【5】美少女はピンクがお好き?
邸に戻り兄と別れ、自分の部屋の扉をガチャリと開けようとしたとノブを回したと同時に「お嬢様!!」と叫びながらセシルが扉を開け放った。
うわっ!と驚き飛び上がった。
「お熱が下がったばかりで、早くからどちらへ行かれてたのですか!」
目が潤んで見える。すごく心配してくれたのだなぁと申し訳ない気持ちになった。
「早くに目が覚めたから、気分転換にアデレ兄様と少し散歩に出ていたの。心配かけてごめんなさい」
「もうお体は大丈夫なんですか?」
と聞きながら、グラスに水を注いで私へ差し出す。
「もうすっかり良いみたい」
言い、グラスを受け取りゴクゴクと飲み干した。
「何事もなくて安心致しました。アデレイド様とお散歩ですか、アデレイド様は毎朝早いですもんね~」
セシルは心底ホッとしたという表情で、私の手からグラスを受け取りコーヒーテーブルの上に置き思い出したように話だす。
「そうだ!お嬢様、元気になられたのなら湯浴みにいたしましょう。寝込んでいる時に布でお拭きしたとは言え、もう一週間も湯浴みしてないですもんね。お散歩でさらに汗をおかきになったでしょう?」
湯浴み!!首をブンブン縦に振り激しく同意する。
「したい、したいです」
セシルは笑顔で「すぐ、ご用意致しますね」とパタパタと部屋に備え付けのバスルームに向かっていく。
一週間ぶりのお風呂だ!
セシルからすぐに「ご準備できましたー」と声がかけられたので、すぐ浴室に向かうと、セシルが腕まくりをして待ち構えていた。
そう言えばと、記憶の中のエルファミアの日常生活を思い浮かべてみる。
お風呂ではいつもセシルに体を洗ってもらっていた。
ま、子供だし仕方ない。
そう自分に言い聞かせ、無言でセシルに体を預けた。
この世界のお風呂は浴槽はなく、蛇口のような所に魔法陣の刻まれた『魔石』が埋め込まれてあり、そこに触れ少量の魔力を流すとお湯が出て来る仕組みらしい。出てきたお湯を桶に入れてかけ流す。もちろんシャワーなどない。
ちなみに部屋の電灯や、調理場のコンロや冷蔵室なども『魔石』が埋め込まれ、それぞれ「光」「火」「氷」などを基準にした魔法陣が組み込まれているらしい。
面白いなーなどと考えていたら、いつの間にか全身洗い終えたセシルが「終わりましたー、お体拭きましょう」と私を出入口に促した。
近くに用意してあった布で丁寧に拭きあげ、湯上り用の寝間着のネグリジェより簡素な綿の服を着せた。
「髪を乾かすので、鏡台の前へ行きましょう」
セシルと共に鏡台のそばまでに行くと「どうぞ」とセシルがスツールを引いた。そこに腰をかけ自然に鏡に目線を移した。
・・・え、誰?!!!
鏡の中にいたのは、父の髪の紺より濃い藍色に近い髪色、肩甲骨の下辺りまであるサラサラでロングのストレート。母のダークグレーより薄めのグレーの瞳のパッチリとした目元。鼻は高すぎず低すぎず小ぶり、唇は紅も付けていないのに綺麗なピンクだった。
何この美少女!これ私なの?!
顔をペタペタ触って確認してみたが、やはり自分の顔らしい。暫く顔を触りながら鏡に写る自分をガン見した。
そんな私をセシルは怪訝な顔でチラ見していた。
あの顔面偏差値の高い父と母から生まれたなら
当然の偏差値ってことか。
自分の姿に驚愕している間にもセシルは『風』の魔石を埋め込んだ道具で丁寧に髪を乾かし、ブラッシングしながら「今日はどんな髪型にしましょうかねー」とセシルは悩んでいる。
セシルの呟いた言葉にハッとして声を掛ける。
今日は敷地内を色々と見て回る予定だから、髪は邪魔にならないように纏めて欲しい。
「あの、ポニーテールにしてくれる?」
「・・・ポ、ポニーテール?でございますか?」
セシルが少し驚きの顔つきで聞き直してきた。
あ、そうか。
この世界では『ポニーテール』って言葉はないんだった。
「あ、頭の高い位置でひと纏めにして欲しいの」
こんな感じで、と自分で髪をひと纏めにし、つむじの辺りに持ち上げて見せる。
「あ~、そういうことですね」
「こうすると馬の尾みたいでしょ?何処か別の大陸で馬の尾のことをポニーテールって表現するって、本で見た・・・ような・・・」
語尾がかなり小声になった。
「なるほど。お嬢様は本がお好きですものね。ポニーテールと言うんですね、承知致しました」
納得してくれたようだ。
セシルは頭上で綺麗にまとめあげ、仕上げにピンクのリボンをキュッと結び「完成です」とニッコリと鏡越しに微笑んだ。
髪にリボンって前世の子供時代にも付けたことないし。
そしてやっぱりピンクなんだ・・・
ピンクのリボンで少しテンションが下がった。
「さ、次はお着替えです」
セシルが用意していたのはパステルピンクのワンピース。
襟元と裾に白いレースが二重に縫い付けてある。
ウエスト部分には、前身頃に7~8センチ幅くらいの共布が縫い付けてあり、その布を腰の後ろでキュッと絞って結ぶと綺麗なリボンの形になるようだ。
ウエスト部分を絞ることにより、スカートが腰から裾にかけてふんわりと広がるようになる。
そして腕は当然のようにパフスリーブだ。
セシルに着付けられている間、ピンクのヒラヒラワンピースで精神的に殺られ、完全にテンションは地に落ちた。半目で死んだ魚のような目をしていたに違いない。
服は近いうちに何か手を打たねば。
着替えが終わり「朝食に参りましょう」とセシルの言葉を聞いてハッとする。
ご飯だ!
即座に頭の中がヒラヒラピンクからご飯に切り替わると、思い出したかよようにお腹の虫も「ぐぅ~」と応えた。
ご飯に思いを馳せ、急いで部屋の扉から廊下に出ると声をかけられた。
「エル、もう具合は良いみただね」
双子のもう一人の兄、アルフレッドだ。
「アルフ兄様、おはようございます」
やたらニコニコしている。
「おはよー」
「すっかり熱も下がり元気です。ご心配をおかけしました」
ペコりと頭を下げた。
アルフ兄は私の頭に手を乗せポンポンとし、少し屈みながら目線を合わせてくる。
「元気になって良かった。そう言えば、今朝アデレと散歩に行ったんだって?」
ドキッ!
そうだ、素振りでやらかしたの思い出した。
「は、はい、たまたま早くに目が覚めてしまって、廊下に出たらアデレ兄様とばったりお会いまして」
話している最中もニコニコしながら頭をポンポンしたり、撫でる手が止まらない。髪がクシャクシャになりそうだ。
「そうなんだー、僕も行きたかったなー」
頭を触る行為に満足したのか、その手でスっと私の肩を抱き「さ、朝食食べ行こ~」と一緒に歩き出した。
兄二人は、きっと頭もしくは髪フェチなんだな。
と勝手に結論付けて食堂へと向かっていった。