トループ
目が覚めた。眠い目を擦る。今日こそは柔らかい敷物を見つけるぞ、とぼんやり思いながら起き上がる……。
「――うわ、びっくりしたっ!!」
誰もいないと思っていたのに、僕の傍らで女の子がひとり、背中を丸め体育座りで僕を見つめていた。やや赤味のある長い髪をハーフツインテールにまとめ、丈の短い真っ黒なワンピースを着ている。――その装いのシンプルさから、間違いなく蘇りたてに違い無かった。
「襲おうとしてる?どっか行ってよ!」
僕は動揺のあまり、強い口調で女の子に言った。女の子は不満そうに口を結ぶと左手で髪をかき上げた。そして首をひねり、僕に首筋を見せた。僕はそれを覗き込む。
「……え?――なんで?」
彼女の首筋に羽を広げた蛾がとまっていた。その羽根は黒く艶やで、血の気のない彼女の真っ白な肌とは対照的だった。まるで彼女はその蛾に生気を吸い取られたかのようだった。
実際のところ、それは生きている本当の蛾ではなく、紋章――所属する劇団を示す――だった。僕のタトゥーもまた「蛾」をモチーフにしたものだった。
「仲間……?なんで……?」
「きみが私を殺したからでしょ?」
女の子は素っ気なく答えた。僕らは死ぬと記憶がほとんど無くなるが、この世界のルールだけはしっかりと頭に刻み込まれている。
「いつ?」
「知らない。――昨日の夜とかじゃない?」
僕は昨晩の記憶を辿った。そして、窓から捨てた手榴弾を思い出した。
「ああ……、なるほど……」
恐らくこの女の子は不運にもあの爆発に巻き込まれたのだ。
思いがけず自分の劇団の仲間を増やしてしまった僕はあたふたしながら、「僕の名前はゼー。このトループは僕ときみだけだから」とぎこちなく挨拶をした。
女の子はぱちぱちと瞬きをしたあと「イニャ」と呟いた。彼女の名前だろう。
「イニャ、よろしく。――言うまでもなくこのトループは弱小な訳だけど、今夜あたり、どう?他のトループ同士の闘争に突撃してくれたら、もっと良いトループに乗り替えられるよ?もう一回死なないといけないのが難点だけど」
ひとりで気ままに活動していたい僕は半分冗談、半分本気でイニャに言った。イニャは顔をしかめると無造作に僕の方に左手を突き出した。左手の薬指には指輪がはめられていた。それは「テロメア」と呼ばれる僕ら全員がはめている指輪で、蛇が自分の尻尾を咥えているデザインが施されている。死ぬたびに、少しずつ蛇が尻尾を離していく――つまり、輪っかが大きくなるのだが、この指輪が指から外れてしまうと僕らは本当の意味で「死」を迎える。二度と蘇生出来無くなるのだ。彼女のテロメアは今にもその細い指からこぼれ落ちてしまいそうだった。
「君、ひょっとしてあんまり強くないの……?」
僕の口から思わずそんな言葉がこぼれ落ちた。
イニャは相変わらずぶっきらぼうに顔をしかめていたが、首筋は真っ赤で、心なしか瞳が潤んでいた。怒っている。本人も気にしていることなのだろう。
「ごめん。僕もそんなに戦闘が得意な訳じゃないから……。まあ、目立たないよう、こそこそ生きていこうよ?」
僕はそう言って立ち上がった。イニャが僕を上目遣いで見つめる。
「ジー、どこにいくの?」
素っ気ない口ぶりだったが、不安を感じていることが僅かな声の震えから察せられた。
「柔らかい布団を探しに行こうと思って」
「布団……?」
イニャは不思議そうに首を傾げた。無理もない。この戦乱の世にあって睡眠の質を追求しようという人間はひとりもいない。――そして結局のところ良い布団が見つからない一番の理由はそれだった。
「一緒に布団、探しに行く?昼間なら襲われることも多分ないし」
僕の提案にイニャはこくんと頷き、立ち上がった。