振り下ろしたハンマーが、女の子の指輪に直撃し、その衝撃で女の子の小指からテロメアが外れ、女の子は決定的に死んでしまったらしかった。
「テロメアが外れたら、ああなるんだね。始めて見た……」
僕はおののきながらそう言うと、イニャは立てた両膝に顔を埋めた。
「ねえ、死んじゃったのかなあ……?」
イニャがくぐもった声で呟いた。
「さあ?一応、そうらしいけど。でも実際のところ分からないよね」
僕はなんとかイニャを励まそうとそう答えた。
「はあ……」
気まずい沈黙が流れる。
「それより、あの子のトループから報復されないといいけど」
「報復されても仕方ない……」
「でも、イニャ、次は本当に死んじゃうよ?」
「だけど、仕方ない……」
イニャの肩が震える。とうとう泣き始めた。
僕は肩をすくめると、イニャの隣に腰を下ろし、その肩をさすった。
「明日、朝になったら、あの子、復活してるかもしれないじゃん?」
僕の言葉にイニャは小さく頷いた。
しかし残念なことにあの女の子が蘇り、僕らの仲間になることは無かった。次の日の朝になっても、彼女は僕らの前に姿を表さなかった。
「まあ、事故なんだから、仕方ないよ。次から気をつけようよ」
「うん……。――もう、この世界、いや」
イニャがぼそぼそ呟いた。
「そうだね。いやだね。――それより、イニャ、少し寝たら?」
イニャは結局、膝に顔を埋めた姿勢のまま一晩を過ごした。身体中、痛めているに違いない。
「――ゼーは?」
「僕は、布団探しに行こうかな」
「ここにいて」
イニャは、上目遣いで僕にそう言った。僕は小さくため息を付くと、「分かった」とイニャのお願いを承諾した。
イニャはほっと安心したように立ち上がると、絨毯に移動し、僕に背を向けるようにしてその上に寝転んだ。ときおり、横目で僕がいることを確認していたが、間もなく穏やかに肩が上下し始めた。眠りについたようだ。
イニャのその様子を眺めるうちにいつの間にか僕も眠ってしまった。
外の喧騒で目を覚ました。日は暮れていた。
イニャはだいぶ前から目を覚ましていたようで窓辺に立って外の紛争の様子をぼんやりと眺めていた。僕は伸びをして、立ち上がり、イニャのそばに移動した。
「気をつけてね。まれに流れ弾とか手榴弾とか飛んでくるから。――実際、そのせいでイニャ、死んじゃったわけだし」
「どういうこと?」
「手榴弾が飛んできたから、それを窓の外に投げ返したんだ。そこにたまたまイニャが居合わせたみたい」
イニャは肩をすくめた。
「――ねえ、ゼーって昔、どれくらい仲間がいたの?」
「いや、いないよ。ひとりもいない。最初からずっと」
イニャが目を丸くする。
「じゃあ、F1ってこと?」
F1は、トループの第一世代の通称だ。最初から自分の周りに仲間がいなかったということは、そもそもトループに引き込んだものがいないということになるので、イニャはそう考えたのだろう。抗争は、もともとは個人間の戦いだった。それがいつの間にか組織化し、劇団というものが結成されるようになった。
ところで、F1は一部では神聖化されている。劇団が組織される以前の原初状態から一度も死なずに今まで生き残っている彼らは武神のような存在だ。
もちろん、そのようなものは極端に少なく、自他ともに認めるF1はたった三人しかいない。そしてその三人に僕は含まれない。
「僕はF1じゃないよ。だって一番古い記憶を辿ってもすでに、トループがたくさん結成されていたもん。原初状態は知らない」
イニャはしかし僕の説明に納得出来なかったのか、不思議そうな表情で僕の顔をじっと見つめた。