3.多分運命の出会い
筆が進んだので投稿します。
もっとバリバリかけるといいなぁと。
話は数日前にさかのぼる。
その日、連合宇宙軍第七方面軍周遊艦隊は、規定のスケジュールより少し遅れて、惑星国家エクスタリアへ向けて航行していた。
彼等周遊艦隊の主な任務は、宇宙海賊への警戒と、星間紛争の火種が無いかを聞いて回る御用聞きである。
特に今向かっているエクスタリアは、惑星一つ丸ごとリゾートとなっている観光立国である。故に星間紛争とは縁が遠く、宇宙海賊との縁が深い。結果今回の周遊は、海賊たちへの威嚇を込めた哨戒がメインとなる。
艦隊編成は周遊艦隊としては最小の、重巡一隻・駆逐三隻。少なく見えるがこれだけあれば、大掛かりな海賊団でもない限り、手を出してくることも無いだろう。何せ海賊のほとんどは、大型戦闘艇(※ワープ機関をくっつけた超大型戦闘機。サイズも火力も駆逐艦に劣る)を用いるのだから。
もちろん海賊は発見即殺がベストであるため、可能な限り哨戒機を飛ばし、早期発見先制攻撃を試みるのは当然である。
といっても、先日どこかの大富豪が企画した、周辺宙域での海賊狩りのおかげで、海賊船発見報告もなし。エクスタリアに着けば、短期間ながら休暇が待っていることもあり、どこか浮かれた雰囲気を持って、最後の哨戒ポイントである、新たに発見されたデブリ溜りのそばを航行していた。
広範囲レーダーに艦影なし。デブリ溜り故障害物が多く、無人哨戒機の報告待ちだが今のところ不穏な動きも見えず、全方位警戒中ながらも空気も弛緩しかかっていた。
だが次の瞬間、気楽な空気を切り裂く三条のビームが、先頭を行く駆逐艦へと突き刺さった。
狙い済ました砲撃は機関部に刺さったのか、あっさりと駆逐艦が一隻轟沈する。
「どこからの砲撃だ!!」
あわてたのは旗艦を勤める重巡の艦長である。
すぐさま報告を求めるも、レーダー手から来る報告は「わかりません」だった。
だがそんなわけは無い。駆逐艦といえど、一撃……正確には三射ほど刺さっていたが、とにかく宇宙船はそう簡単には沈みはしない。
まずは距離。何せ昨今、戦艦同士の砲撃戦は、五百キロ前後がメイン。それだとどれほど高性能なシステムで補正をかけたところで、僅か一ミリ未満の誤差でも大きく外れてしまう。つまり駆逐艦のような小さな艦には、なかなか直撃しない。
そしてシールド。当たり前だが何の対策もなしに宇宙船が宇宙に出ると、デブリに当って航行するだけで沈む。それを解決するのが、力場によるシールドであり、そして特殊強化樹脂で織られたフェルトコートである。これらが航宙戦闘機や輸送艇にまで普及したため、ミサイルを除く実体弾兵器はなりを潜め、戦艦の主砲でも駆逐艦すら一撃轟沈させづらくなった。もっともフェルトコートは熱に弱いため、シールドさえ抜けばそれで終わりなのだが。
それでも先頭の艦が沈められたということは、三射を正確に当てられかつ、シールドを一撃でぶち抜ける距離から撃たれた事になる。近くに居るはずなのだ。
だがそんな報告は無かった。一体どこから……というところまで考えたところで、艦長は青い顔をしてさらに叫んだ。
「全艦最大戦速!! 回避行動をとりながら現宙域を離脱!! 戦闘機隊緊急発進、追撃を警戒させろ!!」
残念ながらその指示は一足遅かった。指示を受けて動き出した艦隊に向けて、更なる砲撃が打ち込まれる。
本来なら撃たれた時点で、即座に動かなければならなかったのだ。その一手の遅れは致命的で、二射、三射と続く砲撃は、それでも一足先に回避行動をとり始めた二隻の駆逐艦を、瞬く間に葬り去っていった。
旗艦ブリッジから発令された緊急発進を受け、格納庫に隣接したブリーフィングルームにおいて、輪番で待機任務に就いていた艦隊所属のパイロット達が、一斉に格納庫内へなだれ込んだ。
中でもいち早く乗機へ乗り込んだのは、今回の輪番の紅一点。ミリア=バートネット曹長その人である。
連合宇宙軍制式航宙航空小型戦闘機スターホーネットⅤ。彼女はそのコクピットに勢い良く身体を押し込み、サポーターと宇宙服で固定してもまだもてあます、最近まだ育ってきて悩んでいる重厚な胸部装甲ごとベルトで自身を固定する。次いで尊敬する女性士官に唆されて少しだけ色気づいた結果の、鮮やかな赤毛のショートボブをヘルメットで覆い隠す。
そのままスターホーネットⅤの発艦シークエンスを、熟練パイロットに迫る勢いで正確にクリアしていく。若干十九歳という、航宙機パイロットとしては雛鳥といって差し支えない年齢ながら、あらゆる訓練で好成績を収め、「トップが無いのだけが残念」とまで言われた彼女は、同年代のパイロットたちの中で頭一つぬきんでているのだ。
そうこうしているうちに彼女の機体はほぼ最速でカタパルトに乗り、進路クリアを意味するブルーシグナルが点灯する。
それと同時に、電磁投射によってカタパルトが起動。パイロットに急速発信の洗礼を浴びせつつ、一気に機体を船外へと放り出す。
次の瞬間、後方監視モニタに映ったのは、艦後方の推進器を下から撃ちぬかれた、今しがた飛び立ったばかりの旗艦の姿だった。
応戦は? もちろんしていた。撃ち抜かれた瞬間も、全力で主砲を撃ち放った直後だった。あれだけ撃たれたのだから、弾道から敵の位置を特定したのだろうが、残念ながら有効ではなかったようだ。
推進器の爆発から逃れるため、ミリアはアフターバーナーで一気に加速する。敵はどこに? 艦は大丈夫? 戦闘機隊の仲間は? 様々な想いが彼女の中で渦巻く中、その耳に絶望の言葉が飛び込んできた。
「艦長より通達、E-4!! 曹長!! おまえだけ……
その言葉は最後までつむがれず、ノイズとなって消え去った。同時にモニタに映るのは、轟沈する重巡洋艦の姿。
直前に確認できた限り、船には新たに三つばかり穴が開いていた。つまり敵は誰も生きて返すつもりは無く、その意図は十全に果たされたことになる。
ただし、ミリアの存在を除けば、だが。
だから彼女はそのまま加速を続けた。最後の通信に従い、この場で唯一助かる公算のある方法を採る為に。
それは推進剤の半分を使って加速後、救難信号を発しながら慣性飛行に移行するという方法だ。運がよければ、バンディットや商船などに補足され、救助されるだろう。それから汎銀河ネットワークを介して、連合宇宙軍へ通報を行えばいいのだ。なお推進剤の残りの半分は、減速に使うため残す必要がある。
もちろん運が悪ければそのまま宇宙の藻屑だし、最悪海賊に補足され捉えられたならば、恐らく気が狂うまで男の相手をさせられるだろうから、少々分の悪い賭けになるのは否めない。助かるか助からないかならまだいいが、助からないよりひどいことになるのは個人的には避けたいところだ。
とはいえ加速を始めてしまえば、もう自分にできることは無い。彼女はこのあとの動作をオートパイロットに入力し、救難信号のスイッチを入れ、空気に混じった睡眠薬に促されるまま、涙の浮かんだ目を閉じる。
こうしてミリア=バートネットは、宇宙の漂流者となったのだった。
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漂流者を収容したマグヌム・オプスの格納庫内。
シールドとフェルトコートのおかげで、漂流していたとは思えないほど綺麗な機体を前に、シンは困り果てて途方にくれていた。
何に困っているのか。それはパイロットの処遇である。ゲームではどうだったかを考えるも、その記憶はない。おそらく1stキャラでしかこの手のミッションは受けなかったのだろう。
漂流時のマニュアルが、汎銀河ネットワークとやらに転がっていたので紐解くと、念のため医療カプセルに入れるのが正しいということなのだが……。
「つまりは『剥く』ってことなんだよな」
つぶやきつつ開いたコクピットをのぞく瞳には、パイロットの姿が映っていた。
顔こそヘルメットに隠れて見えないが、その凶悪な胸部装甲から、間違いなく女性とわかる。そして医療カプセルには、一糸纏わぬ姿で入る必要がある。
要するに、「女性の服を脱がす」という行為に、気後れしてヘタレてしまったのである。
天井を見上げてため息を一つ、足元を見下ろしため息を一つ。合計でどのくらいだったかは不明だが、そのため息二つでシンは覚悟を決めた。何度もいうが、彼はこういう切り替えは得意なほうなのだ。
「……人命救助……人命救助……」
切り替えてもヘタレ成分は残っていたようで、シンはやましいことは無いと自分に言い聞かせながら、漂流者を縛るベルトをはずすため手を伸ばした。
しかしながら、その目的を果たすことはできなかった。
なぜなら、漂流者の手によってつかまれ、ベルトまで届かなかったからだ。
「……何を……する?」
ようやく出されたその声は、随分と掠れていた。
つい今しがたまで眠っていたのだから、それも当然だろう。その様子から、恐らく意識も完全に覚醒しているようには見えない。
「目が覚めたか? アンタは漂流してたんだ。解るか?」
漂流者の警戒を解くためか、伸ばした手をゆっくりと引っ込めながら、シンは問いかける。
彼女の反応は変わらず「鈍い」ものの、少しずつ覚醒してきているのはなんとなくわかる。シンもプレイヤーも、睡眠薬で無理矢理眠った経験は無いが、もうまもなくきちんと意識が戻るだろうことは予想がついた。
「……っ! かはっ!」
意識の覚醒直後、漂流者は跳ね起きようとして、ベルトに邪魔されシートに叩きつけられた。
「お、おい。大丈夫か?」
静から動への急激な移り変わりと、その直後に漂流者に訪れた因果応報に、シンは思わずといった調子で語りかけ、内心で後悔する。
眠っていたとはいえ、つい先程まで漂流していたのだ。大丈夫なわけはないし、大丈夫なほうがどうかしている。そんな者に向けて「大丈夫か?」とは。
言葉が軽いにもほどがあるとはこういうことをいうのか。そんなことを頭の隅で思いつつ身を乗り出し、航宙戦闘機のシートにある、緊急開放機構を操作する。
ちなみに脱出装置は存在するが、今回はそれは操作しない。というより、そんなものは外から身を乗り出して操作できる場所には無い。あくまでベルトの解除機構である。
「……けほっ……すま、ない」
軽く咳き込んでいる間に理性と思考も戻ってきたのだろう。漂流者は自身の拘束が解けたことに気づくと、まだ弱々しい声で礼を口にする。
続いて「動けるか?」と差し出された、シンの手をつかむのだが、これがまた弱々しい。どのくらい眠っていたのか不明だが、少なくとも一日や二日ではないということだ。
格納庫内が無重量であることも幸いし、彼女の身体はコクピットから簡単に引きずり出され、壁際で休息姿勢を取らせるまで、五分もかからなかった。
「救助感謝します。私は連合宇宙軍第七方面軍、エクスタリア方面周遊艦隊戦闘機隊所属、ミリア=バートネット曹長です。不躾ですが、所属とお名前をお聞かせ願えますか?」
ヘルメットを脱がすのに大変難儀した挙句、鮮やかな赤毛のショートボブとはっきりした目鼻立ちをさらした漂流者は、ようやく力の戻ってきた身体で敬礼を行った。
問われて困るはシンである。ここでバカ正直に「ゲームから異世界トリップしました」なんて答えたら、一体何をされるかわからない。いや何もされないかもしれないが、少なくとも「頭のおかしい人」扱いされるのは間違いないだろう。そして言い訳を考えるのに必要な時間は、あまり無い。
「……あー……自分は、シン=カザネ、といいます。所属は、ありません。バンディットになりたくて、近場のネストに行くところ、です」
やむなくごまかすことにした。ここでいう『ネスト』とは、『バンディット・ネスト』の略で、ファンタジー系のゲームなら冒険者ギルドとかに相当するものである。
割合すぐに出てきたのは、シンのアドリブ能力の高さではない。ゲームスタート後最初のミッションが、『バンディット・ネストへたどり着け』という、フロンティアギャラクシーの設定を、そのまま流用しただけである。
「そうでしたか。ではカザネさん。早速で失礼ですが、通信端末を貸していただけますか? 緊急で、連合宇宙軍へ連絡をしなければなりません」
反応から見る限り、ミリアはシンのアドリブを信じたように見えた。
軍人は高圧的な物言いをする……と限ったわけではないが、きちんと礼儀をわきまえた彼女の物言いに、シンの中で連合宇宙軍と、主にミリアへの株がワンランク上がる。
恐らく多くの人が、このようにきちんと頼んでくる相手は、無下にしたいとは思わないだろう。そしてシンも、その多くの人の中にはいる。
「解りました。では通信機を……」
ミリアのように、可愛いとカッコイイの中間に位置する女性に頼られたなら、多くの人は悪い気はしないものだ。
だからちょっとだけ、ほんのちょっとだけいい気になって快諾し、シンは通信設備のある場所へ招こうとしたのだが、ここで予想外の事態に陥る。
ミリアが自分に向けて、手を差し出したのだ。一瞬エスコートを求めてきたのかと思ったが、手のひらは上を向いている。なにかを渡せというのだろうか。
「いえ。連絡だけですので、ホロタブだけで結構です」
ホロタブ? WHAT? ナニソレ? ミリアの口から出た未知の単語に、シンの脳内は疑問符であふれかえる。
タブ……タブレット? じゃあ『ホロ』は? 幌? ホーロー? んなアホな、少なくともホーローであることは無いだろ。そんな意識にとらわれた思考は、ごまかすことすら忘れてしまう。
「……え? そんなの、無い、です、けど」
だからシンは素で返してしまい、その返答を受けて、ミリアも目を丸くする。
「えっ」
「えっ」
お互いに間抜け面をさらしたまま、十秒間は見詰め合ってしまった。
結論から言えば。
「頼んでおきながらいうのもアレですが…………使えない、です」
「丁寧に言えばいいってもんじゃねえぞ」
ものすごく婉曲的に、ホロタブも知らない田舎者扱いされた挙句、格納庫内の通信端末にを使わせたところ、ご覧のように罵られてしまったのだった。非常に申し訳なさそうな表情から、ミリア当人には嗤うつもりも罵るつもりも無いのがわかるとはいえ、シンは思わずツッコミを入れてしまう。
だがそのツッコミを受けて、ミリアは何を否定したいのか、あわてて手を顔の前で振った。
「そ、そうではなく。その……」
そんな言葉から始まる彼女の言い分だが、汎銀河ネットワークにはつなげられたものの、この艦の通信機器が暗号化方式に対応しておらず、連合宇宙軍にコンタクトをとることができなかったのだという。
なるほど確かに、「使えない」の正しい用法である。だが今のように火の玉ストレートを投げられると、ちょっとばかり殴られたような気分になる。
なおここまで会話の中で教えてもらったのだが、ホロタブとはホログラムタブレットの略で、何も無い空間にタブレットを擬似的に投影し、操作する技術なのだという。
そんなものはゲームには無かったし、プレイヤーの記憶にも無い。シンが知らないのも、無理は無い話であった。
なるほど彼女の言うとおり、この艦は、使えないというのは間違いない。
「ホントに、使えないな」
「聞こえてんぞその火の玉ストレート」
ミリア的には小さな声でつぶやいたつもりのようだったが、BGMも流れていない格納庫内では、残念ながらシンにきっちり直撃していた。
紆余曲折の末。
暗号化方式をアップデートしようにも、艦の設備が古すぎて更新できないことがわかり、ミリアが途方にくれる結果と相成った。そこに至るまでに、「あるぇ~? おかしいな更新失敗するぞ~?」を三回ほど繰り返すのに三十分ほど。暗号化通信機能の動作要件を読みつくし、汎銀河ネットワークの力を借りて、マグヌム・オプスのOSを調べ、絶望するに至るまでに三十分ほど。計一時間を無駄にしたのである。
「まったく、何なんだこの艦は。古いにもほどがある」
もはや丁寧語すら忘れ、素で愚痴るのはミリアである。
別にアップデート作業で気心が通じたとか、そういう話ではない。単純にアップデートの失敗を重ねているうちに、とうとうミリアがテンパってしまい、素を出してしまったところで、シンがなんとなくそれを容認したためである。
代わりにミリアもシンに気安い口調を許しているため、会って一日もたっていないのに、見た目上は仲良くなったように見えているのだ。
「いやー……ぎじゅつのしんぽってすげーなー。ハハハ……」
まさか「ゲーム内では最新でした」などといえず、シンはミリアの愚痴を笑ってごまかすばかりである。
なお現在マグヌム・オプスは、惑星国家エクスタリアへ向け、一般用の規定航路を第一巡航速度まで加速の最中である。SFのお約束であるワープ航法は、対象宙域が近すぎて使用できないとのことだった。
経緯としては単純なもので、連合宇宙軍への通信を諦めたミリアが、「では通信ができるところにいく」と言い出した結果、バンディット・ネストに行きたいシンと利害の一致が起こったというものだ。
そうなれば行く先は一番近い星ということになり、エクスタリアを目標にしたのである。