始
三題噺もどき―ひゃくきゅうじゅうに。
お題:笑う・心待ちにする・呼吸音
ようやく秋らしい景色が見え始めた。
木々は、赤に橙、黄色にと、秋の色を纏う。ときおり吹く風にさらわれながら立っている。
日が沈みだすと、空は一層濃く赤く染まるようになった。時間が経つのもあっという間になってきた。
「……」
それでもいまだ、日中は暑く。夏の匂いが残っている。
―そして今日。
今この場にも、夏の匂いが残る。
「……」
地方の。小さな。公立の高校。その体育館に。
全校生徒が集まっている。館内の後ろ半分ほどは、保護者や教師が蠢いている。
ざわざわと、落ち着かないのは、どちらだろうか。
「……」
まるで、この場にだけ真夏が居座っているように。ずしりと重い暑さがあった。
季節的にはすでに秋となっているから、制服はそれ用になっている。
長そでの、冬用に比べれば、少々薄手ではあるが。夏用ではないので、暑いのは暑い。人の熱量に足して、制服もそんなだから、暑さは増す。
「……」
大半の生徒が袖をまくっていたり、手で仰いだりして、涼をとっている。
―今回の主役である、最高学年の方々は、クラスTシャツというものを着ているのだが。それは一様に半そでなのに、それでも暑いようだ。
あ、いいな、ハンディファン持ってる。…学校的にいいかどうかは知らないが。ま、アウトだろ。
「……」
かく言う私も、袖をまくっている。
特に今は暑くて仕方ないのだ。部活の関係で、最前に近い位置にいるのだが。最終確認か何か知らないが、遠くから充てられている、照明の熱が地味に当たっている。
こんな特等席で、この祭りに参加できるのは部活の特権なので、まぁ、それでチャラということで。
「……」
二番目という立場で、こんな所にいては少々肩身が狭いが。周りに年上しかいない。
―あ、先輩発見。やほー。…あれ、こっち来た。
「おつかれ、」
「お疲れ様です」
「一年生大丈夫そう?」
「なんとか。他の二年生と一緒にいるので大丈夫だと思います」
「そっか、なんかあったら言ってね」
「はい。あ、先輩何組ですか?」
「4組だよ」
「了解です。楽しんで」
―じゃね。
こんな時まで、後輩の心配をしてくれるとは。なんといい先輩を持ったんだ私。後輩には恵まれなかったが、先輩には恵まれている。いつものことだが。
「……」
視線を落とし、カメラを手に持ちなおす。
最終的な確認をとりながら、調整をしていく。ついさっきいじったから大丈夫だとは思うが。
まぁ、正直この後、撮りながら調整していくものだから、何とも言えない所ではあるのだが。
「……ん」
次は後ろから肩を叩かれた。
何かお邪魔だっただろうか…と、後ろを見れば同級生だった。
「どしたの」
「いや、なんとなく来ただけ、カメラど?」
「まーなんとか?てか、もう始まるよ時間的に」
「あ、ホント。じゃ、またあとで」
「あーい。後輩君よろー」
…何しに来たんだろうホントに。私は見るべき後輩は居ないが、彼女は確か1人一緒にいたはずなのだが。おいてきたのか。この3年生が集まる最前に座る所に。1年を。そういう所、気づかいが足りないんだよなぁ。あの子は―
『――――』
瞬間、ざわざわとしていた会場が。
一気に静まり返る。
「……」
シンとした空気が広がる。
その中に、静かに呼吸音が響いている。
待ちきれない。この宴の始まりを。待ち望む。
今か今かと。
「……」
つられて、静かにカメラを構える。
静かに、呼吸をする。
「……」
学生の誰もが心待ちにしていたこの祭り。この宴。
飲めや騒げやとは、行かないが。
「……」
大いに笑い。
大いに騒ぎ。
大いに楽しめ。
「……」
心の底から、今日がこの日でよかったと。
笑えるように。
『――――!!!!』
さぁ。
宴の始まりだ。