【83】魔法の実施演習
担任に名前を呼ばれたのでマリアに行ってくると言い、ディスと二人で的が並んでいる場所まで進んで行く。
「じゃぁまずヘンダーソンさんから、得意な魔法でお願い致します」
得意な魔法って何だろ?そんなのないんだけど。
「えっと、ではファイアーボール?かな」
と言い右手の人差し指を一本立て、そこにビー玉の大きさの炎の球を出すと、あっちこっちから「小さっ!」「何あれ」と馬鹿にしたような声とクスクスと笑う声が聞こえた。
まぁそうなるよねとため息を吐きつつ、ファイアーボール擬きを的に向け指先でピンッと弾き飛ばすと、バシュッと激しい音をたて的は貫通した。
途端に周りに居た生徒達や観客席は全員無言になり、近くに居た担任と補佐の先生も固まっていた。
「じゃぁ次はウィンドカッター?で」
また右手の人差し指を立てると、浮かび上がったミニサイズの円月輪擬きが数十個。人差し指を勢い良く的に向けて振ると、ミニサイズの円月輪は猛スピードで的へと飛んで行き当たった的は粉々に粉砕された。
周りの無言の視線が痛すぎる。
「・・・まだやります?」
無言で目を見開いている担任に声を掛けた。
「あ、あの、い、今のは何です?」
「一応ファイアーボールとウィンドカッターのようなものですかね?あまり普通の魔法は得意ではないので」
「は?得意ではない?今ので得意ではないと?!無詠唱で?指先で自在に操って?あの威力で?何をおっしゃるのですか!流石、戦闘の女神の加護!お見事でございます」
「はぁ」なんとも気の抜けた声が出た。
ディスとマリアは「ほら杞憂でしたね」と微笑んだ。
そして最後はディスの番だ。
ディスは掌から黒い霧の塊のような丸い物を出すと的に向かって放つと、的は割れるとか弾け飛ぶとかそんな次元ではなく、黒い靄に覆われて的は塵となり消えてなくなった。
訓練所内がシーンと静まり返った。
続けて掌から黒い鞭のような物が無数に伸びた。
それらは鞭のように靱やかに見えるのに、一気に的に向かった無数の鞭のようなそれらは、鋭い刃のように的に全て突き刺さり、的は粉砕された。
これは私をドラゴンから助けてくれた時に見たやつだ。
「もういいでしょうか」
終えるディスに走り寄った一人の初老のお爺さん。
「君が留学生のルキア・ファーガス君だね。闇属性の魔法は久しぶりに見たぞぃ」
あの白い髭の黒いローブを纏っている人は、魔法学の先生だろうか。ディスの魔法を見て目を輝かせているが、当の本人は至極面倒そうな顔をしていた。
私とディスの魔法を見た訓練所内の人達のほとんどが、呆気に取られている様子だ。
でもアデレ兄とアルフ兄は観客席で「エル最高」と叫び、笑いながらはしゃいでいた。
この後は昼食を挟み午後は剣武術の模擬戦だ。
昼食の為に、マリアとディスと三人で学園内にある食堂へと向かう道中、あっちこっちでヒソヒソと話し声が聞こえた。
「ほら、あれがエルファミア・ヘンダーソンとルキア・ファーガスだ」
「凄かったわね~憧れちゃうわ」
「あの二人って婚約者同士らしいわよ」
「まぁ!とてもお似合いのお二人だわ」
「美男美女で羨ましい~」
完全に注目の的だ。
「ふふ、私と貴方は美男美女だそうですよ」
「午後の模擬戦が終わったら、エルは更に女子生徒の憧れの的になるわよ」
「私は午後の剣武術は辞退致しますので、これ以上私の実力をお見せする訳にもいかないのでね」
魔力は抑える事が出来ても、流石に剣術や武術は隠すのは難しい。下手したら手を抜いているように見えてしまうからだ。だがディスの強さは人間からしたら規格外だ。それをやたらに見せるのは『あの御方』の側近としてこの先の事を考えたらマズイのだろう。
食堂に着くと席はいっぱいだったが、食堂にはサンドイッチなどの手軽に食べれるパンも売っていた。
「混んでるしサンドイッチ買って外で食べましょうよ」
「あ、それいいね、そうしよう」
サンドイッチと飲み物を購入し中庭へと向かうと、中庭は芝が敷きつめてあり所々にベンチも置いてあった。
空いていたベンチに三人で座り、味気ないサンドイッチを齧りながらふと呟いた。
「こんな事なら何か自分で作ってくれば良かったなぁ」
二人の眼光がいきなり鋭くなった。
「何かとは例えば何でしょう」
「サンドイッチ?ハンバーガー?揚げパンやクリームパンも好きよ」
え、何、その期待の籠った目は!?
いや、自分も食べたいから作るけれども。
さすがにパン生地から作るのは面倒だから、邸に行って料理長にパン生地貰おう。
マリアは「楽しみ~」と目を輝かせた。
ディスは「今夜の食事も楽しみです」と呟くと、すかさずマリアがギラっとした目でディスを睨みつけた。
「今夜は私達もご一緒させて頂きますからね」
「何故?貴方達は食堂へどうぞ」
「は?ルキアだけでエルの食事を独り占めしようだなんて100万年早いわよっ!」
マリア、魔族に強気に出たね。
流石のディスも引き攣り顔だ。
いったい昨夜は何を食べたのよっとブツブツ言うマリア。
食べ物の恨みは怖いと言う事のようだ。