【63】行きそこねたホリデア湖
銃擬きの魔法の後は、風魔法で掌サイズの円月輪のような形の物を作り連続で飛ばし、空間収納庫から刀を取り出し魔法付与を見せた。
クリス殿下とマリア王女、二人共そろそろ顎が外れるのではないかと言うほど、目と同じく口も開きっぱなしだ。
「私の魔法は他の人に比べて小さいんです。だから色々工夫するしかないのよ」
「小さくても威力は抜群ですから」
とギネス師団長が笑いながら付け加える。
でも練習して障壁も出せるようになったが、範囲が小さいから障壁出しても何の役にも立たないが、ちょっとやそっとじゃ割れない頑丈な障壁だ。
でもピンポイントで部分的にしか守れないのが残念だ。
それをギネス師団長に言うと「そこは魔導師の出番ですよ、攻撃特化の人を離れた場所から援護するのが魔導師の役目でもあるのですからね」とギネス師団長は「エルファミア嬢の守りは私にお任せ下さい」胸張って言ったけど、あなたと常に一緒じゃないから。あと数年したら学園生活だし。
「なるほど、理由は分かったがしかし・・・全ての魔法が無詠唱だったな」
魔法は魔法名を言葉にする事によって、より強力な魔法となるってこの世界の教えだ。
「それこそがエルファミア嬢の凄い所なのです。想像力と感性の豊かさで魔法名を言わずとも強力な魔法が放てる。普通の人では真似できません」
「僕達もエルに習って頑張っているとこなんだよ、ね~ギネス師団長」
「わ、私も習いたいです!私あまり魔法は得意ではないので、学園に通うようになるまでに少し上達させたいです」
「王宮には王宮魔導師達がいるよね?マリア王女達は王宮魔導師に習っているんでしょ?」
「習っていますが・・・是非エル様に習いたいのです。ご迷惑でしょうか・・・」
そんな悲しい顔で王女に見つめられて、駄目なんて言える人いないっしょ?
「良いですよ、マリア王女が都合の良い前日までに、侍女さんでも連絡に寄越して下さい」
「え、なら僕も一緒に良いか?僕は剣術を習いたい」
クリス殿下もか・・・お前は駄目だとは流石に言えない。
「全員まとめて面倒見てあげますわ、オホホホホ」
王子殿下と王女の側で仕えていた護衛騎士も、めちゃくちゃ習いたそうな顔をしてこちらを見ていた。
その日からクリス殿下とマリア王女を交えて、訓練所に入り浸る日々となった。
合間に仕立て屋のロベルタさんが邸に訪問し、マリア王女は私が愛用しているガウチョパンツとブラウスと同じ物を、カラフルな色で数枚ずつ注文した。
ロベルタさんに、来る時に持って来てと頼んでおいたリボンも大量に持参してくれて、マリア王女はホクホク顔で何本も選んでいた。
ロベルタさんもマリア王女が、自分のお客様になってくれた事にご機嫌な様子で帰っていった。
王女の服は出来上がり次第お届け致します。って王宮に行く気満々のようだ。
今は訓練をしたいと目を爛々とさせ言う王子と王女、ホリデア湖はまた今度と言う事になってしまった。
ホリデア湖、行きたかったな~
そんな事を考えながら、夜にせっせとマリア王女の髪飾りのリボンの製作をしていると、バルコニーから射し込む月明かりに少し大きめの影が出来た。
「ディス、いらっしゃい」
「ふふっ、影だけで私と分かるなんて。私が来るのを待っていたのですね?」
「いや、それは全然ない。影が大きかったからトゥスじゃないなと。しかもこの時間にバルコニーから来るのなんて、トゥスかディスしかいないでしょ」
「それもそうですね、くくっ」
ディスと初めてダンスを踊った日から、ディスはたまに私の部屋へと現れるようになった。
さすがに子供の姿ではなく普段の大人の姿でだが。
でもディスと過ごすこの時間は嫌いじゃない。
「ねぇ、ディスはここの領地の少し北の方にあるホリデア湖って知ってる?」
「えぇ、もちろん知っていますよ。私に知らない場所などありませんから」
「そうなんだ、ふぅ~ん」
「おや、行きたいのですか?なら今から行きましょうか」
「えっ!今から?!夜に外出とか無理だよ」
「ふふっ、誰に無理だなんて言っているのです?私に無理などありませんから」
そう言うとディスは私を抱きかかえバルコニーへと出た。
突然の行動に驚き目を見開いてディスを見つめたが、そのまま静かに夜の闇に溶け込むように目の前が真っ暗になった。
何も見えないけど私を抱きしめるディスの鼓動が、耳のすぐ側にあるから怖くない。
次の瞬間にはパァっと目の前が月明かりで明るく照らされ、真っ先に目に飛び込んできたのは、水面が月の光りでキラキラと輝き暗がりに浮かんで見える綺麗な湖。
「うそ!本当に来たっ!湖めっちゃ綺麗」
夜の湖はとても神秘的で目が離せなくなった。
「湖は初めてですか?」
「うん、ここでは初めて」
「ここでは、ですか」
自分の言葉にハッとした。
湖の綺麗さに感激して余計な事を言ってしまったようだ。
だがディスは特に詮索するような素振りもなく、表情も変えずにじっと私の目を見つめているだけだ。
黙って見つめるディスにどうしようかと目を泳がし始めると、ディスはククッと笑いを漏らした。
「貴方の事は話したくなったら話してください。何時でも聞きますので、そのうち聞かせてください」
ディスはそう言うと優しい笑みを浮かべた。
ヤバい、今顔にキュンとしたわ~
この人、本当に魔族なの?とても素敵な紳士にしか見えないんだけど。本当、美形は狡いわ~
でも後から聞いた話、初討伐の時に遭遇したベヒーモスはディスが呼び寄せたと言う。
『私からの初討伐のお祝いですよ』と訳の分からん事を抜かしていた。
お祝いじゃなくて嫌がらせでしょ?!魔獣の中でもトップクラスのヤツを送ってくるとかマジ有り得ない!と怒ったら『でも倒せたし、楽しかったでしょ?』って、人がどれだけ必死だったかも知らずに。
『もし万が一の時は私が出るつもりでしたから』
と、シレッと言うディス。
本当になかなか憎めないヤツだ。
湖を堪能した後、ちゃんと部屋まで送り届けてくれたディスはすぐ帰る訳でもなく、暫く私の傍らで私が眠るまで寛いでいたみたいだ。
ウトウトする私の耳元で、まるで呪文のようにプリン、プリンて言っていたが。
そのうちディスに私の事を話してみよう。
ディスにはちゃんと知っていて欲しいと、何故かそんな気がした。




