運命は突然に
「……………………」
美しい。俺の脳裏にはそんな陳腐な感想しか浮かんでこなかった。目の前に現れたのは一人の少女だった。
小柄でスレンダーな肢体。夜闇を織ったような純黒の髪は床につきそうなほど長く、触角のように長く伸び顔の輪郭に沿った左右の前髪、その右側だけ紅くなっている。
顔は陶人形のように整っていて人間の美しさを越えている。そして、その瞳。真紅の瞳。紅玉の如き瞳。俺の心はその瞳に奪い去られてしまった。右眼は髪で隠れていて見えないがその隠れた右眼に何か、無視できないものを感じる。
俺の中の理性ではなく、直感がまだ名も知らない彼女を見て激しく騒めいた。
「とりあえず座ったらどうかね?」
学園長の声で俺は我に返った。無意識のうちに立ちあがっていた。それほどまでの衝撃を俺は彼女にに与えられたのだ。
学園長の言葉に従ってソファーに座りなおした。少女は不思議そうにこちらを見つめている。
「こちらに来なさい」
学園長に呼ばれると少女はトテトテと歩いてこちらにやってくる。
「彼はどうじゃ?ん?」
「…………」
学園長がそう言うと少女が俺のそばまでやってくる。そして、見定めるかのように見まわしはじめる。ぐるぐるぐるぐると座っている俺の周りを回る。
しばらくそうした後、俺の膝に乗ってきた。軽い。が、確かな重さが脚にかかる。少女は俺の頭に手を伸ばすと髪の毛を草むらで何かを探すかのようにクシャクシャにする。それには満足したのか今度は顔をペタペタと触りはじめた。何が何だかわからないが好きなようにさせてやれと学園長が目で語っている。
「…………」
俺は何も言わずに少女になされるがままになる。それからしばらく顔を触られ続けた。どれくらい時が経ったか分からない。兎に角長く感じる。たまに紅玉の瞳と目が合った。
学園長室に来た時にはまだ空の上の方にいたはずの太陽もいつの間にか地に落ちてきてガラス張りの窓からは斜陽が差し込み部屋が黄昏に染め上げられる。
そして、ボーっとし始めた時だった。
「むぐっ!?」
膝の上の少女が両手で俺の頬を挟み込んだ。そのまま目を覗き込んでくる。俺の燐灰の瞳には少女の紅い瞳が、少女の紅い瞳には俺の燐灰の瞳が映る。
見つめ合うこと数瞬。彼女は口を開いた。
「お主……名は?」
澄んだ声が鈴の音のように響き渡った。
「……伏見……双魔……」
「そうま……そーま…………うむ、ソーマだな。気に入った!」
今まで静かで無表情だった少女がにぱっと顔を綻ばせ、明るい声を発した。俺は呆気にとられてしまう。
「は?気に入ったって……んむっ!?」
そして、その一瞬の隙を突かれて、俺は…………少女に唇を奪われた。あまりの衝撃に何をされたのか、理解するのが遅れた。気づけば奪われていた。唇と唇が触れるだけのキス。それだけのはずなのに、触れた瞬間に俺の身体に変化が起きた。
(!!??)
触れ合っている唇から何かが流れ込んでくる。少女の魔力、冷たい魔力の奔流が身体に押し寄せる。何かが新しく書き込まれるような感覚が俺の身体を駆け巡る。
けれど、嫌な感覚ではない。拒否感はない、反応もない。冷たい魔力だが凍てつかせるものではなく微熱をゆっくりと冷ますような優しい冷たさ。魔力は流れ続け俺と少女の身体は紅い光に包まれる。
やがて、光は俺の右手に収束して霧散した。右手の甲を見る。そこには雪の結晶のような紅い紋様が刻まれている。”聖呪印”、遺物と契約している証だ。”聖呪印”がくっきりと浮かんでいた。
少女の顔がゆっくりと離れていく。眼を白黒させているであろう俺を見て少女はもう一度にぱっと笑った。
「我が名はティルフィング!ソーマ、今日より其方は我が契約者だ!よろしく頼むぞ!」
この時、俺と彼女、ティルフィングの運命は静かに、激しく、大胆に動き始めたのだった。
第1章はここまでとなります!レビューや感想などなどお待ちしております!




