【7】双子の兄、アルフレッド
アルフ兄に手を繋がれて、朝も来た騎士団の敷地にやってきた。
早朝と違い、騎士の格好をした人達がグラウンドで走り込みや筋トレ、模擬戦をしたりしていた。
騎士か、格好良いなぁ
アルフ兄と私に気が付くと、みんな挨拶してくる。それに対して私はペコり、ペコりと頭を下げた。
何やら騎士達がざわつき始める。
「お熱が下がられたのですね、良かった」と安堵の声を他に「お嬢様が我々に頭を下げた?!」「いつものように笑顔で可愛らしくお手を振って下さい」
と言う言葉が多数聞こえてくる。
あぁ、そうか。貴族は下の者にやたらと頭を下げたらいけないし、まだ子供のエルファミアなら尚更だよね。
一人無表情で考えながらアルフ兄に手を引かれ、訓練所の入口に着いた。
「さ、エル入って、入って~」
ガラガラと扉を開けると中には、表にいた騎士達と色違いの服を着た人達がいる。
騎士服は、剣武力行使の騎士団は黒地に紫のボタンや装飾、魔道騎士は剣武の騎士と逆パターンの紫地で黒のボタンや装飾だ。型ちはどちらも『日本』で言うとこの軍服と同じような見た目だ。
「アルフ殿、おはようございます。本日はエルファミア嬢も御一緒なのですね、高熱で寝込んでいたとお訊きましたが、もうお体は大丈夫なのですか?」
声をかけてきたのは、父様と同年代くらいのブラウンの長い髪を後ろにひとまとめにした、格好良いおじさま。
「おはようございますギネス師団長。エル、こちらはここの魔導師団のギネス師団長だよ」
アルフ兄はギネス師団長に私に紹介してくれた。
「おはようございます、ギネス師団長様。お邪魔致します。体調はすっかり良くなりました」
ペコりと頭を下げた。
「お嬢様、私に『様』は必要ありませんよ。それと敬語も必要ありません。ここでは気楽に接していただいて大丈夫です」
「はい、ありがとうございます」と頷いた私に、師団長は笑顔で頷いた。
「そう言えばアルフ殿、先日お話していた『合成魔法』ですが、私なり訓練して少し形になってきたので見て頂けますか」
「おお!さすが師団長!やることが早い~!
見せて、見せて」
合成魔法?合成ってことは何かと何かを組み合わせるってこと?
内心ワクワクしながらアルフ兄と師団長と共に訓練所の真ん中に移動すると、他の団員達が師団長が何か始めると察して脇に移動していった。
師団長はアルフ兄と私から離れ、的が壁に均等に並べてある方へと一人歩き進んで行った。
的から十数メートルありそうな距離の所で立ち止まった。
「では、参ります」
師団長は掌を前に出し集中し何かボソボソと呟く。集中し始めて、すぐに掌に白い靄のような光が集まっていくのが見えた。
「ライトニングウォーター」
師団長が発した言葉と同時に掌から、水で出来た槍の先端部分のように尖った形の物が現れ、その一つ一つに放電しているかのようにパチッパチッと纏わりついているのが見える。
それらが空中に数個浮かび、一直線に的に向かっていく。
ボンッ!と的に当たると的が砕け落ちた。
おおー!と歓声が上がった。
すぐさまアルフ兄は興奮しながら、師団長の元へと走り寄った。
「いかがですか?水魔法に雷魔法を纏わせてみました。魔力の調整が少し難しくまだ威力は弱いですが、アルフ殿が仰っていたのは今のような事で合っていますかね」
「うんうん、二つの魔法を一つに!今ので合ってるよ」
「魔法を二つ同時に発動するのは、結構魔力の消耗が激しいのであまり練習は出来ませんが、まだまだ改良の余地ありです」
「うんうん、でもひとまず成功は成功でしょ~」
師団長と兄が成功を喜び、拳と拳を合わせている。
アルフ兄と師団長の微笑ましい様子を眺めながらも、初めて本格的な魔法を目の前で見た驚きと興奮でテンションがかなり上がっている。
本当に魔法あるんだ!凄い!
『今のは水と雷か。漏電した時みたいなイメージか・・・なら、風と雷なら竜巻やハリケーンみたいな感じかな』
一人で興奮しながら頭の中でイメージしていたら、夕べ自分の下っ腹に感じた力の塊が体中にブワッと渦巻いた。
「えっ」と思った時には、勝手に掌に集まった魔力は放出され形成されていた。
近距離での魔力変動に気づいた兄と師団長が
バッと勢い良くこちらに振り向き、すぐさま二人共驚愕の表情へと変わった。
私の掌の上に形成されているそれは、どこからどう見ても竜巻だ。が、高さ10センチ程の可愛らしいミニチュアだった。
ただ小さいながらもその竜巻の風のうねりを見れば威力が強いのがわかる。
そして竜巻の周りにはバチバチバチッと稲妻が螺旋状に巻きついている。竜巻の完成度はかなり高いように見えた。
「マジか・・・」
呆気に取られひとりごちる。
走り寄ってきたアルフ兄と師団長が腰を少し屈め、私の掌を凝視し口を半開きにしながら、その竜巻に釘付けになった。
「エル、これ、なに」
何故か片言のアルフ兄に内心苦笑いしつつ、変な汗が流れ出そうな気分になった。
完全に目が泳いでいたであろうことは間違いない。
アルフ兄と師団長は、私と竜巻を交互に見つめる。という動作を繰り返す。
何か考えているのかいないのか、表情が全く読み取れない。
二人の視線が痛すぎて、いたたまれない気分になり、掌の上の竜巻擬きを二人から少し離れた床に無言でポイっと放り投げた。
二人は竜巻擬きが投げ出された瞬間に目を見開いたが、目線はしっかり竜巻を追っている。
ボスッッ!!!
床が抉れて穴が空いた。ミニチュアの竜巻なので穴は直径15センチ程度だが、深さはなかなかだ。
やはりミニチュアながらも結構な威力だった。
アルフ兄、私、師団長の三人、近くで見物していたにいた数人の魔道士団員達、誰もが目を見開き口をポカーンと開け穴を見つめたまま暫く立ち尽くした。
最初にハッと我に返った師団長が「と、とりあえず、執務室でお茶でも頂きませんか」と言った顔は完全に引き攣っている。
師団長の声に兄と私も我に返った。
「そ、そうしよう、エル行くよ」
アルフ兄は私の手を取り、師団長と一緒に小走りで訓練所を後にした。
私達が訓練所を出た後も、暫くシーンとしていたらしい。
執務室に着くと、師団長が「ひとまず紅茶でも飲んで落ち着きましょう」と、アルフ兄と私にソファに座るように促し、師団長は隣りの部屋へ入っていく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人共無言だが視線を感じる。
兄はたまにチラッチラッとこちらを見ているようだ。
何をどこからどう切り出せばいいのやらという雰囲気だ。
師団長がティーカップの乗ったトレイを持ち、隣りの部屋から戻ってきた。
師団長は私達の前に紅茶の入ったティーカップを置くと、自分用のティーカップを持ち執務室の自分の机の席に腰をかけた。
アルフ兄と師団長はストレートの紅茶を啜り、それぞれどこか一点を見つめ何か思考しているようだ。
私は砂糖を入れティースプーンでかき混ぜてから一口紅茶を口に含んだ。
紅茶を飲み、少しホッとした気持ちになり、落ち着きを取り戻しつつあるところに師団長が口を開いた。
「コホンッ、エルファミア嬢は・・・もう魔法の勉強をしているのですか?」
なんですか、その白々しい咳は。
師団長の質問にすぐさま兄が答えた。
「いや、エルが10歳になったら僕が教えるって父と母にも話していたし、そのつもりでいたから・・・まだなはずなんだけど・・・」
アルフ兄の語尾が小さくなる。
「「何でだろ?」」
アルフ兄と師団長の二人が疑問の声を上げながらジッーと纏わりつくような視線を向けた。
『ビクッ』二人からガン見され心臓が飛び跳ねた。何でだろうと聞かれても自分でもよく分からない。
思い当たる事といえば、夕べの下っ腹への集中だ。話してみることにした。
「えっと・・・昨日の夜、すっかり熱が下がったのに、お腹の下辺りに何か熱っぽい違和感を感じたので、集中してみたら魔力っぽいなと分かったので、試しに全身に巡らせてみたり・・・という訳です・・・」
前世の記憶のことは誰も知らないし、どういう風に巡らせたかは話すことは出来ない。
気功などの詳しい部分は伏せて話した。
アルフ兄が真剣な眼差しで、私の目を真っ直ぐに見つめた。
師団長が少し考え込んだ後に口を開いた。
「・・・なるほど、体内の魔力感知は普通は簡単にはできる事ではないのですがねぇ。物凄い集中力を必要とするのでなかなか子供では難しいと言われてます。ましてや全身に巡らせるなど、大人でも訓練を始めて最低でも一月近くは掛かるでしょう」
師団長は言い終えると目を細めながら、私に探るような視線を向けた。
うんうんと頷きながら話を聞いていたアルフ兄が言う。
「ま、僕もなかなか早くに習得した方だし、何よりヘンダーソンの血筋だしね~」
「確かに。総師団長の子供なら有り得るか・・・」
ヘンダーソンの家系ってことで、アルフ兄はうまくまとめたようだ。
私の今の家族ってどんだけよ
「ってことで、エルには素質があるってことで間違いない。と言うことで話を進めよう。さっきの魔法、あれは風と雷の合成でしたよね?」
と、アルフ兄は師団長と話を始めた。
「そうですね、風と雷の同時発動でしょうか。見た目は小さくとも威力はなかなかの物でしたよ。あれはどのようにして形成されたのでしょうか?」
と、私に聞かれてもね。しかも二人共、こっち見すぎだし。そんなジッーと見られても何と答えていいのやら・・・
「・・・えっと、吹き荒れる強い風が渦を巻いて吹き上がる感じを想像して、その渦に雷が纏わりつくような?・・・そんな感じです」
言葉の最後の方はかなりボソボソって感じで小声で言い終えた。
「なるほど、きっと想像力の違いですかね。エルファミア嬢は我々とは違う柔軟な感性をお持ちなのでしょう」
黙って私と師団長の話を聞いていたアルフ兄が、目をギラッとさせ口角を少し上げニヤリとした。
「ってことなら、このまま放置していてはいけないね!これから僕が毎日エルに色々教えるよ。さっきみたいに勝手に発動したら危険だから。しっかり魔力の扱い方と魔法の使い方を勉強しないと。ね!」
アルフ兄の『ね!』が、威圧感が凄くて拒否権全くなさそうなんですが。でも魔法は私の中では未知の世界だし、ちょっとワクワクする。
「は、はい、兄様よろしくお願いします」
「父様達には僕から説明しとくからね」
師団長も時間のある時は、エルファミアの勉強に関わらせて欲しいと言うので、勉強はなるべく訓練所で行うことにした。
方針が決まったところで「グゥゥ~」と私のお腹が鳴った。
「ぷはっ!エルのお腹は、ちゃんと状況判断できているんだね~。話が終わったとこで鳴るって」
思わずお腹を押さえ兄をジト目で睨んだ顔は、恥ずかしくてきっと真っ赤になっている。
アルフ兄はツボにはまったようでケラケラと笑っている。
師団長もクスクスと笑いながら言う。
「もうお昼になりますからね」
「そう言えばエルは病み上がりで、まだまともな食事摂ってなかったね~」
うんうんと激しく首を縦に振った。
アルフ兄はさらにククッと笑った。「だよね~」と言い、あんなに熱酷かったのに病み上がりに見えないよねーと笑っていた。
「んじゃ、一旦邸に戻って昼食を摂ったらまたエルと二人で来るね」
「きっと午後には騎士団の方から、結界の件で何かしら報告があるかも知れませんね」
「だね~」と兄が言い、立ち上がり師団長に見送られ執務室を後にした。
 




