第七話「地獄への道は鏡で舗装されている」
全身スーツの女性がステージ裾から歩いてくる。先ほど別れたばかりの染矢 令美オペレーターだった。物怖じせず、大股歩きで堂々とステージ中央までたどり着く。
染矢オペレーターは正面から客席を見据えて小さな咳払いをしてから、口を開いた。インカムを通して会場中に彼女の声が響く。
「はじめまして!!〈Q-z〉事件特別対策本部 オペレーター 染矢令美と申します!! 本日はお忙しい中、来てくださりありがとうございます!! では、さっそく説明いきまーすので、後ろモニターにご注目してください!」
染矢オペレーターが携帯端末を操作すると、ステージ後ろの白い幕に映像が出力される。どこかのテレビ局からデータを引っ張ってきたのだろうか、砲弾が天井からステージへ突き刺さり、地表を進み塔の入り口に突貫した、あの衝撃映像が音声付で上映された。というか鏡夜たちがいる今ここが現場なのだが。そういえば、と鏡夜はステージの材質が木材ではなく、真っ黒なリノリウムになっていることに気づいた。昨晩の騒ぎで完全に破砕してしまったため、入れ換えたらしい。
染谷オペレーターは動画が一通り終わったことを確認してから口を開いた。
「はい、えー、この攻撃は上空約一万メートルから突如出現し、急降下してきた不明機から発射されたものです」
スライドするように次の動画に切り替わる。
昨夜、鏡夜が窓から目撃した頭の悪い構造のプロペラ飛行機。少し遠目からではあるものの、巨大な砲台を背負って墜落するように落ちていくその姿がバッチリと写っていた。
「この飛行機は発射後、上空で爆散、部品一つ火薬一つ見つかっておりません。現在も捜索中です……もし発見できれば、手がかりになるので、心当たりがあるのなら連絡をお待ちしております。そして手がかりと言えばあの、塔入口に塗りつけられていた犯行声明ですが」
次の映像はさきほどの、砲弾が塔へ侵入した前後のコマ送りだった。コマ送りの映像には、黄色い液体が砲弾の上部から射出されているのが見て取れた。
「こちらの部分からペンキが射出され描かれているだけでした。ここから犯人を辿ることは不可能と考えられます。えー。そして、ここからが重要なのですが、こちらの画面、砲弾の横部分にご注目ください」
同じ画面内、砲弾胴体にズームアップする。そこには英語で文章が彫り込まれていた。
Quest〝curtain call〟
「以後、このロボットをクエスト『カーテンコール』と呼称します」
(ロボット……!?)と鏡夜は驚く。
他の観客席の人たちもざわついていた。
染矢はそれを抑える。
「はい! 詳しく説明いたします! 本日の午前〇時に【決着の塔】に侵入した『カーテンコール』は塔内部侵入後、変形し高速で塔内部を直進、二百メートル地点で停止しました。そして現在まで、全ての塔の侵入者を排除するために攻撃行動をとっています。皆様に依頼し、要請するのは、……この、『カーテンコール』の排除です。その対価は、【決着の塔への挑戦権】」
――――ざわざわざわざわっ!!!
「なんですと……これはまた剛毅な」
鏡夜は呟く。異世界人の鏡夜ですらわかる。なんでも願いの叶う権利を、下手な者に渡せないはずだ。契国王は――柊王は言っていた、〈彼らは代表〉だ、と。それはつまり、下手な、身勝手な、ともすれば破滅的な願いを叶えさせないための、代表者選定の結果だろう。それを、完全に無視するような暴挙だった。
流石にこれは見過ごせないのか、観客席でひときわ大きな声が上がった。呼び寄せられた冒険者の一人だろう。
「待て!! それを柊王が――いや、ちげぇ!! お偉いさんが、国が許すはずがねぇ!!」
≪いいえ、許しましたわ。許さざるおえませんの――≫
それに答えたのは染矢オペレーターではなかった。
というか聞いたことがある声だった。鏡夜が桃音の向こう側に座っている彼女を見れば。
華澄はいつのまにやらマイク付きヘッドフォンをつけて不敵に笑っている。
彼女が喋ると、マイクを通して声が会場に響いた。
≪非常に単純な話で、つまりは時間がありませんの。もし、あの『カーテンコール』に誰かが乗っていた場合……その誰かがいの一番に決着を手に入れる可能性がありますわ。どんな改造者でもあの砲弾内にいれば衝撃でバラバラになって当然だとは思いますが、そもそもこの横やりこそ、常識と当然を完膚なきまでに破壊してますの。楽観視はできませんわ≫
「……あの代表者の方はどうしたんでしょう? 私たちに頼らなくても、強そうでしたが」
鏡夜がぼそりと呟く。声が小さかったからか華澄のマイクに音が入ることはなかった。しかし、その声を華澄は聞き取ったので普通に答える。
≪本来の代表者たちは『カーテンコール』によって全滅ですわ。魔王たちは突貫して四天王が穴だらけ、聖女たちも向かいましたが全員磨りつぶされ、英雄たちはボロボロで敗走。勇者たちはそもそも手に余ると棄権しましたの。ああ、誰も死んでいませんわ。この塔の中では誰も〈死にはしにません〉から。ただその代わり、ほぼ全員が治癒ポットか治癒術師のところに缶詰になっておりますの≫
ステージホール中かシーン……となった。鏡夜は疑問符を浮かべる。〈死にはしない〉も気になったが、ここまで誰も彼もが戦々恐々となるほどの情報だったのかと。
そもそも代表者について鏡夜は、強そうとかすごそうとかそういうぼんやりした印象以外、まったく知らないから当然なのだが。
ただ、魔王だの、勇者だの、聖女だの、英雄だの、言葉はとってもファンタジーで重要人物を言い表している。あと、治癒ポットと治癒術師が連続したセリフで出てくる世界観が未だにわからなかったが、それは今どうでもよかった。
≪さてさて、わたくしども、情報なしで皆様に無茶な依頼をするほど無能ではございませんの。もちろん、クエスト『カーテンコール』の映像もございますわ――染矢さん、見せて差し上げてくださいまし≫
「え、あ、はい!」
染矢が携帯端末を操作し、新たな映像が出力される。今度の動画はかなり荒いものだった。
「……はい、緊急事態ということで、クエスト『カーテンコール』を制圧するために契国軍の部隊が塔へ侵入した時の映像です」
決着の塔の性質上、軍隊を使う計画はなかったのですが……と染矢オペレーターが呟いている間に、動画の上映が進む。ノイズが混じっているが、たしかに戦車や歩兵などと言った軍隊らしき人と人外が廊下を突き進んでいる。
赤いカーペットに石畳。そして、その一番奥に、『カーテンコール』がいた。無骨な丸みを帯びた鉄の上半身は、かつて舞台に突っ込んだ砲弾と同じ形。よく見るとその丸い頭には大きな目と小さな目の二つがついている。
そして、その下半身からは数多の車輪がうじゃうじゃと生えていた。さらに床には異常な量の薬莢が散らばっている。
指揮官らしき人物が攻撃を命じると、戦車から砲が放たれる。
その瞬間、『カーテンコール』はすさまじい速度で移動し、砲撃を回避した。下半身の車輪がうじゅるうじゅると常に駆動し、巨体に似合わず柔軟かつ高速で移動し、契国軍を翻弄する『カーテンコール』。
そして『カーテンコール』の上半身、両端の部分が持ち上がる。それは腕のようだった。両腕が、軍隊……映像を記録しているカメラのレンズ、そして、その映像を見ている冒険者たちに向けられる。
どん引きするほどの巨大な銃口が両手の先に十門ずつついていた。円形に配列された十の銃口が回転するのを視認したと同時、轟音。激しい閃光で映像が見えなくなり、映像は終わった。
≪と、まぁこのように。立地もありますが、物量をぶつけて倒す手は悪手ですわ。軍隊の肝要たる大規模展開もできませんしね……。しかし、倒さねばならない。できるだけ早く。ならば他の冒険者に来てもらえばいい―――それが各国首脳の判断ですわ。この敵を倒した冒険者には【決着の塔の挑戦権】を得られますわ。本来なら人類の代表か人外の代表にしか与えられない栄誉ですの。……比喩でもなんでもなく歴史に名が残るでしょうね。それでも命は賭けられない? 安心してよろしいですわ。勇者と魔王というのは御存じの通りジョークのわかる人たちですの≫
動画が再開される。装備もぼろぼろ、戦車も大破しているが、人間や人外、サイボーグの軍人たちは重症軽傷で――しかし、死ぬことも死に至ることもなく倒れていた。奇妙なことに、倒れている場所はあの赤いカーペットと薬莢が敷き詰められた塔一階内部ではなく。この、今鏡夜たちがいるステージホールのステージ上だった。
(ああ、なるほど死なないってこういうことか)
「おお、勇者よ、しんでしまうとはなさけない」
それがまるで往年のRPGゲームを連想させて、鏡夜は何も考えずついそのセリフを口に出してしまった。それがいけなかった。小声でも鏡夜の呟きは、華澄に聞こえるのだ。華澄はそのセリフにくすっと笑って告げた。
≪おお! 挑戦者よ! 死んでしまうとはなさけないですの! このように、必要最低限の回復の後、表に――その、舞台に! 神代のロストテクノロジー、テレポーテーションで放り出されますわ。要治療ですが、死にはしにませんの。ぜひ気軽に挑戦してくださいね≫
映像では軍人が苦しそうにうめいていた。……これで気軽は無茶だろう。鏡夜は冷や汗を垂らしつつ呆れる。
そして、ステージの脇に控えていたのか、回収の人員の足が動画にちらりと映った瞬間、プツン、と上映が終わった。
≪では、以上、白百合華澄でした≫
映像の終わりを確認すると、華澄は頭につけたヘッドフォンを外し、隣の席に引っ掛けた。
「カスミ……? 誰だ?」
「白百合家の関係者なのはわかるが……」
「政府だけじゃなくて経済界も出て来てんのか……」
(経済界? 白百合家? ……アルガグラムなる組織? いや会社? のエージェントってだけじゃねぇのか?)
鏡夜は華澄を見ようとしたが、鏡夜に視線を向けた桃音とちょうど目が合ってしまう。この状態で桃音を無視して華澄を見ても桃音に失礼だ。仕方がないので鏡夜は桃音に笑いかけ、舞台に手を向けてあちらを見ましょうと、ジェスチャーで伝える。桃音は一瞬訝しげな顔をしたが、鏡夜の言に従った。
さて、そろそろ……と鏡夜はステージの方へ向き直る。
「はい! では皆さん!! 依頼主は〈Q-z〉事件特別対策本部。依頼内容はクエスト『カーテンコール』の排除。ーーー【クエスト】を発行いたします!! 受注はこちらステージでできますので、ふるってご参加ください。参加人数に制限なし! しかし日時は先着順で決定するのでお早めにお並びください。抜かしたりどかしたりはご法度ですよ! 戦力分析資料もこちらで配布しております。もちろん、依頼を受注せずとも資料は持ち帰っていただいて結構ですし、後日受付も可です。それでは説明会を終わります!」
染谷オペレーターが説明を終えた瞬間、鏡夜は二階の手すりに足をかけた。その光景は本人にはわかっていないだろう。
灰色のスーツをはためかせ、今にも飛び上がろうと屈み、足を引っかけたその体勢。それは、そういう感性を持つ人間にはたまらないもので。
「―――……」
「―――……」
彼の後ろに座っている白百合華澄と不語桃音は完全完璧に、その感性を持っていた。二人の少女の心を、たった一瞬だけだが、奪った鏡夜は二階から飛び降りた。昨日も今朝も何度も飛び上がったし飛び降りた。感覚はもう掴めている。他の冒険者たちは動けていない――今動くことができれば、舐められることはそうそうなくなるだろう。一目置かれるというやつだ。それが何の役に立つかはさっぱりだが――かの金言しかり。桃音の例しかり。舐められないことは、きっと無駄にはならない。
(ちっ、それにしても――少し遠いな。一度通路を踏んでいくか。ショートカットできればよかったんだが)
コツッ、と着地した。ただし下の階の通路ではなく、その上にある―――一階座席のさらに上に浮いている――〈何か〉に。
(……は?)
鏡夜は疑問に思ったが、予定通りにジャンプする。今踏んだのは鏡夜の靴だ。鏡夜の靴の裏を鏡夜が踏んだ
(あれは……〈鏡〉か?)
鏡夜は、驚いた様子の染矢の前に着地する。
「では、応募してもよろしいですか?」
「えー、はい! 少々お待ちくださいね!」
染矢オペレーターが舞台袖に目を泳がせる。鏡夜もそこを見てみれば、謎の人物が台車に紙束と大きなプリンターを乗せて、ステージへ運んでいた。
彼……あるいは彼女――白い仮面で顔を隠した鷹のような翼を生やした性別不明黒スーツの人物だった―――は台車をステージ中央に届けると、飛ぶようにというより実際飛んで舞台袖に逃げ帰っていった。
(ほぼ不審人物……いや、染矢さんと同じ服着てっからここの職員なんだろうけどよ)
鏡夜は二階から突然飛び降りた自分の奇行を差し置いて、そんなことを思った。
染矢オペレーターは台車から紙束の一つ拾い上げると鏡夜に手渡す。
「こちら資料をどうぞ! いつ頃挑戦なさいますか?」
「早くに。一番早くに、お願いします!」
「では、今から二時間後に準備が完了すると思いますので、その時間にいらっしゃってください。はい、受注票です」
染矢オペレーターが携帯端末を操作して、一枚の紙を運ばれてきたプリンターから印刷した。彼女ははその紙を半分に引きちぎって、片方を鏡夜に渡した。残った片方の紙は、腰に取り付けた細いスリットのある小箱に放り込む。
「では、証明証となりますので、お時間になりましたら受付までお持ちください!」
「はい、ありがとうございます」
鏡夜は微笑むと資料を持って振り返った、冒険者たちがポカンとした顔で鏡夜を見ている。二階にいる華澄は笑い、桃音は笑っていなかった。
鏡夜は悠々と一階客席の間を通り、ステージホールから去った。
誰もいない通路を通り、エントランスへ行く。無人だった……ただ一体、受付にバレッタ・パストリシアが佇んでいることを除けば。鏡夜はバレッタがいることに気づくと笑顔を浮かべて彼女に話しかけた。
「どうも~、さっきぶりです! パストリシアさん!」
バレッタは相も変わらず、くすくす笑いつつ答えた。
「くすくす。灰原様、気が早いですよ、まだ一時間五十八分ございます」
「……ああ、クエストの話ですね! いえ、そうではなく」
鏡夜は染谷オペレーターからもらった戦力分析資料をバレッタの前に掲げた。
「こちらの資料について、いろいろ聞きたいなぁと思いまして。大丈夫ですか?」
ちなみに、この予定は元から考えていたわけではない。いつもの通りの、舐められないために咄嗟にした即興の虚勢である。
「くすくす、問題ありません……ですが、我が主と不語様が、おそらく一分以内にはいらっしゃいますので、それからでよろしいですか?」
「もちろんじゃないですか」
バレッタの言う通り、華澄と桃音が奥の扉から出て来た。鏡夜が手をふって彼女たちを呼び寄せる。
「灰原さんは、やることが外連味たっぷりですわねぇ」
華澄は開口一番、感心したように言った。
「……」
桃音はなぜか少し不満そうにしている。
「なぜかずーっとこうなんですの、困りましたわ」
鏡夜は申し訳なさそうに桃音に目をやった。
「ああ、置いて行ってしまったので怒っていらっしゃるんですよ」
鏡夜は適当に言った。読み取ろうとしても、そもそも桃音という女性は伝えるということができない。だから勝手に推察するしかないのだ。そして、その勝手な推察に基づいて鏡夜は言葉を続ける。
「けど、そうそう……許してくださいとは言いませんよ? これは大事なことでしたから。次があっても同じことをします」
鏡夜は笑う。笑う。正直、人前でなかったら素直に謝っていた。が、人前だ。それも特別顧問、白百合家なる権力者っぽい華澄の前。舐められたら終わり、という金言を信じる鏡夜は意地を張るしかないのだ。
でもフォローはしておこう、と鏡夜は口を開いた。
「だから、次もまた同じようについてきてください……まぁ、桃音さんがよければ、ですが」
桃音は鏡夜の目を見つめると、一歩だけ寄り添って隣に立った。許してくれたらしい。たぶんだが。
「やはり亭主関白……」
「くすくす……俺についてこい宣言?」
「誰が亭主関白ですか誰が!! というかそんな関係じゃないですからね!」
そもそもそんな関係になりようがない。この手袋のせいで、触れることすらできないのだから。
一段落して、他の冒険者も来ないのでバレッタ・パストリシアは先ほどの問いに答えるため、鏡夜に資料の内容を諳んじて伝えた。
「くすくす。クエスト『カーテンコール』。無骨な丸みを帯びた上半身と、柔軟性を持ち自由自在に形を変える大量の車輪の下半身を持つ機動兵器。上半身の側面がそれぞれ十口の銃口がついた重火器になっており、その鉄量は弾幕。攻撃する際に肘から薬莢をまき散らし、地形を転倒し易くさせ、戦う相手の機動力を削ぐ。そして『カーテンコール』自身は対応力の高い車輪で機動性を完全に保っている。……くすくす。一言で表現するのならば、機動力と火力特化の変態兵器です」
華澄はそれに付け足すように言った。
「それに、環境を都合のいいように作り変えるギミックも併せて、閉所戦闘特化と言えますわ。ふふ」
「何がおかしいんですか?」
鏡夜が首をかしげると華澄は感慨深そうに言った。
「いえ……実に、浪漫溢れているな、と」
「と、いうと?」
「無骨で異形なフォルム。閉所以外ではタコ足なだけの戦闘ロボット。開けた場所では、いかような戦略でも囲い込めて潰せる的でしかない……なのに、今あの場所に限り、あれはクエスト『カーテンコール』となり、歴戦の強者すらも駆逐する。ああ、浪漫ですわ。わかりませんの?」
「……なるほど?」
残念ながら鏡夜にはよくわからなかった。開けた場所なら的でしかない……という言論からして理解できない。知識がないのはもちろんのこと、軍事的戦略など、鏡夜にはさっぱりだった。なので話を変えることにする。
「……ところで、おすすめの攻略法とかあります?」
「閉所を十全に活かす機動性の高い兵器ですから……大火力で吹っ飛ばすなどいかがですの?」
「いや、戦車の砲弾を避けてませんでしたか……?」
「もっともっと、ですわ。外に漏れ出るほどの爆弾を放り込むのですの」
「くすくす、我が主、此処は歴史政治文化未来過去が焦点する最重要地ですよ? もしリカバリー不可のダメージを建築物に与えてしまった場合、起こりえるリスクは非常に巨大になるかと……くすくす。それに、『カーテンコール』の頑健性も砲弾として活用されたことを加味しますと高いと考えられます」
「……ま、攻略法がわかっているなら冒険者募集などしませんでしたわ」
「ははは、それもそうですねっと。お手数をおかけしました」
鏡夜は華澄とバレッタに解説の礼を言うと、どこか慣らしができる場所はないか尋ねた。
バレッタ曰く、ドームの裏手に訓練場があるらしいのでそこに向かう。
「ふむ、なかなかのTHE・広場」
鏡夜は自分でもよくわからないことを言うと桃音と華澄とバレッタを伴って広場中央へ向かう。広場には幾人かの冒険者がまばらに動いている。剣を振るったり、杖を降って炎を出したり、配られた資料を読みながら話し合っていたりしていたり。……鏡夜に遅れつつも早めにクエスト受注を済ませた冒険者たちのようだ。彼らは鏡夜たちが来るのを見ると驚いて、端に寄った。……なぜか避けられているような気がする。
契国のアンタッチャブルと称される桃音が理由なのだろうか? それにしては絢爛の森に来ていた冒険者や女子学生、警察官等は親しげに話しかけてきたが……。
結局、広場中央、空いたところに行くまでに話しかけられた回数は一回。
「がんばれよー!」
と良く知らないおっさん……壮年の人間の男性に言われ。
「はい、がんばりますね~」
当たり障りのない答えを鏡夜が返したっきりだった。
広場中央。慣らしのために、鏡夜と桃音が向かい合って立つ。華澄とバレッタは少し離れたところから、鏡夜たち二人の様子を眺めている。
「ま、少しだけ付き合ってくださいな」
鏡夜は手を振るった。鏡夜の前に、一枚の鏡が出現する。
(やっぱりな……鏡が出せるのか。〈灰〉原〈鏡〉夜……てか?)
もし、この服を着せた何者かがいたとして。その何者かが意図して鏡夜の名前に合わせて身体を作り変えたのならば。意図がまったく読めないし、とても悪趣味だ。
そして……とても腹立たしかった。鏡夜という名前は、鏡夜にとって間違いなく誇りであり自慢なのだから。しかし、勝手に意図を想像して、勝手に憤るのは精神的労力の無駄遣いなので、鏡夜は一度深呼吸をして気持ちを切り替える。
まず鏡夜は自分が映り、そして宙に浮かぶ鏡の表面をコンコンと叩くことにした。浮いている以外は、普通の鏡のように感じられる。次に沈め、と念じてみつつ鏡の表面を叩いた。手は沈まなかった。
(……? これは沈まねぇのか)
昨日、ウッドハウスの鏡に手を突っ込んだ時は、手が沈んだのだが。今度は強めにガンガン叩いてみた。まるでびくともしない……。
「ふぅん?」
鏡夜は鏡の裏に回ってみた。鏡の裏はプラスチックのような無機質で脆そうな材質で出来ている。鏡夜は、その裏面を叩いてみた。
割れた。鏡は割れ散って、落ちて、風に消えるようになくなった。
鏡夜はそれを確認すると、もう一度新たに鏡を出現させた。これまで何度か鏡を出しているが、疲れは特に感じない。
今度は向かい側に立つ桃音へ鏡の面を向けて浮かせる。
「では、桃音さん、この鏡にー、攻撃してくれます? 鏡の面ですよ?」
「……」
桃音は一歩下がると。全力で鏡へ回し蹴りを放った。
野暮ったい格好をした女性が放つあまりにも華麗な蹴りはとんでもない速度で鏡の面にぶち当たる。衝撃が周囲に広がる。肌にびりびりと空気の震えが伝わり、遠くからこちらを伺っていた冒険者たちは顔を青くしている。
対して、鏡は無傷だった。表面は相も変わらず、曇りなく、茫洋とした無表情の桃音を映している。鏡の後ろに立っていた鏡夜は、ダメージ一つ負っていない。
「なるほど……ありがとうございます。これはすごいですねぇ。役に立ちますよ、とっても」
鏡夜は鏡の裏側に手を添えて撫でるように割った。
「なるほどなるほど……すさまじいですわね。さすが不語さん。ところで灰原さん? その鏡、どれくらい出せますの?」
華澄が感心したように頷いて、鏡夜に顔を向ける。
鏡夜は(ああ、それも大事だな)と思い、できるだけ鏡を出すことにした。六枚出現させると、力を入れても鏡が出なくなる。どうやらこの枚数が限界らしい。
「六枚が限度ですよ」(今知ったが)
「大きさは?」
鏡夜は念じて六枚を消した後、一番大きくなれと鏡を出す。
ドン!! と大きな鏡が出た。
「これが限界ですかねぇ」
「……くすくす。2・00メートル四方の正方形です」
「柔軟性」
鏡夜は少し頭を捻る。まず剣の形。どこかのRPGで見たような簡素なものを思い浮かべ、巨大な鏡の折り紙を織り込むように形作る。持ち手の部分を筒にして―――。生成。
もう片方の手には斧の形になるように鏡を織り込んだものを持つ。
「これぐらいなら余裕ですね」(今知った)
鏡夜は右手に持った剣と左手に持った斧を軽く振り回した。浮かせるだけでなく、手に持つことも可能だった。
「……ずっこいですわ!! チートですわ!!」
「いや、そういわれましても……」
「それで空間固定もできて、さらに身体能力も高いのでしょう? 近年まれにみるチートっぷりですわ!!」
そう言われても鏡夜はこの世界の近年など知りはしないのだが。
「まぁ、恵まれてるのは同意ですね……でもほら、この運が良いのが私ですので?」
果たして全身わけのわからないことになって服が脱げず、身体一つ異世界に放り込まれることを、運がいいの範疇に入れていいのか、鏡夜自身も疑問だったが、これくらいは意地を張って嘯いてもいいだろう。