4.幽霊船の生存者(さいごにのこったもの)
何とか週一ペースは守れてますでしょうか。
もっと早く書けるといいですね。
漆黒の宇宙空間を、マグヌム・オプスは進む。所要時間は、現在の第一巡航速度のままで一週間ほど。
後三日もすれば、肉眼で惑星国家エクスタリアの本星が、はっきりと見えてくる距離である。
「……へえ。エクスタリアって、リゾート惑星なんだ」
マグヌム・オプスのブリッジにて、これから赴くエクスタリアについて調べていたシンは、コンソールに広がったかの星の情報を見て……端的にいえばだらけていた。
実は規定航路にさえ乗っていれば、通常航行自体に人の手はあまり必要ないのである。というかマグヌム・オプス自体、俺ロボ選手権用のためだけに作ったため、艦長一人どころか、超優秀なAI・ティンクトゥラ(※愛称ティンク)によって、無人でも制御できるよう調整が施されている。だってそうじゃないと艦載機で出撃できないじゃん。
もちろんこの高性能は、J-マテリアルガン積みのおかげである。
「……エクスタリアといえば、金持ち連中のステータスだぞ? 本当にキミは物を知らないんだな」
艦長席に背を向けたまま、呆れた声を出したのは、操舵手席に座ったミリアである。
なぜ無人でも運用できるはずのマグヌム・オプスに、艦長席のほかに操舵席があるのかといえば、もちろん見栄えのためである。そりゃあ腐っても軽巡洋艦、チームの仲間やNPCを配置して、艦長ムーブくらいはしてみたかったのだ。当たり前だが砲手席やレーダー手席に通信士席も用意してある。
さらにいえば操舵手席なんていっているが、操舵も含め全ての操作の最高権限は艦長席にある。だから例えばミリアが実は海賊で、マグヌム・オプスを奪おうとしていたとしても、シンの方で操舵権限を奪い取ってやれば何もできない。
そんなわけだから、彼女には武装解除を条件にブリッジへ入れたし、彼女の第二希望に従って操舵手席へ着席願った。第一希望は砲手席だったが、さすがにそれは却下した。
そのミリアであるが、だらけている艦長とは違い、適度な緊張感を持ってレーダーを見張っている。
レーダーを見張るならレーダー手席では無いのか? その疑問はもっともだ。だがこの艦のコンセプト上、全ての席で全ての操作が可能となっている。ただ「権限が二番目に強い席」を、分類上そのように呼んでいるだけである。
「まー田舎モンなんでねー。ブルジョワどものステータスなんて知りませんのことよー」
コンソールに表示された文章を読みながらなのか、シンは適当な調子で返す。非常に適当な言い回しだが、恥も外聞も無くだらけているときの彼は、大体こんなもんである。
よほどじっくりと読んでいるのか、手を時々動かしては、表示に没頭しているように見える。そんな艦長に、操舵席から更なる声が上げられた。
「どこの言葉だそれは。じゃあシンは何でエクスタリア宙域に?」
ちょっとだけ核心に迫る質問に、シンの反応は一瞬だけ遅れた。
ミリアはそれを、彼がだらけていて認識に時間がかかったのだと誤解したのだが、実際は事実を述べると頭のおかしい人扱いされるからであり、言い訳を探していたからである。
「最初のワープのときにねー。ちょっと重力嵐につかまっちゃってさー」
操舵席からの問いに対して、シンは相変わらずの適当口調で返す。
なお反応が一瞬しか遅れなかったのは、ゲームから言い訳を引っ張ってきたからである。
どういうことかというと、フロンティアギャラクシーの「チュートリアルその一」では、艦の操縦方法の解説が行われた後、最終段階でワープを行うことで、強制的に重力嵐にとらわれてランダムワープし遭難する。そこからどうにかして近隣のバンディット・ネストへたどり着くまでが、最初のミッション『バンディット・ネストへたどり着け』となっているのだ。
もっともなれた人間が行うと、操作時間だけなら十分もかからない。周辺の障害物を貧弱な武装で排除し、星図を作り、現座標と目的の座標を特定して、ワープする。たったこれだけなのだから。
「それはまたなんというか……大変な目にあったな」
背中越しゆえ表情は見えないが、声からも同情の色がはっきり見て取れる。
どうもこのミリアという女性。なんというか兄貴肌的なキャラで、情には厚いらしい。男っぽい口調も、やや低めのハスキーボイスも、しっかりと彼女のキャラを引き立たせている。となれば恐らく、今表情は少し曇っているだろう。
助けたときも思ったが、彼女の容姿は可愛いとカッコイイの中間辺りにあって、ゲームのキャラかといいたくなるほど整っている。実際ゲームのキャラだった人が言うのもアレだが。
そんな彼女の表情が曇るのは、なんというかこう……よくないのだ。と、シンは考える。気障ったらしい思考であることは、自覚はしている。
「おかげでミリアを助けられたんだしノーカン。禍福はあざなえるって、なんだこれ?」
ともすれば口説き文句にもなりかねない言葉は、レーダーに映った異変によって中断された。
シンの言葉に促されたミリアもレーダーを確認すると、明らかに岩塊とも一般の船とも思えない軌道を取るなにかが、二千キロほど先に現れていた。
シンとの会話で多少気が散らされたのは否定しないが、それでもしっかりとレーダーを見ていたはずである。なのにシンのほうが先に異変に気づいたということは、この男はだらけた振りをしながらも監視を怠っていなかったということなのだろう。
心中で艦長の評価をワンランク上げつつも、ミリアは改めてレーダーを注視する。
そして背中越しに、艦長席へと声を上げた。
「追加データ着たぞ。五百メートル級。本艦右舷方向から艦首をこちらに向けて接近中。軌道が斜めだな、左舷推進器故障か? 相対速度算出。微速航行だな」
報告に返された艦長の言葉は、「えっ?」だった。
さすがに少しばかりむっとする。ぷくーとなっても似合わないことは彼女自身わかってはいるが、わずかばかり頬が膨らむのを止められない。
「……いや、正式なクルーでもないのに、そこまでしていただけるとは……」
なんとも丁寧な言葉で帰ってきた言い訳に、本格的に頬が膨らむ。
確かに現在気安い口調を許しあっているとはいえ、出会って何日もたっていない。気安いのは口調だけで、さほど親しい間柄ではない。一目会ったその日から……なんて言葉は宇宙時代でも残っているが、そういうのではない。シンもきっとそうだろう。
だから彼が畏まるのはわからなくもないが、こういうのはなんというか……そう、「なんというか嫌」に感じてしまう。
ただ、ここで正直にぶちまけるのも、軍人になるために叩き込まれた精神が、あいまいなコミュニケーションを許さない。乙女チックな感情は無いと信じたい。
だからミリアは少し考え、続ける言葉までくみ上げてから口を開いた。
「運んでもらっている礼だ。それよりどうする? 連合宇宙軍としては助けたいが?」
問われた言葉に、シンは悩んでしまった。「助けよう」と提案しないのは、ミリア自身この艦のゲストであることを自覚しているからだろう。
彼女の意向はわかる。だが恐らくこの救助は時間がかかる。片肺航行中で軌道を修正もせず、ただ微速で進む大型船。追いかけて取り付いて、外か中のどちらかから止めて、可能なら推進器を修理して不可能なら通信機だけでも使えるようにして救助を待つ。マグヌム・オプスへ収容などとんでもない。パンクしてしまう。
圧倒的に人手が足りない。言いだしっぺのミリアは手伝ってくれるだろうが、漂流船の乗組員に手伝ってもらうにしても、今でも対処されていないどころか救難信号も出てないのだから、下手をすると中は全滅だ。人手不足にもほどがある。
何がやばいって、救難信号が出されていないのが、最高級にキナ臭い。恐ろしいほどの厄ネタか、ホラーネタの臭いしかしない。
「……言い方は悪いがその……『成果』が多ければ、多少後ろ暗いところがあっても、ネストは受け入れてくれると思うが?」
悩んで黙りこくってしまった艦長席へ向け、ミリアはためらいがちに声をかけた。
言いよどんでしまったのはやはり、人命を『成果』扱いするからだ。実は「シンに後ろ暗いところなどあってほしくない」という感情も、僅かながらあったりするのだが、建前(こちらも紛うことなく本心だが)を表に出すことで黙殺した。
「……う~ん……そういうことなら……やるか。ミリア、手伝ってくれ」
ミリアの言葉が背中を押したのか、シンは悩みつつも決断を行う。
まだ少し迷っているように見えるのは、直後に大きなため息をしたからか。ただ少なくとも、彼女が黙殺した感情には気づいてはいないだろう。
決断後の行動は早く、即座に救出計画つめていく艦長の姿がそこにはあった。
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救出計画の第一段階は、艦の横付けから始まった。
諸事情があり特殊な機構を有しているマグヌム・オプスなら、正面から鼻を突き合わせて移動を阻害する方法も取れたが、クルーも足りず失敗時のリスクが大きいので今回は横付けを選択したのだ。
左舷側の推進器に異常があるなら、ということでとられた手段は、航路を交差させ、一度背後を通らせてから後ろから追いかけるというものだ。
前方への慣性を殺さないよう、ドリフトのように艦尾を振りながら交差。後に加速して追いつき、相対速度をあわせて相手の左舷に横付け、そしてアンカーなどを用いて固定する。
言うは易し行うは難しの典型である。だがそんな作業も、シンは一人でこなして見せた。ミリアの出番は、アンカーの射出以外は無かったほどである。
なお横付け前に、シンは先の決断を後悔し始めていた。理由は漂流船の現状にある。
「……うっわ……ひでえ」
これが交差時に再接近した際、漂流船を見たシンの感想である。
漂流船の前面が、綻びているのだ。致命的な損傷で無いだけで、大小さまざまな穴が開き、しかして空気が漏れているような様子も見えない。
さらに右舷側の推進器が大きく破損している。推進器が止まっていることは、加速していないことから想像はついたが、まさか破損しているとまでは予想できなかった。
「これは……推進器はデブリかなにかで吹き飛んだな。事故映像で見たことがある」
というのは、ミリアの解説である。
恐らく主機関が止まり、シールドが消失してすぐに、大き目のデブリが推進器に飛び込んだのだろう。
正しい手段を取らずに推進器を止めると、噴射直前の推進剤が圧力をかけられたまま残る。そこにデブリなどが入り込んで内部を破壊すると、圧縮された推進剤が爆発的に開放される。
「つまりそれが、最後の加速になった……って訳か」
ミリアの割とアレコレすっ飛ばした解説に、シンは神妙にうなづく。
ちなみに今二人は、宇宙服を着てエアロックの中にいる。宇宙において、身一つで船間を移動する際は、通常エアゲートというホースのようなものをつなぐのだが、マグヌム・オプスには積んで無かったため、相手側のエアロック近辺につないだアンカーを通じていくしかない。
そのため現在、減圧待ちの時間を使って、解説のお時間となったのだ。
なお彼女の解説の中に、シールドなしで艦首が崩壊していない理由もあった。デブリの衝撃をやわらかく受け止める、フェルトコートの功績である。さすがは人類の叡智。宇宙から衝角と大質量射出砲以外の実弾兵器を駆逐したのは、伊達ではないのだ。
それでもシールドと併用しなければ、ご覧の有様なのである。三度の宇宙開拓時代が過ぎ、銀河のあちこちに人類が住む時代になっても、宇宙最強の兵器が高速で飛来する直径数センチのデブリであることは、いまだに覆せていないのである。
さて、解説によって減圧の時間も楽しく過ごし、いざ漂流船へ乗り移るわけだが、これは割と簡単である。
しっかりと張ったアンカーワイヤーに、モーターを内蔵したローラーを噛ませ、それにつかまって移動するだけだ。
デブリを食らえばミンチになるため、上下左右を防護幕(これは積まれていた)で覆っていけば安全である。なおこの方法は第三次宇宙開拓期直前まで使われていた方法で、故にミリアの愚痴が再発したことだけ付け加えておく。
「人工重力も逝ってるな。こりゃ本格的に生存者0か?」
エアロックをプラズマトーチで焼ききり、応急措置用ガムで扉を固定したあと、船内へ滑り込んだシンは、完全に無重量になっている船内を見て呻いた。
空気はまだあるようだが、何よりも通路に浮いている死体と、赤い珠となって漂う血が、救助者に生存者の存在を絶望視させた。
「空気供給機は動いている。最後まで希望は捨てたくないな」
悲観的なシンに対して、ミリアは楽観的だった。
彼女には船の備品である端末を貸している。といってもヘルメット一体型で、内容は全てバイザーに表示されるタイプ。性能は非常に低い。
その端末が、空気の流れを観測している。これはエアリサイクラーが空気循環を行っていることを示す。
「じゃあ二手に分かれようか。とりあえず定時連絡は一時間かな。後はなにかあったら連絡を」
軽い勝負で行き先を決め、シンは艦首へ、ミリアは艦尾へと散っていく。ここから先は、手当たり次第に扉を開け、中に生存者がいないかを確かめていく作業である。どちらが勝ったかのかは、ここではあえて触れない。
こうして艦首を目指す進むシンだったが、進むたびにあまり代わり映えのしない、さりとて陰鬱な光景が続くことに、正直うんざりとしていた。
どっちを向いても宇宙という歌があったが、ここはどっちを向いても薄暗がり。そして時折死体。扉を開けると死体か空の部屋。
服装はといえば、これは様々である。もちろん宇宙服を着ているものが多いが、中には燕尾服を着ているものもいるし、お着替えの途中だったのか下着姿のものもあった。
中にはメイド服の死体もいらっしゃったが、ここでスカートの中がのぞけたとしても、そこに生命が無いので欲情も感動もしない。
そこで考えたのは、場違いにも「ああ、シン=カザネでよかった」である。
恐らくプレイヤーでは、このショッキングな光景に耐えられないだろう。何せ彼のいた場所は、銃が使われただけで大事件になる場所だった。
ゲーム内でこそバリバリ人をぶっ殺してはいたものの、ゲームであるが故に表現もマイルドだし、築いた死体の山もすぐにポリゴンのかけらになるから見ることは無い。
罪悪感のかけらも感じずにいられたのは、まさしくゲームだからであった。
対して『シン=カザネ』たる自身は、きちんと「殺す」と思って、明確な覚悟と殺意を持って殺していたのを覚えている。
このあたりは不思議なもので、思い返してみるとプレイヤーとしての記憶と、キャラクターとしてのそれがダブっているように感じる。
何が原因であろうとも、無様に泣き喚いてミリアに白い目で見られずに済んだというのは、正に僥倖である。
そんなことを考えて憂鬱な気分を晴らしつつも探索を続け、ついにシンはブリッジへとたどり着いた。
「……死体が、少ないな。四体だけ、か」
常に人が居るはずのブリッジは、閑散としていた。
それだけでも十分違和感があるのに、ここだけ妙に破壊されていた。連鎖的に気づいたことだが、他の部屋は死体の有無くらいしか違いは無く、まったくあらされていなかったことを思い出す。
「なるほど。操作できないように、か」
無事なのはレーダー主席のみ。通信士席と操舵主席、それと艦長席は念入りに破壊されている。
艦長は自身の席の近くに漂っていた。恐らく撃ち殺されたあと、操作系を破壊するためにどかされたようだ。
これでは通信もできないし、操舵もできない。奇跡的に生存者が居たとしても、この船は最終的にデブリの衝突で艦首からゆっくりと崩壊していくことだろう。
「ちょっと待て。射殺だと?」
今まであえて気にしてこなかったが、思い返す限り全員射殺だった。ここで改めて、艦長以下クルー達だったものを調べると、最低でも身体に二発、頭に二発弾痕がある。
中には通信士なのだろう、女性と思われるオペレーターは蜂の巣にされている。
「……これクーデターじゃねえか?」
五百メートル級といえば、軍艦ならば重巡洋艦に相当するサイズである。それを維持運用するならば、少なくとも百人前後は必要だ。マグヌム・オプスのような変態艦と一緒にしてはいけないのだ。
なのに死体の数が妙に少ないのも気になってはいたが、まさか極上品の厄ネタとは。正直なところ、今すぐミリアに連絡を取って、見なかったことにしたいくらいである。
「シン。ミリアだ。妙なものを見つけた。場所は……」
突然耳元に響いた声は、ミリアからのコールであった。以心伝心か、いやただの偶然である。
人はタイミングが良すぎると作為を疑うというが、渡りに船ならばそんな感情など微塵も浮かんでこない。
目の前に漂う艦長から認識票だけをむしりとって、少しだけ機嫌を上向かせ、ブリッジを後にした。
で。
「ミリア。これは……何?」
ミリアがいたのは、事故防止のため極力簡素になりがちな宇宙船内にあって、天幕つきのベッドまで置いてある非常に豪華な部屋だった。
開け放しの扉を潜る前、「貴賓室」とかかれたプレートを見たため、そこから考えればこの内装もわからなくは無い。だが。
「見て解らないか? 玉だ」
「そういう話じゃねえよ」
部屋の隅に鎮座していたのは、銀色の球体だった。見たままを語るミリアに対し、シンが思わずツッコミを入れるほど、見事なまでに玉であった。
直径は1.5メートルほどだろうか。アレコレロイヤルな雰囲気のする家具の中にあって、それはいっそうの異彩を放っていた。
それだけなら放つのは異彩だけですんだのだが、恐ろしいことにそれだけではすまなかった。
「警告」
「うぉっ!」
なんとしゃべったのだ。それも見た目からすれば違和感を覚えるほど、自然な女性の声で。
シンなどは思わず飛びのいてしまい、壁際に置かれたロイヤルな雰囲気のするクローゼットの角で、腰を強打する始末である。
ミリアも同様に飛びのいてはいたが、その意味合いはシンとは異なり、あくまでも警戒のためであり、扉脇の壁に着地していた。このあたりはさすが軍人というべきだろう。
「これ以上の接近は許可できません。許可を求める場合、氏名と所属、及び接近の目的をおっしゃってください」
穏やかでやわらかく、それでいて女性としてはやや低めの声で、球体が語りかけてくる。
声だけを聞くと癒し効果が期待できそうだが、それが銀色の球体から、しかもご丁寧に表面に女性の顔まで作ってとなると、はっきりいってホラーである。
だが不思議なことに、そのホラーな様子を目の当たりにして、ミリアはなんと警戒を解いて床に着地する。ちなみにシンは現在絶賛悶絶中である。
「大丈夫だシン。これはリキッドメタル製のアンドロイドだ……って、何をしている?」
なにやら悶絶しながら漂うシンの姿を、ミリアの視線から温度が急激に失われていく。
クローゼットに打ち付けた腰骨から、どこか他のところに衝撃が響いたのだろう。「ぬぐおぉぉ」と悶絶を続けるシンを尻目に、ポケットから小さなプレートを取り出し、球体に向けて掲げた。
「連合宇宙軍第七方面軍、エクスタリア方面周遊艦隊戦闘機隊所属、ミリア=バートネット曹長だ。こちらの未登録艦艦長、シン=カザネと共にエクスタリアへ航行中、漂流中の貴艦を発見し、生存者の捜索を行っていた」
このホラーな状況に彼女が一切物怖じしないのは、恐らく『知っている』からなのだろう。既知は恐怖を駆逐するという言葉があるかは不明だが。
ともかく、掲げられたプレートを確認するように、球体に浮かぶ顔が首を文字通り伸ばす。背後でシンが「ひえっ」と小さな悲鳴を上げたが、ミリアは心中でマイナス評価をつつけつつ黙殺する。
「現在本船は汎銀河ネットワークに接続できないため、完全な照合はできませんが…………わかりました、信じましょう」
言うが早いか、球体がはじけるように割れ、中から金色の光が流れた。
光の正体は、流れるような長い金髪だった。年のころは十代半ば。ミリアと比べては失礼だが、丸みも控えめで小柄ながらも、将来性を感じられる可憐で女性らしいたおやかな少女だった。
気は失っているようだ。宇宙服に損傷がないため傷の有無はわからないが、恐らく睡眠薬で眠っているのだろう。
「失礼いたしました。こちらはエクスタリア王家第二王女、アウローラ=ディ=フォーティカ=エクスタリア様にあらせられます。私はリキッドメタル式メイドロイド四型改タラッパ。アウローラ王女付きメイドをおおせつかっております」
銀色の球体は、いつの間にかゴシック調メイドの姿をとり、二人に優雅なカーテシーを披露する。
無重量下にもかかわらず、文字通り地に脚のついたそのしぐさは、まさしく洗練されたメイドのそれであった。
「いてて……ええっと、タラッパ、さん? ただいまご紹介に預かりました、未登録艦マグヌム・オプス艦長、シン=カザネ、です。単刀直入に伺いますが……この船は飛べますか?」
ようやく腰の痛みから復帰したシンが、言葉どおり単刀直入にたずねる。
これは重要なことである。航行不能な船は、曳航するか捨てるかの二択となる。マグヌム・オプスはバンディット用の艦として建造されたとはいえ、所詮は軽巡クラスである。重巡クラスとなるこの船を曳くのは、リスク管理の観点から可能ならば避けたいのだ。
何より、シールドの張られていない船を曳き、第一巡航速度以上を出すのは、デブリを撒きながら航行するのと同義になる。そういう意味からも、曳航は避けたかったのである。
つまりこの二人(正確には一人と一体)を、艦内に招き入れることになる。そうなれば自動的に、この事件に巻き込まれることが確定する。
なのでメイドの回答に、一縷の望みを託したのだが。
「いいえ。お嬢様を匿った後に船内を走査しましたが、生存者はお嬢様のみ。反物質反応炉の反物質は抜き取られておりました」
よどみないメイドの回答に、シンはヘルメットのバイザーの上から顔を押さえた。
これで極上品の厄ネタに巻き込まれ確定である。なおここに救助しないという選択肢は無い。宇宙の男の心意気に反するからと、生後三ヶ月とは異なる、『ちゃんとした』命を見捨てられない、というところが大きい。
ではミリアのときはなぜ躊躇しなかったのか? あの時は余裕がなかったことが一番の理由だが、やはり救難信号を発していたというのが大きい。
そのミリアは今、現在憤懣やるかたなしといった様子で拳を握っている。
「分かった。二人を艦に招待……」
そこでシンの言葉が止まる。
彼のヘルメットに、なにかマグヌム・オプスよりメッセージが送られてきたのだろう。
もっともディスプレイの内容は、ヘルメットの外からはうかがい知ることはできない。だが明らかに彼の纏う雰囲気が変わったことに気づき、ミリアは表情を硬くする。
「待った、ゴメン。その辺は後回し。接近警報だ。数三。多分戦闘艇。現在も加速しながら接近中」
シンから告げられた言葉は、ミリアの眉根を寄せるのに十分な内容だった。
「まずいぞシン!! キミの艦は未登録だ!! 『定型通信』を使われたら、海賊扱いされるぞ!!」
あわててまくし立てるミリアに対して、シンの返答は恐らく予想されるものの中で最悪だった。
「……え? 定……なに?」
鳩が豆鉄砲を食らったような声で答えるシンを見て、今度はミリアが顔に手を当てる番だった。
昨今だとSFで人工重力装置を出すのは厳しそうな気がします。
自分にはぐるぐる回る遠心力式くらいしか思いつきません。
こういうのが出せるのも、スペオペだからでしょうか。