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決着の決塔  作者: 旗海双
第0章
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第五話「彼は決意し、彼女は落ちた」

 〈契歴999年 12月31日 23:58〉




 カウントタイマーがあと二分まで迫り、ついに【開幕式】が開かれる……のを鏡夜はソファに座ってテレビ中継で見ていた。隣には桃音が座っている。彼女も入浴済みであるはずなのだが、その衣服は出会った時と同じゆったりとした紺色な服のままだった。寝間着とかどうするんだ、と鏡夜は頭の片隅で思うが、女性には色々あるのだろう、と自己完結する。それよりも決着の日、開幕式だ。




(……あと一か月、いや、一日前でもいい。その時に、この世界に来ていたのなら、〈決着〉を手に入れるために何かをどうにかできただろうか)




 なんて、益体もないことを考えながらテレビを見る。


 舞台の上では和装仕立ての洋装に、マントと軍服をかぶせた妙に関心が引き込まれる男が演説をしている。先ほど跳んだ時に見た巨大な塔で、こんなイベントが起こっていることが不思議に思えた。




 ――――……キィ……ィィィィン……―――




 窓の外から異音が聞こえた。飛行機が飛び立つような飛んでるような、落ちるような高音。鏡夜と桃音は、音の方向、窓の外へ目を向ける。


「なんですか、あれ……」


 巨大な大砲を一門、上部に備え付けたプロペラ飛行機が遥か彼方の空から急降下していた。


 鏡夜たちからかなり距離が離れているため、正確な全長はわからない。ただわかるのは大砲の大きさが飛行機の三倍程度ある。




「……ありえないでしょ、アレ」




 航空工学に詳しくない鏡夜ですらわかる。アレはありえない。まず大砲の重さで飛行機が飛ばない。飛んだとしても落ちる。落ちなかったとしても重心の暴力により上空で爆散する。あれはそういうものだ。


 だが、斜め四十五度以上の降下軌道で、プロペラ飛行機は、狙った場所に急降下している。ドォン、という発射音が聞こえた。大砲が撃たれた音だ。空気の震えが鏡夜たちのいるツリーハウスまで伝わって、揺れた。




 そして大砲を発射した瞬間、大砲が爆発して連鎖的に飛行機も爆発した。


 だが破片は散らない。完全に焼失して、残ったのは落ちる砲弾だけだ。




 落ちる落ちる。塔の底、ドームの天井へ風を切る轟音を響かせながら落ちていく――着弾の音はテレビから聞こえた。鏡夜は振り返ってテレビ中継を見た。


 飛び散る破片、テレビクルーの叫びや観客の絶叫。弾は綺麗に舞台に着弾し観客席には被害が行っていない。シャンデリアさえ跡形もなく爆散して、もはやガラスの粉となって降り注ぐのみ。


 砲弾は地面をモグラのように進み、塔の入り口を突っ切って侵入した。


 あの、犯行声明を残して。




 if you want to change the world, exceed me! Q-z


≪世界を変えたきゃ、私を超えろ! ――Q-z≫




「……………………………」


 思考停止。鏡夜はぽかんとした顔でテレビと外から見える巨大な塔を見比べる。遠くでは相変わらず狂った縮尺の塔と相対的に小さいドームが煌々とライトで照らされている。ドーム天井に空いた大きな穴が、ライトの陰影のせいか、暗闇の穴のように見えた。


 いつのまにか隣の桃音は鏡夜の手を握っていた。不安だから鏡夜に縋ったのか、それとも昼と同じように鏡夜を庇うために掴んだのか。鏡夜にはわからなかった。




「………あー、桃音さん?」




 鏡夜はおずおずと声をかける。対して桃音はなぜか、かちんこちんに固まっていた。


「あれ?」


「……」←弱点:【喋れない】【格好良いもの】【状態異常:麻痺】


「へ? えーと、桃音さん?」


(弱点が増えてる……?)




 鏡夜は桃音の意識を確かめるために、もう片方の手で桃音の肩を叩く。


「……」←弱点:【喋れない】【格好良いもの】【状態異常:麻痺】【状態異常:混乱】


 弱点が増え、桃音は静止したまま、さらに目だけをぐるぐると回すようになった。


「………」


 鏡夜は左手袋を紅い両目で凝視した。桃音に掴まれた右手を彼女の手から取り外し、しばらく待つ。桃音の麻痺が解け、ぐるぐるしている目が正気に戻ってから、鏡夜は口を開いた。




 横を向いて、左手のひらを困ったように上に向ける。


「あー、すいません、桃音さん。どうも私の服は、じゃじゃ馬なようでして。手で触れると状態異常を起こしてしまうんですよ。………ええ、これではいけないと思っていまして。私は、この服を脱げないという呪いを解きたいのです。………やはり、私はついている。あの〈Q-z〉は私にとっては福音です」




 呪いだ。これはもはや呪いだ。鏡夜は決壊するように口を開く。もう我慢できない。人に触れることすらできないだと? こんな美人に触れることすらできないだと?




「………」←弱点:【喋れない】【格好良いもの】




 桃音は困ったような、それでいて期待するような妙な表情を浮かべて鏡夜の話に耳を傾けている。




「桃音さん」


「………?」


「これはただ聞いてほしいだけで、貴女に何を望むわけでもないのですが―――私は私の呪いを解くために〈決着〉が欲しいんです。いえ、欲しいじゃありませんね。手に入れます。絶対に」


 桃音の呪いとは違うのかもしれないが、鏡夜にとってこの服は間違いなく、解くべき呪いの装備なのだ。


「………」


 桃音はテレビへ顔を向けた。


 そこには、爆散したステージと混乱が落ち着いてきた観客席。逆にヒートアップしているスタジオのアナウンサーと解説者の声が中継されていた。これを見ても、貴方はまだそんなことを言うのか、と鏡夜は言われた気がした。鏡夜もまたテレビに目を向けながら、笑う。


「やだなー? そんなもので、気おくれなんてするわけないじゃないですか」


 嘘だ。あれはうすぼんやりとしか知らない千年の歴史よりもなお直接的な暴力と意志だ。気おくれも怯えもある。が、この呪いを解きたいという願いがあまりに大きすぎた。本来、時間という壁で手に入らなかった〈決着〉が手に入るかもしれないという好機。鏡夜はこのチャンスを逃すことは、できなかった。




「私はやりますよ。……ま、〈決着〉以外にこの呪いを解く方法があるのなら、それに越したことはありませんがね」




 ここまで宣言しておいて、他に希望を託してしまうのが自分の甘さだろうか、と鏡夜は思う。ただ、目の前には〈喋れない〉という呪いを抱えた女性がいて、それが治ってない。


 ならば〈決着〉以外の手段は、割と絶望的だという予測がついてしまっていた。




「さて、ではそろそろ……寝させていただきますね」


 テレビでは阿鼻叫喚が中継され、外ではサイレンすらも聞こえてくる。その音を耳に入れながら、鏡夜は微笑む。


「私、明日から大変ですので。やることが一杯なんです」


 まるで明日遠足に行くために早めに寝るといった風情の鏡夜を、桃音は真っ直ぐな、輝いた目で見ていた。




 これが彼のプロローグ。世紀の決着。歴史に足を踏み込む、異邦人にして部外者。呪われた魔人。




 灰原鏡夜の物語だ。

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