【3】双子の兄の一人アデレイド
昨夜早くに眠りについたおかげか、まだ陽も昇らない暗いうちに目が覚めた。
夜明け前の薄暗がり広がる外に視線をやりながら、カーテンを開け窓を開け放った。朝露に濡れた草木の青々しい自然の香りと、少し冷りとした清々しくて気持ちの良い空気にふわっと包まれた。
上半身を少し前のめりにして窓から顔を出し伸びをした。伸びをした後、ゆっくりと深く数回深呼吸をする。
『日本』で例えるなら春かな?空気が気持ちいい。
前世では都会育ちだったし、登山やキャンプなどの趣味もなかったから、こんなにふうに自然を感じたこともなかったなぁ
まぁもし私の趣味に登山やキャンプがあったとして、行くとしたら厳つい男共を引き連れて行くことになっていただろう⋯想像しただけで楽しくなさそうなのだけはわかるわぁ
窓から身を乗り出し辺りを見回してみた。
邸の周りを囲む塀の向こうは芝生のように青々とした草原が広がり、そのだいぶ先のほうに鬱蒼とした森が見える。
森のさらに先の方に聳え立つ山々。
山と山の間がほんのりと白く明るく見える。
よし、陽が昇る前に動き出そう。
まずは首をコキコキと左右に数回振る。その後ゆっくりと回す。手首と足首も交互に回した後、ゆっくりと体中の筋を伸ばしていく。それを何度か繰り返した。
今まで何も運動してない体だし
しっかり筋肉のためにストレッチはやらないとだ
念入りにストレッチで筋を伸ばした後、よし!と頬をパンパンと叩き気合いを入れてまずは腹筋から始めてみる。
うっ、うっ、うっー、うぅっー!
・・・うぅーん・・・ぶはぁっー!
この体では5回が限界みたいだ。
めげずに続けて腕立、スクワット・・・
ハァー、ハァー
少しやっただけで足と腕がプルプルしている。
息も絶え絶え、大汗を掻きながら近くのソファーに崩れるように凭れかかった。
足と腕をマッサージしプルプルが治まるのを待ってから、ベッドのサイドテーブルにある水に手を伸ばし、グラス一杯のお水を飲み干した。
筋トレは、毎日地道に続けることが大事よね。
本当なら走り込みもしたいとこだけど。
筋肉プルプルにめげずに、腹筋、腕立て、スクワットと続けた。「まだまだー!私なら出来るー!」と、己を奮い立たせながら筋トレに励んだ。
体に限界を感じたところで、朝はこの位にして夜寝る前にもう一度、少し筋トレしようかな。と考えたとこでふっと思う。
あれ?もしかして夜は筋肉痛で動けなくない可能性あり?と言うか筋肉痛って前世でも久しくなってないかも。
前は毎日体を動かすのが当たり前というか、動かさないと逆にスッキリしないみたいなとこあったし
でも筋肉痛になるってことは、筋肉が成長してるってことだしね。久しぶりにあの痛みを味わえるのかと思うと少しワクワクした。
どこがどう筋肉痛になるのかと胸を高鳴らせつつ
水を一杯ゴクゴクと一気に喉に流し込んだ。
プハァー!田舎の水うまし
でも希望はキンキンに冷えた水なんだけどな
ひとまずの目標は『絶対引き締まったボディーになってやる』と拳を握りガッツポーズで心に誓ったところで、ようやく手足のプルプルが引き落ち着いてきた。
いい汗かいたし、本当ならシャワーで汗を流したいとこなんだけどなぁ。タオルも見当たらないし、ひとまず服に着替えようかな。
自室の部屋の奥に一つ扉がある。
そこがクローゼットのはずだったと記憶している。
動きやすい服とかあるかな?と寝間着を脱いで、その脱いだ寝間着でとりあえず体中の汗を拭き取った。パンツ一丁⋯とは言ってもセクシーなパンティとかではなく所詮カボャパンツ。半ズボンと思えば恥ずかしさも紛れる⋯紛れるのか?
とりあえずのクローゼットと思わしき扉の前に行きそっ〜と扉を開けて中を覗いてみた。
「はぁ?!」
驚き過ぎて思わず声が出た。
いま自分は相当まぬけな顔をしている自信がある。
クローゼットと言うよりウォークインクローゼット?ウォークインクローゼットと言うより大御所歌手や女優の衣装部屋の如く。部屋の中は色とりどりのドレスやワンピースが所狭しと整列している。
ドレスやワンピースの数に比例するだけの靴なども、壁に備え付けられた棚にびっしりと詰まっている。
量も量で然る事乍ら、なにが驚きってドレスやワンピースのそのフリフリヒラヒラ感。レースやリボンでゴテゴテと飾り付けられたドレスばかりだ。
何だ!このセンスはー!この世界ではこれが女子の普通なのか?!前世の記憶を思い出した今は精神年齢だけなら20歳なのよ私っ!
とりあえずこのフリフリドレス達を着た自分を少しだけ想像してみる⋯いやー!無理、絶対。
前世はほぼほぼ全身黒やグレーの色合いで、動きやすい服を好んで着ていた。特に脛丈のガウチョパンツやワイドパンツが多かったなぁ
パンツだけど女性らしさも兼ね揃えてるって感じ
まぁパーティーには仕方なくドレス着たけど⋯
さすがにこんなフリフリヒラヒラは着たことない。
質の良い生地ならそれだけでゴージャス感あるし、後はゴテゴテしすぎない品のあるアクセサリーを身につける程度で充分でしょ。
あとは中身で勝負!そこが一番大事だし。
何はともあれ、これから毎日このフリフリヒラヒラのドレスやワンピースで過ごすのかと思うと、一気にテンションが急降下した。
が、落ち込んでる暇はない。
その間にも朝日はどんどん山から顔を出してきているはず。とりあえず今は少しでも動きやすそうで地味な物を急いで探そう。
だがこのフリフリヒラヒラ地獄のドレスの密集地帯に、動きやすく地味な物があるのか謎だ。
色とりどりのフリフリドレスの森をかき分けて、やっと見つけ出したレースやリボンの派手な飾りもなく、前ボタンの少し濃いめのグレーでシンプルな膝丈のワンピース。
おお!やっとまともなワンピースきたー
襟元に少しだけレースが付いているが、これくらいなら許せる範疇だ。
着れる服があって良かった~
本当なら短パンとかジャージが欲しいところだが、あるわけない。
備え付けの靴の棚から革製のショートブーツもゲットした。早速着替えてこっそり外に繰り出そう。
パパッとワンピースを着込んで部屋の扉を、なるべく音をたてないように静かに少しだけ開け、その隙間から廊下の様子を伺ってみる。
よし!早朝だし、さすがにまだ誰も居なさそう。
今のうちに忍び足で行こう
前世の習い事のおかげで、足音立てずに移動する隠密スキルは意外と高い方なんだよねぇと、心の中でニヤッとしつつ壁沿いに忍び足でつつつっーと廊下を進んで行き、そっと階段を降りようとした時「エル?」と後ろから突然声をかけられビクッとなりつつ、恐る恐る振り返った。
「エル、こんな早朝にどうした?もう起きて体は大丈夫なのか?!」
声の主はすぐさま走り寄ってきて、私の正面に立ちはだかった。
想定外の兄の出現に心臓がバクバクである。
「ア、アデレ兄様・・・おはようございます」
双子の上の兄、アデレイドだ。
「もう着替えまでして何かあったか?あ、喉が渇いたのかな?なら僕が何か飲み物持ってくるから部屋で待ってなよ」
やっと部屋から出たのに戻るわけないっつーの
「い、いえ、喉も体も大丈夫です。早くに目が覚めてしまっただけので⋯」
「そうか、熱は?うん、もうなさそうだね」
そう言って、私の額に手をあてたアデレ兄
「はい、ご心配おかけしました」
部屋に戻されたら困るので、もう元気と意思表示をするために、二の腕を肩の高さまで上げマッチョポーズをして見せた。
私のポージングを見て「ぶふっ」と吹き出した兄。どうやらツボったらしい。
「アデレ兄様はどちらへ行かれるのです?」
「僕はこれから朝の鍛練に行くとこだよ。そうだ!体調が大丈夫なら気分転換に一緒に散歩でも行こう」
そうだ、アデレ兄は騎士を目指してるから朝から自主練してるんだった。鍛錬か⋯どんな事をしているのか見たいかも。
「なっ」と少し屈み、アデレ兄はニコニコしながら私の顔を覗き込んできた。
それにしても12歳でこの身長。見上げる高さだよ。
双子の兄はどっちもすでに高身長だが、12歳といったらまだこれから成長期じゃないのさ、どんだけ大きくなるのよ。
この世界の人達はみんな背が高い。
父、母、兄二人と『エルファミア』がたまに見かけたうちの騎士団員達、みんな高身長だ。
ちなみに私はまだ年相応で普通の子供って感じ。
「散歩も良いですが、お邪魔でなければ、アデレ兄様の鍛錬の見学したいです」
上目遣いで兄の顔を見上げたら、最初驚いたような顔をしていたが、すぐに少し頬を赤く染め破顔した兄。
「よし、じゃぁ行こう」と私の手を取りギュッと握りしめた。
身長は高くても顔はまだ少しあどけなさを備えている可愛いらしい兄の笑顔の破壊力は凄い!
笑顔の眩しさに思わず目を細めた次の瞬間、兄に横から抱きつかれ私の頭上で「エルは可愛いなぁ」と頭にスリスリと頬擦りした。
いや、あなたの方が断然可愛いから
だがそれよりも、頭に頬擦り!
一週間寝たきりで頭なんてもちろん洗ってないから、女としては何だかとても複雑な気分だ。
複雑な気分でモヤモヤしつつ、抱きつかれながらもやっと外に足を踏み出せた。
邸から外に出るだけなのに、長い道のりだった気がする。
☆




