それは彼女たちの無邪気なゲーム
廃墟と化したビルの一室で僕は毛布にくるまり横になっている。一階のエントランスに敷いてあったのを無理やり剥がしてここまで運んできた絨毯は踏み固められていてひどく寝心地が悪い。だが、床からの冷気を遮断できるだけましだった。天井の照明は剥ぎ取られ、むき出しのコードが垂れ下がっている。カーテンも何もない窓が近くのビルのネオンの明かりを呼び込み、窓と反対側の雨漏りで染みが出来たコンクリートの壁を照らしている。その忙しない光の変化をぼんやりと見つめながら、僕は朝までの時間をやり過ごす。そんな夜が記憶にある最初の日から続いていた。
外では劇団の抗争が始まっていた。何かがぶつかり合い、壊れていく衝撃音がビルにこだまする。
僕はしかし慣れっこだった。極稀に戦闘員がこのビルに入り込んできて遭遇することはあるが、たった一人で過ごしている僕に誰も注意を払わない。戦闘をふっかけられる事はなく、穏便にやり過ごせる。みんな、万が一にも、僕に負けて「激弱小規模劇団」に所属する羽目になることを恐れているのだろう。――僕らの戦いでは、敗者は記憶が無くなった上で決定打を与えた劇団のもとに蘇生する事になっている。
この戦いがいつ始まり、なんのために行われているのか誰も知らない。みんな自分の所属する劇団を拡大するために必死に戦っている。死の恐怖に怯える一方で、負けてもより強い劇団に所属できるという期待感から、誰も戦いをやめようとしない。最強の劇団に所属する。――それが、僕らひとりひとりの究極的な欲望だった。
ところで僕らという表現は厳密には正しくない。なぜなら僕は、最強のトループに興味がないからだ。その理由は分からない。しかし事実、戦闘に対する意欲が一切ない。ひとりでいることに何も苦痛を感じない。そんな人間はこの世界で僕ひとりだけに違いない。
外で行われている戦闘が激しくなる。僕はため息をついて起き上がった。
(うるさくて寝られないな)
窓のそばにより、街を見下ろす。ビルとビルの間の路地に時おり紫色の火花が上がる。おそらくここ最近普及し始めた光学攻撃デバイスのものだろう。地面が波打つように見えたが、目を凝らしてみるとそれはたくさんの人間たちの活動だった。
突然、小さな花火が上がった。
その花火は攻撃地点を知らせる合図だったのだろう。その地点をめがけてそれを取り囲むビルの窓から手榴弾のようなものが一斉に投げ込まれた。激しい爆発音がビルに反響し、しばらくの間、尾を引いた。
窓が割れた。
僕は驚いて、窓から飛び退いた。爆発音の振動で窓が割れたのかと思ったが、そうではなかった。
みると足元に手榴弾が転がっていた。
(手元が狂ったのかな……?)
僕は不意の出来事にあっけにとられてその手榴弾を見ていたが、我に返ると慌ててそれを掴み、窓の外に投げ捨てた。
しばらくして、その手榴弾が爆発する破裂音が聞こえた。
(危ね!爆発してたら、このひとりの気ままな生活が終わるところだった!)
僕は大きく深呼吸して、気分を落ち着けると、絨毯を引きずって、窓からなるべく離れた位置に移動し、横になった。