表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう、本は捨てない  作者: まき乃
9/25

 休日の午後、私と春原は電車に乗り、海の見える町に来ていた。異性と一緒に電車へ乗るのは初めてで、少し変な気持ちがした。


 あの日、倉庫の中で私たちは話し合い、全てを入間に話そうということになった。入間なら私たちのことを信じてくれそうだったし、公平な目で物事を見てくれそうだった。翌日、体育の教師が倉庫の鍵を開け、私たちは外に出た。

 春原は私を保健室に連れて行き、後は全部しておくからと言い、入間のもとへ行った。入間は話を聞くとすぐに動いてくれた。私たちを閉じ込めた男子生徒たちを問い詰め、校長や教頭にも訴えた。その後の経過はよくわからないが、その男子生徒たちはすぐに退学処分になった。私を呼び出した女子も停学になったらしい。

「刑務所にぶち込んでもいいぐらいだ」と入間は言っていたらしい。

 私は、教室に行きにくいことを入間に告げた。

「無理もないな。じゃあ、行きたくなるまで、保健室か図書室登校でいいぞ」と言ってくれ、他の教師たちにも私のことを配慮するように呼び掛けてくれたらしい。私は教室で授業を受けず、教師たちから出された課題を自習することになった。

 私は保健室を利用することにした。思った通り保健室の教師である斎藤は優しく、不安な気持ちなどを話すと丁寧に聴いてくれた。

 噂を聞いた部長とイラスト同好会の先輩が心配して保健室に来てくれたこともあった。

 昼休みと放課後は、部室に行き、春原と話しをした。あの夜のように、春原が本の感想を喋り、私がそれを聴くという感じで。

 一緒に居たらまた変な噂にならないか、と私は心配だった。春原は今まで通り教室に登校していたからだ。私だけが逃げてしまったようで申し訳なかった。

「それは、心配しなくていい。確かに噂は流れているけど、やつらが退学になったことで表立って言うやつはいなくなった。かえって、過ごしやすくなったくらいだ。松野さんは何も気にしないで」

 登下校も、もしあいつらと会ったら大変だからと一緒にいてくれた。


「一緒に来てほしい場所がある」

 春原にそう言えたのは、あの事件から1カ月が経った頃だった。何も言わず春原はわかったと言ってくれた。

 電車を降りてしばらく歩くと海に着いた。

 私たちしばらく防波堤の上に立ち海を見た。

 海は波もなく穏やかで、遠くの方に船の姿があった。

「この海にお姉ちゃんは身を投げた」

 私は海を見つめながら言った。

「お姉ちゃんは優秀で、私が劣等生だったこと話したよね?」

 ああ、と春原はうなずいた。

「13歳の時、春原くんも知っている通り小説を書いた。軽い気持ちだった。他人からの評価なんて気にしていなかった。それでお姉ちゃんを見返そうなんて考えたこともなかった…。小説の中に優秀なクラスメイトがいたでしょ」

「男の子、だったな。充っていう」

「その子はお姉ちゃんをモデルにしているの」

 私は胸に手を置いた。大丈夫、今なら話せる。


 私の書いた物語はこういうものだった。

 主人公は小学生のアキという少女で、大人しくクラスになじめない子だった。そんな時、6年生への進級によるクラス替えで充という少年と同じクラスになる。

 充は成績優秀で友達も多く、心の優しい少年だった。一人ぼっちだったアキのことも気にかけ話しかけてくれる。

 アキと充には共通点が一つだけあった。それは、本が好きということだった。アキと充は、本のことなら何時間でも喋ることができた。そして2人で小説を書くことにする。二人は文化発表会でその小説を展示した。それは評判になるが、2人のことを嫉妬した女子児童が「これは私が書いたもの、盗作だ」と訴える。その女子児童は充と同じく優等生で、教師たちからの信頼も厚かった。

 最初は信じなかった教師たちも、涙ながらの訴えに、2人に疑いの目を向けていく。そして、女子児童と仲が良かった生徒達も二人を非難するようになった。

 充は、全て自分の提案だとクラスメイトの前で言い、アキをかばった。それ以降、充は学校に来られなくなってしまう。アキは何もできなかった自分を責めた。それ以降、アキは毎日のように、充に自分の作った物語を送り続けた。

 アキは中学生になり、入学式に向かった。そこには、充の姿があった。二人はもう一度、物語を書こうと約束したのだった。


「春原君、この小説好きだったって言ってくれたよね。どこが良かった?」

「主人公たちの心情が良く表れている。あれぐらいの歳の子たちの気持ちがリアルに伝わってきた。アキの視点、充の視点が丁寧に描かれている。正直、自分と重なって、読んでいて辛くなる時もあった。でも、最後が希望に満ちて終わっている。そこが好きだった。改めて同じ歳でこんな物語が書けたのはすごいと思う」

 私はありがとう、と言った。春原の言葉が素直に嬉しかった。

「でも、どうしてこれがお姉さんとつながってくるんだ?」


 この小説を書き終え、私はとあるコンクールにそれを応募した。別に結果なんてどうでも良かったけど、誰かにこの小説を見せたかったのかもしれない。そうしたら、この小説は評価され、最優秀の賞を受賞した。プロの作家が私のことを褒め、本も出版された。地元の新聞でも取り上げられた。

 それで、親の態度が変わってきた。私のことを褒めてくれたし、初めて可愛がられたように思う。姉も自分のことのように喜んでくれた。学校でも注目されて、いじめられることもなくなった。私は戸惑いながらも嬉しかった。少し有頂天になっていたかもしてない。


「そんな時、お姉ちゃんは大学受験に失敗した」

 

 姉は、次があるから大丈夫と言っていたが。両親は嘆いていた。姉の初めての失敗だった。うちの両親は人生において、あまり失敗をしたことがない。姉の失敗が絶望的にみえたのだろう。両親はあからさまに態度を変えた。

「大学受験でつまずいたら、もうダメだな。いくら今までの成績が良かったって、大学に関しては就職にもかかわってくるからな」

 父は露骨に言っていた。

 母も姉に、あからさまに白い目を向けるようになった。

 私は姉を心配した。姉に言われた言葉は、向けられた眼差しは、いつも私が受けていたことだからだ。

 そのたびに、姉は大丈夫だと言った。

「また、次で挽回すればいいから。そしたらお父さんもお母さんも私のこと見直してくれるでしょう」と明るい表情だった。そんな姉を私は頼もしく思った。

 それで第二志望の大学を受け、後は結果を待つのみという時、姉は自殺した。


「姉の自殺は私に原因があると両親は言った。あなたの小説の中の、女子児童が原因なんじゃないか、と言った。嘘をついた女子児童のモデルはお姉ちゃんにしたからじゃないかって。それにお姉ちゃんは傷ついたんだろうって」

「なんでだよ。モデルは充だろ。成績が良くて優しくて、聴いている限りお姉さんにぴったりだ」

「何度もそう言ったけど、両親はわかってくれなかった。そしてこう言われたの。『お前が綾乃を殺したようなものだ。お前が死んでいれば良かった』って。それから、両親は私をいないものとみなした。話しかけても、いっさい無視した。世間体を気にして最低限のことはしてくれているけど、その時から言葉を交わしたりしていない」

 自分でも以外な程、冷静に話すことができた。海が少し揺れ始めた。風が吹いてきたのだろう。

「それだけじゃない。お姉ちゃんの部屋からメモが出てきた。メモにはこう書かれていたの」

―理央の書いた小説が辛い

 それは、メモ用紙に書かれた小さな文字だった。

「それでお姉ちゃんの死は私のせいだという証拠になった。最初は違うって思っていたけど、何度も言われるとそうだと思うようになってきた」

 春原は黙って私の話を聞いていた。

「お姉ちゃんが死んだのは3月だったから、まだ海も冷たかった。その時のお姉ちゃんの気持ちを思うと、どれだけ辛かったのかなと思う。試験の結果は合格だったよ。でも、それは、あまり意味がなかったのかな。私はいつも私だけが大変だと思っていた。お姉ちゃんは常に光の中に居て、強い人だと思っていた。両親の態度にだってめげていないように私の目からは見えた」

 でも違った。私は何も見ていなかった。いや、見ようとしていなかった。

「私は本を読むのが好きで、うぬぼれかもしれないけど、人の心を理解するのは得意かなって思ってた。でも違った。そばに居る人のことに気づけなかった。はっきり言えば良かった。充はお姉ちゃんがモデルなんだよって」

 あまりに優秀な姉のことをプレッシャーに思ったり、嫌いになったりもした。でも、私を唯一かばってくれ、励ましてくれたのも姉だった。小説家になりたいと言った時も、応援してくれた。

 2人でしばらく海を見つめた。

「それからだよ。本も読めなくなったし。小説を書くこともやめた。部屋にあった本も全部処分した。私の部屋はお姉ちゃんとそっくりになった。そうしたら、皮肉にも現代文の成績は良くなった。次第に、私が小説を書いたことは忘れられていって、学校でもまたいじめられるようになった。高校で気が付いてくれたの春原君ぐらいだよ」

「悪かったな、いきなり本を見せて。そんなトラウマがあったら倒れるのも無理はない」

 私は首を横に振る。

「あれがなかったら、こんな風に過去を話すこともなかったと思うし、無理やりにでも過去と向き合ったのは良かったと思う」

 私はここに来れて良かったと思った。これからも、過去は私の中から消えることはない。でも、それと向き合い、正直に話せたことは少し自信になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ