【53】夜会はハイエナの狩場?
広間に戻ると、やっと令嬢達から解放された兄二人が心配していたようで私を見つけると急ぎ駆け寄ってきた。
「どこにもいないからどうしたのかと思ったぞ」
「何かあった訳じゃないんだよね?」
「うん、大丈夫。少し外の空気を吸いたくなっただけなの」
兄二人はホッとしたように息を吐いた。
「初めての夜会だし落ち着かないよな」と言うアデレ兄の言葉に、とりあえず首を縦に振り肯定した。
ストーカー魔族と外でお喋りして踊ってました~とか、口が裂けても言えない。
先程やむをえず中断した食事をまた楽しもうと、兄二人と会話しながらテーブルの方へ移動すると、私の名前を呼ぶ声が聞こえ振り返った。
マリア王女が疲れたような表情で小走りをしながらこちらに向かってきている。私と目が合うとパァと笑顔になり小さく手を振っている。
どうやら挨拶回りが終わったようだ。
「やっとエル様とゆっくりお話出来るわ。もう大人達は話が長くて嫌になるわ」
マリア王女はご立腹の様子だ。確かに大人は話が無駄に長い。しかも貴族だと腹の探り合いや媚び売りも凄そうだ。
マリア王女は果実水の入ったグラスを手に取り一気に飲み干した。余程疲れていたと見れる。
「そう言えばアデレ様とアルフ様、先程大人達の会話の中で、東の森から少し北側の方角の王都に続く道の途中に美しい湖があると聞いたのですが」
「あぁ、ホリデア湖かな?僕達も暫く行ってないな」
「そう言えばあったね。エルも知らないんじゃない?」
そもそも自分家の領地なのに邸の周りと街と、後は魔獣討伐の為に行く東の森位しか行った事がない。殆ど毎日のように用がなくても訓練所に居座っている。
「エル様も知らないのなら、一緒に行ってみませんか?私、エル様と行きたいわ」
両手を胸の前で合わせ、目を輝かせるマリア王女。
「湖か、良いですね~。私も行ってみたい」
「じゃぁ、後で父様に話しておくよ」
「そしたら料理長に、サンドイッチや焼き菓子を作って籠に詰めてもらおう」
「アルフ兄、それはナイスな案ね!」
アルフ兄のお弁当持ってピクニックの提案に親指を立てたが、マリア王女に「ナイスって何?その親指何?」と聞かれ、どっちも「良いですね」って意味ですよと教えたら、どうやら親指を立てるのが気に入ったらしく、会話の間に何度か私と一緒に親指を立てていた。
「僕がいない間に楽しそうだな」
少し疲れて仏頂面のクリス殿下がやっと大人に解放されたようで私達の元に現れたのは良いが、大量の令嬢達のオマケ付きでやってきた。
余計なもの引き連れて、こっち来んなやっ!
「あらアデレイド様、アルフレッド様こんな所にいらしたのですか。先程からクリストファ殿下がお探しでしたのよ」
「マリアーノ王女殿下まで。このような隅の方にマリアーノ王女殿下をお引き留めするなんて失礼ではなくて?」
「マリアーノ王女殿下、さぁ私達と御一緒にもっと中央の方へ参りましょう」
うわ~、貴族の令嬢達って皆こんななの?
殿下達に何とか気にいられようと必死という感じだ。
下心が見え見えで、まるで獲物に群がるハイエナみたいだ。
令嬢達の態度に思わず冷めた目で眺めていると、一人の令嬢が私に話しかけてきた。
「貴方は確かエルファミア様でしたかしら。何故このような隅の方でマリアーノ王女殿下を引き止め、独り占めしているのかしら」
戦闘の女神だか何だか知らないけど生意気よね、とヒソヒソと周りから聞こえてくる。
クリス殿下とマリア王女は令嬢達の態度に呆れ顔だ。
独り占め?そもそもマリア王女の方から来たのであって、私が呼び引き止めている訳ではないのだが。
私の眉がピクっとなったのを見逃さなかった兄二人。
アデレ兄は周りの令嬢達の態度に呆れてため息を吐き、アルフ兄は私の反応に片手の甲で口元を隠しぐふっと笑いを堪えている。
我慢できずに私が口火を切った。
「はぁ?!変な言いがかりは止めてよね。私が呼び止めた訳でも隅に追いやった訳でもないし。そもそも殿下達が何処へ行き、誰と居ようが貴方達に何の関係があるのかしら?」
「な、何ですってー!」
私の言葉に瞬時に顔を赤くし眉を釣り上げた令嬢達。
「何処に行こうが何処に留まろうが、それが殿下達のご意志です。と言うか、こんな大勢について回られたら用も足しにいけませんわね。殿下も大変ですこと。オホホホ」
腕を胸の前で組み、眼力強めの真顔を令嬢達の方に向け、オホホホと口先だけで笑った。
私の顔を見た令嬢達はビクッと少し怯えた表情になりギュッと口元を引き締めた者が多数だ。何とか口を開いた令嬢が「な、何よっ」と捨て台詞を吐いて去っていくのと同時に他の令嬢達もその令嬢の後を追うように去って行った。
そんな令嬢達を横目に、元極道の娘の眼力なめんなよ!
フンっと鼻息荒く見送った。
「流石エルだね」と笑いが堪えられず吹き出したアルフ兄に対して、アデレ兄は「女は後が怖そうだ」と苦笑いしながら態とらしくブルっと身震いして見せた。
その横で目をキラキラさせるマリア王女。
「エル様凄過ぎますわ!私ますます好きになりましたわー」
万遍の笑顔で抱きついてきたマリア王女の近くで、まさに目が点という表情のクリス殿下は微動だにしない。
心配になりクリス殿下の顔を覗きこみ目が合うと、クリス殿下は頬を真っ赤に染め、目を泳がせ慌てふためいた。
「エルは人たらしだな」
「本当、そうだよね」
アルフレッドは内心『人だけじゃなさそうだけどね』と思い苦笑いがこぼした。
本人が気付かぬうちに、また一人取り巻きが増えた瞬間だった。
そして漸く宴はお開きとなった。




