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もう、本は捨てない  作者: まき乃
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文化祭

 私は、それから1カ月、部室には行かなかったが、10月の文化祭の時期がくるといやおうなしに、文芸部に関わるはめになった。

 高校の文化祭は2日間だ。

 普段、活動をしていない文芸部だが、文化祭ともなると、展示などをしなければならないらしい。とはいっても、文芸部はおすすめの本の展示程度なので、受付に座っていれば、ほとんどやることはないということだった。

 私はそこで初めて先輩4人に会った。皆、入間に頼まれたということだった。部長は吹奏楽部とも兼任しているため、文芸部にさく時間はなかった。他の先輩もクラスの出し物などで忙しいらしい。

 私のクラスでは、駄菓子屋をするらしいが、文化系の部活に入部している生徒はそっちを優先とのことだったので、私は文芸部を利用してクラスの出し物から逃れた。クラスに居たところで役に立つことはほとんどないだろう。

 小学生の時から、このような学校行事が苦手だった。その時だけ、仲良い風につくろうその雰囲気が気に入らなかった。遠足、修学旅行、運動会、そんな学校行事が近づくたびに私は心が重たくなった。

 3年生の部長は人あたりが良く、色々と話しかけてくれ、文芸部にあまり関われないことを詫びた。

「本当にごめんね。文化祭で吹奏楽部はほとんど一日中演奏しているようなものだから。教室にいてくれるだけでいいし、去年はほとんど人も来ていないから、どこか行きたかったら春原君と相談して、交代で休憩してね。私たちも暇を見つけて来るから」

 事前準備もすぐに終わった。机の上に本を置き、それぞれ一言程度の感想文を置き、それで終了だった。

 私は、小学生の時に読んだ本の紹介文を書いた。読み直しもせず、適当に書いたが、それで十分だろう。

 春原が先輩達に後は大丈夫です、と言うと、4人は教室を後にした。

 私と春原だけが、教室に残された。

「春原君はクラスに行かなくて大丈夫なの?」

「おれのクラスはお化け屋敷だけど、ほとんど出来ているし、部活があるって言ったら優先させてくれた。まあ、おれがいない方がいいだろうしな」

「どうして?」

「クラスの隅でいつも本読んでる茶髪のやつなんて、相手にしたくないだろ。自分でもあまり関わりをもたないようにしている」

 そうだよな、と私は心の中でうなずいた。個性が大事、個性が大事とは言っているが、皆が求めているのは、皆とはみださない個性なのだ。少し制服をいじることは皆で盛り上がれるが、一人だけ大胆に変えた時、そこに不協和音が生じる。もし、校則がなくなったとしたら、皆、喜ぶのではなく、不安になるのではないだろうか。

「とりあえず、文化祭当日はお互い、あまりやることなさそうだから、適当に交代しながら、教室にいよう。おれは適当に本読むからいいけど、松野さんは、読まないんだろ。だったらおれの方が居る時間長くていいから」

 私はわかったと言いつつも、自分にも居場所はないと思っていた。


 文化祭当日学校内は各クラスの装飾やにぎやかな音楽などで華やかな雰囲気になった。

 朝、教室で点呼を終えると、クラスメイトは出し物の準備を始めた。私は黙ってその場を離れた。

 部長からは暇だったら吹奏楽部のコンサートに来てね、と言われていたが、音楽にもあまり興味が沸かなかった。何に対しても、あまり興味関心がない。ふらふらと一人で歩いていても、目立つので、私は文芸部の教室に行くことにした。

 文芸部の教室に行くと、まだ誰も来ていなかった。春原が来ているかと思っていたので安心した。春原が居る以上は、あまり喋らないとはいえ気を使わなくてはならない。誰であれ誰かと一緒にいると、気持ちが落ち着かなかった。

 仕方がないので、私は、展示物を眺めることにした。紹介文を読む程度であれば気分も悪くならないだろう。

 吹奏楽部と兼任している部長は、吹奏楽部を題材にした小説を紹介していた。おそらく自分の姿を投影しているのだ。この小説の主人公はトランペットらしいが、部長はチューバだった。

「本当はトランペットをやりたかったのよね。でも体が大きいからチューバになっちゃった。チューバは、低音で皆の音を支える役割を持っているの。今はチューバの面白さに気が付いた。でも、やっぱりトランペットにも憧れがあるから、この本選んじゃった」

 部長の言っていた言葉を思いだした。吹奏楽のことにあまり詳しくない私でもトランペットのことは知っていたが、チューバのことはよく知らなかった。しかし、部長にそれを言ったら失礼になると思ったので言わなかった。

 イラスト同好会に所属している2年の男の先輩の紹介している本は、ファンタジーものだった。表紙もアニメ風のイラストが描いてあり、大きな武器を持った少年が何かに立ち向かっている様子を描いていた。この先輩も優しく穏やかに接してくれ、何かあったらいつでもイラスト同好会のブースに来てくれ、と言ってくれた。

 残りの先輩たちが紹介している本を眺めていると、春原が教室に来た。挨拶をすると聞こえるか聞こえないかくらいの声で返事をし、椅子に座り本を読み始めた。


 1時間後、文化祭が始まった。生徒だけではなく、外部からも人が校内に入ってきた。とはいっても、文芸部のブースに立ち寄るものはほとんどいない。時々、入ってくる生徒がいたが、すぐに出て行った。

 私は教室をうろつきながら時間を潰し、春原は本を読み続けていた。外から吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。窓の外を見ると、屋外で吹奏楽部は演奏をしており、部長の姿も見えた。主旋律はトランペットで、それに木管楽器や打楽器といった音が華を添えていた。吹奏楽に詳しくなくてもそれくらいはわかった。チューバは大きく重いので運ぶのが大変そうだ。それなのに、知名度もなく、演奏でもあまり目立たない。音楽をやっている人や詳しい人にしかその重要さはわからないのではないだろうか。吹奏楽を聴いている観客のどれほどがチューバに注目しているのだろう。

 実は、吹奏楽部にはあまり好感を持っていなかった。

 中学の時の吹奏楽部員は、合唱コンクールでリーダー的な役割をしていた。クラスで浮いている私のような人間は邪魔だったのだろう。「松野さんは、立って口パクだけでいいから。どうせ、歌いたくないんでしょ」とあからさまに私を排除しようとした。合唱コンクールで当日、みんなで円陣を組む時も、私は入れなかった。

 でも、よく考えてみれば吹奏楽に罪はない。私をいじめたのがたまたま吹奏楽部員だったというだけの話だ。私は吹奏楽部に対し申し訳ない思いがした。

 そんなことを考えていたら、あっという間に一日は過ぎた。


 翌日も同じように時間が過ぎていった。春原と私はほとんど会話をしなかった。

「何の本を読んでいるの」と聞こうかと思ったが、そんな社交辞令は意味がないような気がした。

 いっそのこと、ここに壁ができてほしいと思った。そうすれば、お互いの姿を見なくて済む。

 ようやく午後になり、あと2時間程で文化祭も終わりという時、3人の男子が教室の前で足を止めた。私服を来ていたので他校の生徒だ。3人は少し笑いながら教室に入ってきた。読書が好きそうというタイプではない。嫌な感じだ。

 3人は本を読んでいた春原に近づいて行った。

「春原だよな」

 3人の中で一番、身長の高い男子が声をかけた。

 春原はようやく顔を上げ、3人を見た。その顔はすぐに青ざめた。私は春原が表情を変えた姿を見たことがなかったので、少し驚いた。

「この学校に入学したんだ。この学校、校則厳しいのに、よく茶髪のままでいられるよな。昔みたいに先生に気にいられているんだろ」

 冗談めかしているというよりも皮肉を含んだ言葉のかけ方だった。春原は横を向き目をそらした。

「お前がやっちゃた彼女元気でやってるよ。彼氏もできたみたいだし、良かったな。トラウマとかになってなくて」

 春原は青ざめたままその言葉を聞いていたが、身体を震わしながら

「おれはやっていない。その時から言っていたはずだ」と言った。

「そんなの信じているやついるのかよ」

 後ろの男子は、にやにやしながら、二人の様子を見ている。

「逃げてこの高校に来たつもりだろうけど、あの時は他の中学にも噂が広がっていたからな。お前に、逃げる場所なんてねえよ。残念だったな」

 そういうと、私の方に目線を移した。

「あんた春原の彼女?」

「違いますけど」

「じゃあ、セーフだ。こいつとは付き合わない方がいいよ。親切心で言ってるけど、こいつろくなやつじゃないから」

 そういうと、男子は春原に

「じゃあな、春原君。温情をかけて、この子にあのことは言わないでいてやるよ。噂で知っちゃうかもしれないけど」

 春原は口をかたく結び、顔を下げた。男子達は笑いながら教室を出て行った。

 私は、クラスの女子がいっていた言葉を思い出していた。

―やばいんでしょ。あの人。

 春原はそんな私の思いを読み取ったのか、私の方を向いた。私は思わず目をそらしてしまった。そんなことをする必要はなかったのに。

「松野さん、文化祭が終わったら部室に来てほしい。話したいことがある」

 そういうと、本を開きもせず、ただじっと座っていた。

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