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決着の決塔  作者: 旗海双
第5章
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第四話「決着」

 鏡夜は目を開く。

 常識外れの炎は全て消えていた。

 そして、仲間たちも全員消えていた。桃音も華澄もバレッタもかぐやもいない。


 鏡夜の前には――英雄、久竜晴水が全快して立っていた。その右目は、未だに燃えている。


「仲間がお前の強さって言うなら、排除するまでだ。このダンジョン内の、リコリスの罠まで転移させた。まったく、事後の策まで使わせるなんて、本当に愉快で不愉快だ」

「そんなことまできるなら最初からやればよかったのでは?」

「はん、混沌の中には全てがあるなんて詭弁を使った祝福チーティングだ。もうからっけつだよ。俺の回復にまで力を使ったんだ。ガソリンどもは全員致命傷。俺の中の生き物は全てダンジョンの外へ。かくして俺は一人きり、と。だが――」

 久竜晴水が刀を思いっきり握ると、刀身に炎が纏わり吐く。凍り付くような、溶かしつくすような矛盾する炎だった。

「俺の祝福はまだ使える。上等だ。俺の妨害(クイズ)がお前らを成長させただと。自分は俺の宿敵だと。ふざけやがって。知らないだろう。〈Q‐z〉の意味は、「QU」RYU HARUM「IZ」 頭とケツを合わせて「QUIZ」だ。はは、特に深い意味もなく、適当に付けた名前だぞ。存外響きがよくて高尚なもんだと勘違いしたに過ぎねぇんだよ」

「馬鹿みたいな名付けですね? いやぁ、貴方らしいと言えば貴方らしいですが?」

「そのとおおおり! こんな馬鹿みたいな代物をせいぜいいくつか乗り越えた程度で、一端の冒険者、宿敵気取ってんなよ」

「はははは、それをどうだ超えられないだろうと差し向けまくった奴の言い分とは思えませんねぇ? ブーメランって言葉ご存知でしょうか?」

「ああ、空から降ってきたがごとき災厄を自分の力とごり押ししてきた奴がする言い訳だな! おっと、その災厄も欠けたんだったな、ありがたく使わせてもらってこの通り回復したぜ。鏡の力も失ったお前が、俺に勝てるわけねぇだろ」

「舐め腐りやがりましたね久竜晴水ゥ?」

 言いたい放題だった。故にこの光景が世界中に中継されていることも忘れて、死闘が始まる。


「「死ね!!」」

 英雄 『久竜晴水』が現れた。

「if you wish to change the world,exceed me!(世界を変えたきゃ、俺を超えな!)」

 魔人『灰原鏡夜』が迎え撃つ。

「上ッ等ッ!」


    

        【FINAL STAGE】 “Quryu Hrumiz”



              決 闘 開 始



「いま、私、過去最高に調子がいいんですよ!」

 鏡夜はその言葉の通り、今までとは比べ物にならない身体と感覚の冴えを感じていた。

 《鏡現》は欠けている。しかしそれを補うように五体が冴えまくっている。

 久竜が振るう刀も容易く避けられるし、蹴りも拳も極めて強靭に振るうことができる。


 その理由は単純だ。



 手袋=【状態異常付与/不健康】

『健康をトレードする形で状態異常付与能力を得ている。極めて病弱かつ貧弱かつ息苦しい苦痛の身体を持つだろう』



 シルバーチェーンの【状態異常無効】とベストの【超身体能力】で補われていた手袋

 の【不健康】が欠けたことによって、その【状態異常無効】と【超身体能力】がさらなる能力の飛躍を見せていたのだ。鏡夜の現在の状態は、超健康とも言うべきレベルだった。


 しかし英雄もさるもので、もはやこの世界最上の身体能力を持つ男の体術と、全てを燃やし溶かし吸収する刀の炎を見せ札にすることで対抗していた。


 纏わり付かれればゲームオーバーの炎を相手に鏡夜は果敢に攻めていく。しかし武器を持った相手と徒手空拳の相手では相性上の問題もあり完全なる打倒には至らない。


「いい、加減! 負けたらいいかがです!?」

「は、冗談! まだだ! まだ話は終わらせねぇ! 負けるわけにはいかねぇんだよ!!」


 あの駄目駄目な革命家たちと同じように、熱意も、ましてや愛も、美学もない奴だっている。

 だが、そうじゃない、それだけじゃない。他人の子供を心配し、重い荷物を誰かのために背負い本気で頑張る人々の姿は、この時代、探せばどこにでもあった。"

 だから、晴水は負けるわけにはいかない。負けたくなんかない。

 少なくとも、目の前のこの男より、俺の、俺の人生は――面白い!

 そう強い自負がある限り、彼の炎は矛盾しようと分裂しようと決して消えないのだ。



「お前こそ死ね! もう充分走ったろうが!」

「ふざけろ! 呪いが歩みを止める理由になるわけないでしょうが……!」



 鏡夜は呪われている。数多の呪いに侵されている。だが、それは誰だって同じじゃないだろうか。

 寿命の呪い、労働の呪い、病気の呪いだってあるだろうし、うまくいかないことだらけだ。

 だが、それでも彼は脇目もふらず爆走する。走り抜ける。その上で断言しよう。


 私は世界一幸せです、と。


 いろんな(ノロイ)を抱えたまま叫んでやろう。この呪いのおかげで、私は幸せなのだと。

 ジャケットの呪いのおかげで冒険者として突き進んできた。

 ズボンの呪いのおかげで挑戦者たちと対抗できた。

 手袋の呪いのおかげで、愉快な人たちと友達になれた。

 そして、この全身の蝕む悍ましい呪いのおかげで……私は愛されたのだと。

 ああ、断言しよう。してやろう。私は世界一幸せだ!

 その矜持が、その意地が灰原鏡夜を支える。目の前のこいつにだけは負けたくない。

 おのれの人生が最高であると、それを証明するために戦うというのであれば……。

 呪いを解くためではなく、呪いと決着をつけるために、今まさに戦っているのだから。


 負けるわけにはいかない。




 祝福と呪いの戦いは、ついに両者の意地のみの戦いとなった。

 だが、どちらも倒れない。目の前の男の心意気が、自分を超えていると、心のどこかで互いに思っていても、それでも負けを認められない。

 そんな言い訳なんか、格好悪くてできるものか。

 ああ、こいつになら負けてもいいが、こいつにだけは負けたくないと――。


 鏡夜は思いっきり、床へ踵押しを決める。床へ罅が入る。晴水がなんでも溶かす炎で下から掬いあげるように斬りつける。床が溶ける。

 先ほど、あらゆる全てを燃やし溶かす炎が燃え盛り、空から思いっきり『エクスクル』が叩きつけられたせいで限界を迎えていた床は、過度な戦闘に耐え切れず、ついに崩落した。

「んなっ」

「ま……ずッ!?」


 最上階層【頂上】が、崩壊する。





 ・――これは私達の罪と願いだ。私達は、神々の戦争遊戯に弄ばれるのはもうたくさんだった。

 ・――だから邪神に等しき六百万の神々を、私達は契約の炉にくべた。そして私達も。

 ・――六百万の神々と、そして当時の勇者と魔王をくべて存在する超有機願望成就エネルギー。それが〈決着〉の正体だ。

 ・――ここでは、あらゆる神が齎した力が吸収される。祝福は意味をなさなくなり、呪詛は呪うことをやめる。

 ・――どうか残った我らが子たちよ、希望に満ちた我々の未来を叶えてほしい……。


「うるさいですよ! 今それどころじゃないんです!!!」

 いちはやく体勢を整えた“黒目黒髪に戻った”灰原鏡夜は、脳内に響いた謎の声へ向けてそう叫んだ。そして起き上がりかけていた久竜晴水の顎を思いっきり蹴り飛ばした。

「ごふぅッ、脳が揺れ、てめェ!」

 久竜がふらつきながら刀を振るう。鏡夜の右腕に刀傷が刻まれる。まったく回復しない。血が流れ、痛みが持続的に続く。

 晴水の右目は、ただの人間の眼球に戻っていた。脳の揺れは未だ収まらず、顎の痛みはじんじんと後を引いている。

 完全に両者とも、ただの人間となっていた。祝福の力はなくなり、呪詛の恩恵も一切合切消え去っている。


 だが、両者はそんなこと知ったことかとばかりに戦い続けていた。


 なんの異名もトレードオフもプラスアルファもない”久竜晴水”と”灰原鏡夜”が死闘を繰り広げる。


 久竜は視界が揺れているけれど、刀という強い武器を持っている。久竜晴水は健常な状態だが、その四肢以外に武器はない。



 鏡夜が拳を振るうごとに、返す刀に傷が増えていく。傷は治らない。

 だが鏡夜は胸を張る。呪いはもともと―――いろいろある前は解くつもりだった。これが普通の人間なのだ。これが当然の道理なのだ。


 晴水が刀を振るえば振るうほど、拳や蹴りが叩き込まれ、ダメージが蓄積していく。祝福の炎はもう操れない。だが、彼の闘志は折れていない。折れない限り、戦い続ける。



 もはやどこにでもあるような意地の張り合いの末……。




 勝利の要因は―――つまり、強敵や理不尽や不可能へ挑み続けた鏡夜の経験値であり、または最初の顎への蹴り上げによるダメージであった。


 久竜晴水は刀を握ったまま、〈決着〉を背後にして前のめりに倒れた。





      【FINAL STAGE】 “Quryu Hrumiz”


              決 着!





 鏡夜もそれを確認して膝をついて息を荒げる。



 ここは闇と、光り輝く巨大なエネルギー〈決着〉しかない空間だった。鏡夜にはわかる。あそこまで辿り着けば、〈決着〉を使うことができる。


 鏡夜は這う。



 彼は這う。



 すると、闇の中から現れた女性が二人鏡夜の両肩を支えた。豪奢な金髪と長い黒髪。沈黙と饒舌の少女。

 二人ともボロボロだったが、常の微笑と無表情で鏡夜を見ている。

 彼女たちに肩を貸してもらい、鏡夜は〈決着〉へとたどり着いた。



 ――――言いたいことはいった。世界へと、清算と決着、伝えるべきことは言った。責任は――駆け抜けるままに果たした。

 だから――さぁ、決着をつけよう。


「私の――願いは―――」


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