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決着の決塔  作者: 旗海双
第0章
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第八話「一癖も二癖もある三人と四体目の従者」

 というか、なんでまだついてきてるのだろうこの二人……いや、一人と一体か? と、鏡夜は華澄と機械従者を見やる。


 正直バレッタ・パストリシアは一目見た限りでは浮世離れした人形的な美貌以外まるで機械感がない。


 この世界に慣れていない鏡夜としてはこんがらがってしまう。腰から伸びるコードも、今は収納しているのか外側からは見えないし。これならまだ塔に来る途中に遭遇した警察官の方がロボっぽかった。


 違いと言えば、警察官は呼吸していたが、OAI人形は呼吸していないぐらいのものだ。




 さて、正直な話、クエストを受注してなお、全てを桃音に任せたいのが鏡夜の本音だった―――それはできないのだが。不語桃音が格好良いものに弱いからこそ、この関係は成立している。格好良さを放り投げれば、鏡夜は現状維持すらできないのだ。服を脱ぐなど夢のまた夢になる。


 それでも、ここまで戦えるかどうかの確認をしてもなお。鏡夜には精神的にも技術的にも、戦闘などさっぱりだった。……喧嘩などしたことはない。


 さりとて前のめりであり続けるしかないのだから、鏡夜は自分のことながら苦笑いした。結局、諦めるには奪われたものが多すぎる。


「さて……桃音さん」


 鏡夜はいつか映画だか写真だかでみた武道家を見様見真似して構える。右手のひらを前に、左手を胸の前に構える。


「身体の慣らしです――私に合わせてください。お手柔らかに」


 桃音は、両手を小さく広げて仁王立ちした。


 表情はいつもの通りの虚ろ。


「…………」


「かかってこい―――と? では胸を借りるつもりで、いかせてもらいますね」


 鏡夜は後ろへ片足を踏み込み、勢いをつけて前へ跳んだ。あっ、という間もなく桃音の眼前に迫る。鏡夜は彼女の顔を掴もうと手を伸ばした。


 ……今更だが、この手は状態異常を引き起こす。対生物に絶対的に有利な能力だ。しかし、残念ながら、桃音はそれを知っていた。鏡夜の右腕は桃音の左腕で軽くいなされる。次は空いた右拳で攻撃してくるだろうから――と、鏡夜が彼女の右腕を見ると。




 右腕がなかった。




「――……」


 ズドンッ、と鏡夜は腹部を撃ち抜かれた。桃音の右拳による衝撃が背中から広がる。






「あらあら、とっても素敵な不意打ちですわねぇ。バレッタ、今のはどういう術理ですの?」


「くすくす、ゆったりした服の活用ですわ、我が主。腕を曲げて袖の内側に入れて、右肘を高く上げ、腕の姿勢を誤認させたのです。なので、今のアクションは〈フック〉ではなく〈打ち下ろし突き〉。頭部ではなく腹部への全力アタックです」


「となるとー、灰原さんの攻撃をいなした動きに連動して足、腰、肩、腕、重心を綺麗に打ち込みましたから。良くて内蔵破裂ですわねぇ……入っていればですが」




「……慣らしだと、言いましたよねぇ……?」




 鏡夜は地を這うような声で言った。桃音の右拳を、鏡夜は左前腕で防いでいた。




「合わせてくださいと、言いましたよねぇ……?」


 いなされた右腕をひねって、鏡夜は服から露出した桃音の左腕を掴んでいた。


「チェックメイトです……そしてェ……」


「……」←弱点:【喋れない】【格好良いもの】【状態異常:魅了】


 顔を真っ赤にして、桃音は鏡夜の顔を見つめていた。


「おしおきです」


 鏡夜は右腕で桃音を抱き寄せた。


「……!!」


 桃音は身体をかちんこちんにして固まっている。


 そして鏡夜は……。






(いっっっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)


 折れた左腕を桃音と自分の間に挟んで隠していた。


(クソがぁ!! めちゃくちゃいてぇ!!! つーかマジかこの女ァ!! なんのためらいなくテメェが惚れた男に殺す気の不意打ちかましたぞ!!!!)


 腕の中でモジモジとする陰気で地味な文学女性に鏡夜は脳内で叫ぶ。


 あと、しまった。意図して心の中でも言っていなかったのに、過度な激痛のせいで、彼女が自分に好感を抱いているだろうと自意識過剰な考えを鏡夜は脳内で明言してしまった。が、それに恥ずかしさを覚える余裕すらない。いたい。


(ふーふー……!! なんか痛くなくなってきたぞ? やべぇ、感覚が死んだか!? クソッ!!)


 鏡夜は右手を桃音の頭にバシバシバシバシ、とあてた。そして離れる。


(………なんとか、なるかなぁ、あと一時間以内に直せるか? いやいけるいける。未来感すごいし治療できるって骨折くらい超技術で。治療ポットとか治療術師とかあるんだろ?)


 英雄やら魔王やらが現在も治療中であるぐらいには時間がかかるらしいが、腕一本だ。いけるはず。というかいかねばならぬ。


 鏡夜は【状態異常:麻痺 魅了 混乱 毒 恐怖】を発動して、ぶっ倒れた桃音を右腕で庇いつつ地面に降ろした。そして自分の左腕を見た。治っていた。


(はっ?)


 よく見る。綺麗な腕だ。指をぐーぱーとうごかす、肩ごとぐるぐると振り回す。なんの支障も痛みもない。折れたはずなのに……。


 鏡夜はびくびくと地面でのたうつ桃音を見下ろしながら内心困惑しつつ、外面はあきれ笑いで言った。


「これで許し上げますよ。まったく……」


「なにをしたんですの?」


「ほんの少しばかりー、状態異常になっていただきました」


 びくつく桃音を見て華澄はつぶやいた。


「うわぁ………灰原さん、鬼畜ですわねぇ」


「まさか、私ほど紳士な人間はいませんよ~?」


 なにせ服が脱げないわけであるし。


「紳士服を着ているだけでしょうに。しかし、よく防げましたわね」


「……なに、簡単なことですよ……なーんてちょっとカッコつけちゃいましたね?」


 鏡夜自身も防げたのは驚きだった。身体が勝手に動いたのだ。……もういまさら驚きもしない。


 次はどんな驚きびっくり能力が自分の身体が飛び出るのか楽しみに……なんて思えはしなかった。他人事ならまだしも、なにせ自分の身体である。




「しかし、桃音さんには困ったものです」


「まぁ、それも当然ですわ。彼女は悪名高き〈全力全開桃姐様〉、疲れないという呪いを誰よりも発揮し、何事にも、常に全力全開な人ですもの」


「あー、そういう……」


 心当たりは、ありまくる。ともかく加減をしない人だった。出会ったときから突貫して飛び出して突飛なことに暴走する。なるほど、〈全力全開桃姐様〉とは、うまいあだ名だ。


「? ……そういう? ……知りませんでしたの?」


「おっと、まぁ、そうですね、知ってましたよ。なにせ同居してるわけですし?」


「……あら、思ったより進んでいますのねぇ」




(うん?)


 レスポンスが妙だったような……? 鏡夜が内心で首をひねっていると、ひときわ大きくびくついた桃音が、むくりと起き上がった。そして、立ち上がり、背中についた埃を払う。ふー、と桃音は一息つくと、自然に鏡夜へ近づき、隣に立った。


「むっ」


 と、華澄は不満そうな顔をすると、即座にふふんと不敵な笑顔を浮かべて髪をかき上げた。


「灰原さん、〈決着〉がほしいんですの?」


「? ……そりゃぁもう! 喉から手が出るほど!」


 鏡夜は唇に拳を添えてグーパーした。……そういえば、この手袋で自分に触れても状態異常は起こらない。


 便利なものだ。服が脱げないという圧倒的な不便さを除けば。


「そうですの。実はわたくし――〈決着〉そのものには興味がありませんの」


「へぇ? そりゃまたなぜです?」


 鏡夜もそれに合わせるように含みがある感じで応答を返す。ちなみに、含みも何も、いつもの通り鏡夜は何もわかっていない。


「それよりも大事なことがありますの。―――わたくしは〈Q-z〉事件を解決しなければならない。これがわたくしの任務であり、責務であり、義務であり、浪漫なのですわ。なぜかと申し上げれば……この事件の犯人は、犯人の一人は、十中八九アルガグラムの〈魔術師」なのです」


「……と、それはどういう?」


「あんなずば抜けた〈人形〉を開発し、運用できる技術者は―――わたくしの知る中では現在失踪中のアルガグラムの〈人形使い〉だけですわ。ええ、だからこそ、特別顧問、なんて浪漫の足りない看板まで下げてわたくしはここにいるんですの」


「つまりは?」


「協力しましょう、灰原さん、不語さん」


「なぜ私たちなんです? 貴女――たちだけでもできるのでは?」


 鏡夜はくすくすと笑っているバレッタを見ながら言った。


 華澄は首を振った。


「そんなイージーミッションじゃありませんわ。きっと」


「根拠は?」


「〈きな臭さ〉、ですの――感じませんか? 今、この塔にはありとあらゆる策謀と意思が入り乱れておりますわ。曖昧な癖に強固で、適当な癖に譲らず、間違ってる癖に押し通す。種族と個人の意図が入り乱れ……その中で、貴方たちだけが、まっすぐでしたの。不語さんはもちろん――灰原さん、貴方も、協力するには最適な方だと、わたくしは判断しましたの。アルガグラムの人形使い捕獲に協力してくだされば―――、貴方たちが〈決着〉を手に入れられる手伝いをしますわ。いかがです?」




 鏡夜は頭を深く下げて帽子で視線を隠した。唐突な提案。


(さて―――考えどころだ)


 鏡夜は黙考する。心の奥底まで意識を沈ませ、思いを巡らす。


(直感としては引き受けてもいいと思う。頼れるのは一人でも多い方がいい――二重拘束も特に起きない。無口な方は格好つけていればいいだけで、お嬢様な方は捕り物に協力すればいいだけだ。が、理性だと疑わしいに限りない。〈なんでも願いが叶う〉んだぞ―――興味がないわけがない。願いがない人間などいない。そこが嘘で、だからこそ、その嘘がこの女の評価を下げる。注目すべきは嘘の〈理由〉――さて)


 鏡夜は華澄に注目する。その傍に浮かぶ弱点に注視する。


 今にもおーほっほっと笑いだしそうな金髪ドリルお嬢様の弱点は。




「……」←弱点:【なし】




(……えっ)


 馬鹿な、と鏡夜は思う。いや、ありえない。不語桃音は【格好良いもの】に弱い。灰原鏡夜には【自縄自縛癖】がある。それを鏡夜がわかるということは、性格の弱みすらもわかるはずなのだ。それが――ない?  鏡夜はてっきり【浪漫】と出てくると思ったのだ。何度も繰り返し言っていたし、浪漫あふれるものに感銘している場面も多々あった。なのに、【なし】。いや、そもそも、弱点のない生き物などいるのか?




 いや、いやいやいや―――そうか――――。


「そうですか。――――貴女は己にも、世界にも不満がないんですね」


 鏡夜は気づいた瞬間、口に出していた。


「ええ、貴女は、何一つ嘘をついていない。貴女が望むのは、何にも侵されることなく、貴女が貴女でいることだ。貴女の人生、貴女の夢、貴女の生活――それが、ただ続けばいいと貴女はそう願っている。それはとても……素晴らしいことです。ええ、それ以上に大切なことなどない。それはとても素晴らしくて美しくて麗しくて輝いて――羨ましい」


 人生も生活もすっかりなくなって変わってしまった鏡夜からすれば、それは何より尊い至宝だった。


「―――――…………………ふふ……ふふふ。おーほっほっほっほっ!!!」


 華澄は高笑いした。


「ええ、当然ですわ!! なぜならわたくしは、白百合華澄ですもの!」


「では華澄さん……私は誓いましょう。私は決して貴女を侵さない。己であることの尊さを、人間的な生活のすばらしさを体現する貴女を。私は決して、侵害しない。〈決着〉で叶える願いは、果てしなく貴女に無害にしましょう。さて―――この条件でどうです? 契約、しませんか?」




(うっし、完璧……!)


 鏡夜は心の中でガッツポーズをとる。なにせ元から〈決着〉は服を脱ぐために使うつもりだったのだ。侵害もクソもありはしない。こちらが払う対価はゼロで、メリットだけをゲットする。桃音の時も使った手だ。それに、契約を受けさせて頂く側ではなく、契約する側として自らの意思と条件で対等に提案した。……舐められない動きとしては、パーフェクトに近い。


 鏡夜はほくそ笑む。……その虚勢がもたらすものも知らないままに。


「提案したのはわたくしなのですが―――」


 華澄は頬を赤く染めて照れたような顔をしていた。


「ええ、願ってもいませんわ。それでいきましょう」


 華澄は握手を求めるように片手を出した。


「あっ……」


「……ふふっ」


「握手は、そのぉ……桃音さん! お願いしてもいいですか!!」


 鏡夜は桃音の顔を見た。桃音は薄く微笑んだいたが、なぜか口の端から血を流していた。


「ってどうしたんです? それ」


 それに答えたのはバレッタ・パストリシアだった。


「くすくす……先ほど軽度の毒物反応が出ていましたから……そのせいかと……」


「あー、そういえば私、毒状態にしてましたねぇ……」


 何度も触ってわかったが、この手袋が起こす状態異常は完全ランダムである。容易く使えない。……というか女の子に何をしているんだ自分は、と鏡夜はへこんだ。腕を折られたせいで完全にキレていた……今度から気を付けよう。


「ふむ、ダメージ、受けていらっしゃるようですの。ポーション使います?」


 華澄はどこからか青い液体の入ったビーカーを取り出した。




(世界観ぐちゃぐちゃかよ……)


 SF、SFしてたのにいきなりポーションなる代物が出て来て鏡夜は目を白黒させる。


 そんな鏡夜を後目に――というか戸惑っていることは意地を張って隠しているため気づきようがないのだが―――桃音はポーションを受け取ると一気に飲み干した。パリンッとビーカーが割れて消える。


 桃音が口元から垂れる血を拭うと、それはもう、いつもの茫洋とした不語桃音だった。治ったらしい。


「華澄さん、華澄さん」


「なんですの? 灰原さん」


「私にもポーションくださいよー、桃音さんばかりズルいと思いません?」


「……なんでそこで駄々っ子ですの……」


 華澄は呆れたようにふふっ、と笑うと懐から先ほどと同じポーションを取り出し、鏡夜へ手渡した。


(うーん、ただの水が入ったビーカーにしか見えねぇ)


「華澄さん……協力するということはー? バレッタさんに質問しても?」


「ああ、もちろんいいですわよ。わたくしへの了解は必要ありませんわ。バレッタ、秘匿事項レベルBまではオープンでいいですの」


「くすくす、了解です。我が主」


「では、ポーションについてお願いします、バレッタさん」


「くすくす……。ポーションとは祝福によって製造される生体回復薬です。極小の微生物が身体のダメージを治療します。祝福のレベルによって効果は上下いたしますが一般的なものは治療の加護を得た術師が量産しております。いま灰原様が持っているポーションも、その方法で製造されました」


「なるほど……」


(またニューワードが出てきたぞ? 祝福、微生物、加護。術師……はちょっと聞いたことがあるか)


「ありがとうございます、バレッタさん」


「くすくす……いいのですよ。案内するのが私の製造理由ですしね……」


「なるほど~(……これ、アイテムだよなぁ……?)」


 鏡夜は自分の弱点を確認する。


「……」←弱点:【脱衣不能】【装備不可】【アイテム使用不可】【自縄自縛癖】


 鏡夜は空いた手に鏡で使ったナイフを握ってみた。


 普通に持てる。装備不可……? なら、【アイテム使用不可】もいけるのでは?


 鏡夜はポーションをぐいっと飲んでみた。ビーカーがパリンと消える。ぞわりと、身体から何か漏れ出た。真っ黒な塵だ。ぞわぞわと。ぞわぞわと散って、消える。


「……」


「……」


「……バレッタ」


「くすくす……検索、ヒット。今のは呪詛反応ですわ。治癒不可、あるいは道具使用不可の呪いの持ち主がポーションを使うと微生物が全て粉砕され体外に排出されます。……灰原様は呪い持ちなのですね」


(……やっぱりそうなのか。そうか、呪われているのか。まぁ、これが呪いじゃなかったらなんだって話ではある)


 今まで散々、服が脱げないことを呪いと表現してきた鏡夜だ。驚きはない。桃音の呪いを知ってから、薄々感づいていた面もある。


「あー……そうですね。【脱衣不可】【装備不可】【アイテム使用不可】です」


 鏡夜は、呪いの効果と思われる弱点を彼女たちへ正直に伝えた。彼女たちが敵である、もしくは敵になる可能性があるのならば弱点を教えるのは暴挙に他ならないが……。組むと決めたのだ。弱点を理解してもらわないと協力するときに不都合が起こるかもしれない。これくらいのリスクは必要経費と割り切るべきだ。


「なるほど……いえ、わかりやすく教えてくださり助かりましたわ灰原さん。能力の理由もわかりましたの……その服、呪われておりますのね」


(そうか。この服は、呪いの装備なのか)


「ええ。手袋一つに至るまで、ね。まぁ、装備不能と言いましても――」


 鏡夜は片手に持ったままだった鏡のナイフを振るった。


「これは持てますし、使えますので。特に問題ありませんね」


 鏡夜の推測だが。この鏡で作った武器防具は装備・アイテム扱いではないのだろう。もし鏡が装備・アイテム扱いだったら、鏡を作る能力は使用不可のはずだ。


 華澄が、鏡のナイフを消している鏡夜にうーん、と唸る。


「それは素晴らしいのですが、回復できないのが致命的ですわねぇ」


「それは―――……そうですね」


 勝手に治ることは言わないでおいた。正直、これはまだ検証できていない。鏡を出す能力のように確かめてからではないと安心して信頼できないし、何より痛いのは嫌だ。


(それはとても重要だぜ)


 弱点は教えたのだからセーフ、と鏡夜は心の中で言い訳をする。自動回復については、おそらくよっぽどのきっかけがない限り、鏡夜から話すことはないだろう。鏡夜の悪癖である、自分で勝手にルールを作って自分を縛る【自縄自縛癖】が炸裂していた。


 華澄は思案した後、ひらめいた顔をすると楽しげに提案した。


「ではこうしましょう! 不語さんが前衛! 灰原さんが中衛、そして私とバレッタが後衛! この布陣で挑むんですの」


「あー……」と鏡夜は声にならない声を出すと桃音に顔を向けた。布陣とか、鏡夜はよくわからない。




 桃音は鏡夜の視線に気づく。それが理由かはわからないが、桃音は不思議そうな顔で華澄に近づいた。じ~~~~~……っ、と華澄を見つめる。華澄は桃音の瞳から目を逸らさない。桃音は片手を上げると、小指薬指中指を織り込んで、人差し指と親指を九十度開きながら伸ばして、桃音の額に向けて構えた。


 ……ジェスチャーのように見えるが、桃音は身体言語もできないはずだ。これは一体……? と鏡夜が首を傾げていると、華澄は桃音を見て嬉しそうに笑った。


「……ああ、わかりますの? その通りですわ、わたくしの武器は」


 華澄は一歩下がって両腕を振るった。


 まるで手品のように両手に拳銃が出現する。


「銃火器ですわ。ええ――ナチュラルな人間に扱える全ての銃火器が、わたくしの武器です。そして、バレッタ」


「くすくす……。我が主に扱えず、かつ重火器制御パッチをあてた〈Pastricia〉が扱える全ての銃火器が、私の武装アタッチメントとなっております……」


「全て?」


 鏡夜がオウム返しに言う。


「ええ」


 華澄が優雅にくるりと回転すると、手に持っていた拳銃が小銃に変わり、腕を華麗に振り上げると小銃がショットガンに変わった。


「全て、ですわ。銃火器は浪漫なのですから」


 桃音は華澄のショットガンに手を伸ばした。華澄はそれをあっけなく離す。次の瞬間。


 二人はほぼ同時に互いの頭に銃を突きつけた。


 桃音はショットガン。華澄は拳銃。


 桃音は、華澄の頭からショットガンを離すと、まるで見当違いのところに撃った。レバー・アクションを繰り返して三発。合わせるように華澄もまったく同じような場所に拳銃を三発撃つ。


「……」


「……」


 桃音は肩をすくめるとショットガンを華澄に返して微笑み、鏡夜の隣に戻る。


「あー……つまり、良いということで?」


 鏡夜の問いに、桃音は何も言わなかった。


「これはどっちなんですの?」


「いやぁ、いいってことですよ。だめなら殴ってくるんで」


「蛮族ですわね!!」


「桃音さんとはそういう女性です」


 いろいろありつつも協力体制ができたらしい。華澄とバレッタが後衛な理由はわかったし、桃音が前衛なのは当然の配置だが……。


(中衛ってなにすりゃいいんだろうなぁ……)


 鏡夜が広場に建てられた時計台を見ると十分前。どうやら行かなければいかないようだ。




 決着の塔の前提、あるいは前哨戦……クエスト『カーテンコール』を倒しに。




 決着の塔攻略支援ドームのエントランスに戻ると、最初に来た時と同じように人や人外の冒険者がごった返していた。やはりというか、ガヤガヤと資料を読みながら、顔を突き合わせて相談している者が多い。そんな群衆の間を通り抜けて、受付に行くと、染矢オペレーターが作業をしていた。鏡夜たちが戻ったのに気づくと彼女は顔を上げた。鏡夜は染矢オペレーターに声をかけようとするが―――。




「おい、てめぇら」と声をかけられた。


「……?」


 鏡夜が振り向くと――剣を持った犬耳の男がいた。


「俺を連れていけ。腕には自信がある」


「……はぁ、なるほど……」




 鏡夜はじーっと見る。弱点は――【脆い】【避けられない】


「あー……………大変申し訳ないのですが、今回はご縁がなかったということで」


「“あ? いいから連れてけよ、なにをごちゃごちゃ言ってやがる」


「それはですねぇ……」


 弱点の組み合わせがひどい。脆い上に遅い――。非戦闘員の精神しか持ちあわせていない鏡夜が言うことでもないが。彼は戦うべき人間ではないと、わかる。少なくとも今は。


 しかし、それをはっきり言うとこういう手合いは怒る。舐められないように意地の張り合いをして小競り合いになった場合、無闇に強靭になった自分は相手を殺してしまうかもしれない。




 それは、なかなかに悍ましい。




「これ、たとえ話なんですけど。いま思いっきり私に襲われたとして貴方どうします?」


「返り討ちに決まってんだろ」


「どうやって?」


「避けて、カウンターだ。もし万一喰らったとしても効かねぇよ、俺は頑丈なんだ」


(お、おおおう………)


 もしかしたら〈避ける〉〈耐える〉以外の――防ぐとか桃音がやったように技量でさばくとか騙すとか――あるいは異能とか。


 そのような別の術理や特性による強さがあるのか確かめたが、ないようだ。


「ではだめですね、答えは変わりません。貴方のご協力は遠慮させていただきます」


 そもそも一度言ったことをそう簡単に覆すのは舐められてしまう。それが正しいのならばなおさらだ。


「口じゃラチがあかねぇな」


「そう思ってるのは貴方だけかと」


 空気が悪くなる。……と、桃音が鏡夜の前に立った。


「………」


「ああ、なんだお前?」


「……剣が欲しいんですか?」


 鏡夜はふとそう口に出した。桃音は犬耳男の背負っている大剣を凝視している。


「……」


 彼女は大剣から目を離さないまま、なんの意思も感じさせずに微笑んでいる。


「ほぉ、わかってるじゃねぇか女。あとで俺のとこに来てもいいぜ」


「あ、いや、剣が欲しいというのは戦力としての剣が欲しいということではなく――」


 鏡夜は剣――というか刀の形に整形した鏡の武器を作った。持ち手は丸くして筒状にしておく。……うっかり限界まで大きく作ってしまったが、大丈夫だろうか。


 桃音はポケットから取り出した長いリボンを頭に巻いて、鉢巻きにした。鏡夜が刀――鏡の大刀を投げ渡すと桃音はそれを肩に背負った。


「こういうことかと」




「おい!! 逃げろ兄ちゃん!!」


 群衆の中から声がした。多くの冒険者連中が飛びのくように逃げる。


「やっべぇ!! こんなとこでやられたらどこがぶっ潰れるかわかったもんじゃねぇぞ!!」


「ひえっ……」


「え? ちょっ……」


 なにもわからない顔で腕を引っ張られる魔導士風の少女やら何やらもいて、一瞬にしてぽっかりと空白地帯ができていた。


 鏡夜も恐る恐ると言った様子で後ろに下がる。華澄とバレッタは、いつのまにか避難を済ませており、受付の近くで観戦のためにくつろいでいた。鏡夜も彼女たちに合流する。


「え、いや、ちょ!! なに!? なんですか!? 受注するんじゃないですか?! どういうことです!?」


 受付に座っていた染矢オペレーターは立ち上がって右往左往している。


「ああ、染矢さんは軍からの出向でしたわねぇ。……まぁ、わたくしも数えるほどしか経験ありませんが。冒険者というものは、こういうノリですわ」


「あのっ、一応! 国家の一大事っていうか世界スケールの問題なんですけど!?」


「それこそ今更ですわ、冒険者を呼びまくったのは契国でしょうに」


「決めたのは私じゃなくて陛下ですけどね!!」


「……心配する必要はありませんわ、どうせ一瞬でしょうし」


「それは、ええ。私も同感ですね……」


 鏡夜はテンション低く華澄に同意する。……強さに胡坐をかいた展開は好きではない。


 これは結局、呪われてるだけの弱い人間だからこその感想だろうか。


 桃音は肩に異常に長い大刀を持って待ち構えるように君臨している。犬耳男は背中から剣を抜いて構えた。


「くだらねぇ! そんな長さじゃまともに使えないだろうよ! 見掛け倒しだ」


「……」


 桃音が巻いたリボンの鉢巻き。その長い長い余った部分がたなびく。


「……だんまりかよ! 舐めやがって!!」


 しかし互いに動かない。というか、なるほど、彼は不語桃音が〈契国のアンタッチャブル〉だの〈全力全開桃姐様〉だのと呼ばれている人物であると知らないらしい。外国人外なのだろう。それはそれとして。


「ふむ? にらみ合いってやつですかねぇ。なんで動かないんでしょう」


 答えたのは隣にいる華澄だった。


「避けてカウンターとおっしゃってましたし、あの犬人さんのスタイルなのか……それとも単純に怯えているかですわ」


(いや、弱点に避けられないってがっつり書いてあったんだが……となると後者でしかなくなる。……はん、気持ちはわかるな。正直、俺もちょっと怖い。背負い投げされたし、骨折られたし)




「しかし、こういうケースの不語さんはいったいどうなさるのか、興味が尽きませんわ」


 桃音は微動だにしない。感情を伺わせない、なんの意図も感じられない両目が真っ直ぐに犬耳男を見据え続ける。ぐっ、と犬耳男は大剣を強く握り、斬りかかるために駆けた。


 桃音はようやっと向かってきた犬耳男に鏡の大刀を振り下ろす。犬耳男はそれを走りながら右に身体を逸らして避けた。


「素人が!!」


 犬耳男が剣を――何かする前に。桃音がブンッと大刀を振りあげた。犬耳男は天井まで跳ね上げられる。


 どかぁぁぁん!! と大きな音を立ててパラパラと瓦礫にも満たない塵が落ちる。


 犬耳男は落ちてこなかった。天井に埋まって気絶している。


 桃音はホームランを飛ばした野球選手のように鷹揚に鏡夜へ近づくと、鏡の大刀を返した。


「はぁ。ありがとうございます?」


 鏡夜は手の中で大刀を消しつつ思う――。なにしてんだこいつ、と。


 避けられるような速度で振るい、犬耳男が避け、突っこんで来た時に、桃音は大刀を構えなおすのではなく、降りおろし続けた。斜め上から下へ、降り下げられた刀は地面に刺さり。


 地面を斬り進み、そこからひねって、地面ごと犬耳男を振り上げたのだ。鏡夜は小さな鏡を出して手の中で眺めた。横から見ると、見えない。見えないほど細い。


 脆い裏側の部分を隠すように、二つに畳んだ状態で小さな鏡を作ってみても、横から見れば影も形もない。それほどまでに〈薄い〉。


 極限なまで〈薄い〉にもかかわらず、折れない刃。それは柔軟性がないということで、駄目な使い方をするとあっけなく突っ掛かるものだが、もしうまく使うことができるのならば、すさまじい切れ味の武器となる。この鏡の特性は、彼女がやらねば気づかなかった。


「桃音さんには助けられてばかりですねぇ。……この修繕費用も払ってもらうんですから」


「……」


 桃音は静かに華澄を見たが、華澄は目を逸らした。バレッタを見た。


「くすくす……見積もりにはご協力できるかと……」


「……」


 桃音は陰気かつ茫洋と受付に立った。鏡夜も受付へ振り返る。


「はい、あとで請求書おくりますね……いやぁ、冒険者って野蛮ですねぇ」


「今更ですよ、というかはっきり言いますねぇ」




 舐められたら終わり、など野蛮でしかないというのは鏡夜も同感だった。

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