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決着の決塔  作者: 旗海双
第5章
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第二話「クエスチョン『フィナーレ』」

 『フィナーレ』の周りには、完全なる円形と見まごう黒い球体が四つ浮遊していた。宇宙が玉となって浮いているようだった。


 そしてクエスチョン『フィナーレ』はまるで散歩するような気軽さで歩み寄ってきていた。


 鏡夜の紅い瞳は『フィナーレ』の弱点を観る。――――【進化】。弱点はたった一つだった。

 彼の戦闘センスは理解する。クエスト・クエスチョンシリーズの最後を飾る『フィナーレ』のコンセプトを直感的に把握する。

 それは、今までの挙動の結実だった。

 だから灰原鏡夜はクエスチョン『フィナーレ』を指さして言った。


「アナタは―――私たちに完全に適応しましたが、果たしてそれで十分なのでしょうか?」




           【FIFTH STAGE】 question『finale』


                戦 闘 開 始



『フィナーレ』の周囲に浮かぶ四つ黒い球体からビームが照射される。

 かぐやから学習したのだろう。

 鏡夜は一方向からのビームを防ぐ。しかし真横まで移動した球体のビームが発射される。それもまた《鏡現》で防ぐと――下から《鏡現》を潜り抜けた『フィナーレ』が鏡夜の懐まで入り込んで、彼を蹴り飛ばした。今までの機体とは段違いの、しなやかで強かな動き。

 この体術の冴え――不語桃音から学習したのだろう。


 白百合華澄とバレッタ・パストリシアの銃の照射を、『フィナーレ』は黒い球体を足場にすることで避けた。自由自在に動き、時には球から球へ飛び跳ねて。まるで空を軽やかに歩くような荒唐無稽さ。

 その移動は――灰原鏡夜から学習したのだろう。


 かぐやのビームは反対側からビームをぶつけることで防ぐ。光学迷彩もスタングレネードも即座に見抜くか、まったく無効化する。

 さんざんっぱら苦戦させられた理不尽の一つ、生体人形のかぐやへ完全に対応したのだろう。


 鏡夜は先日、塔への挑戦者や決着の塔攻略支援ドームの職員や、柊王自身にまで敵対した。会う者会う者敵手であり、叶うかもわからない強敵であり、だからこそ、血反吐を吐きながら、手札を増やしていった。

 そしてその全てを〈Q‐z〉は観測していたのだろう。その観測結果を、この機体を動かしている何かに学習させたのだろう。

 人間なんて気づかないうちにやめていた魔人だ。呪詛によって強さを保証されていた一般人だ。だからもう強くなれないだろう、と。

 もうできないだろうと、もうお前は――お前たちは打ち止めだろうと、もう足を止めるしかないだろう、と。

 だからここから先へは進めない、と。

 それが限界に辿り着いたお前たちの終わりだろうと、皮肉めいて名付けられたまさしく機械学習、成長の権化、クエスト『フィナーレ』。

 老龍ほどの、理不尽ではないが、灰原鏡夜とその仲間たちにとっては不可能そのもの。踏み越えられない最終楽章―――。

 戦い、戦い。ひたらすら戦い。その戦いの際に、相手のことをひたすら考え尽くしてきた鏡夜にはそれがわかる。だから。



「桃音さん、本気を出してもいいですよ。華澄さん、どうぞ蹂躙してください。バレッタさん、彼のことを謳ってください。かぐやさん――私ごと貫いてください」

(知ったことか)

 頭は冷えている。しかし腹の底が熱くなっている。

(舐められてたまるか)

 いや、この自分が、舐められているのならば、それは覆せばいいだけだ。だが、仲間ごと舐められるとは、実に不愉快でたまらない。

 一人では勝てないなどという当たり前のことをことさら強調する気は皆無だ。ただ――クエスト『フィナーレ』が自分たちの前に不可能として立ち塞がるのならば、自分たち全員で対価を支払わせてやる。



 不語桃音が暴走する。突然狂ったかと思うほどの爆走で『フィナーレ』の前に立ち、ビームを吐き出す球体にしがみついた。そしてそのビームをもう一つの球体に無理やり向かせて球体を一つ爆散させた。そしてしがみついた球体も地面に叩きつけて破壊する。


 白百合華澄はナイフと拳銃という銃使いには不似合いの――スパイとしては最高の武装に身を包み、黒い球体に踊るように斬りかかり破壊した。もう一つの球体も、拳銃一丁で撃ち抜く。ビームの発射口、ミリ単位の誤差もなく銃弾を叩き込んだのだ。


 バレッタは謳う。「くすくす、『フィナーレ』さんは――そもそも〈Q-z〉のロボット全てを動かすAIとは、アルガグラムからちょろまかしたOAI。性格は学習する武人であると、構築した我が創造主が自慢げに、この場所で、『フィナーレ』に語っております」


 鏡夜はそれを聞くと、あらゆる《鏡現》の武装を解除して、『フィーナレ』に歩み寄る。「リベンジマッチですよ、クエスト『カーテンコール』クエスチョン『パレード』クエスト『デッドエンド』クエスチョン『カットアウト』クエスト『カットイン』―――クエスチョン『フィナーレ』」

『フィナーレ』はその五体のみで鏡夜に襲い掛かる。その一人と一体に向けてかぐやはビームを放つ。

『フィナーレ』の右腕が消し飛ぶ、鏡夜の顔面が半分消し飛ぶ、『フィナーレ』の腹が消し飛ぶ。鏡夜の右足が消し飛ぶ。

 両者まるで意に介さない。鏡夜は――舌を出して、右手から《鏡現》のつららを突き出して、『フィナーレ』の頭部を吹っ飛ばした。

「私は舐められたら終わりという金言を聞いたことはあっても、正々堂々にしろなんて言われたことないのですよ。残念――あなたは私たちの宿敵にはなりえない。私の終わりは貴方じゃない」






              【FIFTH STAGE】 question『finale』


                     Clear!


「わ、我が君大丈夫!?」

「ああ、大丈夫ですよ、これくらい、ほら」

 鏡夜は吹き飛んだ顔に手をやる。ぱっと手を放すと元の顔に回復していた。足もぴらぴらしていたズボンと靴にフィットするように回復する。

 数分もすれば、肉体のみだが完全回復した鏡夜がそこにはいた。


 そして灰原鏡夜はむしろ、微笑さえも浮かべながら階段を見つけると、仲間とともに上へ進んだ。


 鏡夜たちは次の階層の階段を上る。そこは塔の頂上だった。打って変わって硝子のような、儚い青空だった。

 決着の塔、石造りの塔。最上階層【頂上】。

 一本だけ生えた青々とした木に寄り掛かり、キー・エクスクルは座り込んでいた。

 鏡夜は口を開く。

「その目―――」

「ああ、この右目だな」

 変わらず断定的な口調だった。

「ま、気にすんな、ただ『燃えてる』だけだ。心配してくれてありがとう。ボスとしては人の姿を捨てて”怪物”になった方が触りがいいんだろうか、これでも人間であることにちょっと括りがあるもんでね。付き合ってくれよ」

 キー・エクスクルはそう言って空を見上げる。鏡夜も釣られて空を見れば、その儚い青空がゆっくりと回転していることに気づいた。

 決着の塔の頂上らしき場所なのだが、ここもまたダンジョン内。異相空間であるらしい。エクスクルは空を見たまま告げた。

「どうも、この頂上だと。そいつがなんの願いを抱えているのか。その背景は、理由は

 そして結果は、って奴が上映されるらしくてな。言うなら自省ってやつを強制してくるのさ。さて、誰のが浮かぶのかな―――」


 くるくると空が回転する。

 彼の願いとその背景が上映される。


 ……久竜晴水の一番古い記憶は、姉のことでも冒険のことでもましてや英雄なんてものではなく。

 どこかの川のほとりで一人見上げた、晴れた青い空だった。

 きれいだった。すきとおっているのにきらきらしてて、傍にあった大きな木と自分に太陽の光が降り注いで。

 それから、晴れた空が好きになって、空の下にある綺麗な木が好きになって、自分の名前も好きになった。

 晴れた空はうっとりするほど綺麗で、水も同じような姿で流れている。



 だから彼は今の世界を愛しながら生きていた。風向きが変わったのは、姉とその友人に、計画とやらを説明された時だった。


 契国はあまりに無私を尽くし過ぎている。今まで契暦を率いてきたのは、かつて“聖域”と呼ばれた我々だ。だから、〈決着〉は自分たちのために使うべきだ。

 それにこの星が天蓋で閉じているのは許せない。だから日月の契国の繁栄と、宇宙への旅立ちを得て、さっさこの国だけで地球から出よう。この時代から脱出しよう。


 だの、なんだの。



 その時、久竜晴水は、この時代の寿命を理解した。


 空に映った青年――久竜晴水、キー・エクスクルが独白する。


「この時代は……この世界は、〈決着〉によって突然死する。誰も彼もが流されて、『終わり』の中に沈んでいく。そしてそれにどうしようもないほどに無自覚だ。なぁ、この世界はいい世界だろ。食うに困らず、戦争なんかねぇし、祝福も呪詛も機械もある、冒険だってあるし望郷だってあるし、ちょいと業に狂えば浪漫だって楽しめる。それが『終わる』んだ。おかしいだろ。おかしいって言えるだろ。だが――そのおかしさは『革命家』すらも巻き込んでいた。勇者、魔王、聖女、そして俺の姉とその親友……俺は、情けなかった。こんな、こんな凡愚どもに、俺達は憧れなければならないのかと。俺達は、こんな奴等を次の時代の神と崇めなければならないのかと。それが嫌だったから、俺は否を唱えた。いや、是を唱えたのかな? すべての革命家に先んじて、神になろう。君たちに知ってほしい――。火は燃え盛り、水は澄んでいて、土は柔らかく、金は輝いて、木は変わらずそこにある。この地球から見上げる星と月と太陽こそを上にして知ってほしい――あいつらの舞台よりも、俺と君たちの舞台の方がきっと、楽しい」


 キー・エクスクル。現実の、鏡夜たちの前で木に寄り掛かるキー・エクスクルは薄く微笑みながら……長台詞を必死に、誠実に話す空に映る己を見ている。

「どうして俺が〈決着〉に手をつけてないのか。俺たちの目的は――”停滞”だ。契暦を”終わらせない”こと。なぁ、わかってんだろ、鏡の魔人は特に、だ。全部見て聞いたよな。そしてもうわかっているはずだ。『どんな願いでも禍根が残る』と。快刀乱麻で解決する奇跡なんてねぇんだよ。遺恨なんか全部忘れろという願いすら、まともに続かねぇ。忘れたとしても証拠は消えねぇ。むしろ忘れてしまえば偽造された痕跡と本当の過去の違いすらわからなくなる。なら痕跡も消すというのは……おいおい――原始時代に戻すつもりかよ。祝福と呪詛は機械と同じくらい俺たちの生活に根付いてる。今は過去の集積の上になる。都合よくなんかできない。どんな願いも、だ」

 だから久竜晴水は第三勢力〈Q‐z〉首領、キー・エクスクルになった。

「この時代は素晴らしい。この時が永遠に続けばいい。でも、塔が攻略されたらこの時代は終わる。塔が消え去っても、この時代は終わる。だから、塔があるまま、この時代を続けよう。契暦は――終わらない。終わらせない。その願いは叶うだろう。コントラクター、柊が危惧した通り、遠い千年後、契暦二千年とともに俺たちは滅びることと引き換えに。それが俺の願いの結末だ」

 空がくるりと回転して夜空に変わる。真冬の夜空のごとき、星の煌めきと欠けた三日月。

「……〈決着〉を永遠にとっておくつもりなんですか?」

「ふ、その通りだ」

 現実のキーは断定する。鏡夜はむしろ戸惑って質問した。

「なら、なぜ、諦めるなと、希望の火を絶やさないことが目的だと、仰ったんです?」

「〈決着〉を心の奥底から諦めると、人類人外が一瞬で滅びるからだよ。諦めないで欲しい。挑戦し続けてほしい。その間だけは契暦は続く。だが〈決着〉は絶対やらねぇ。停滞しろ。停留しろ。淀め。迷え。――そのためにひたすら妨害する。そのはずだったんだ」

 エクスクルは断定的に、切り捨てるような強い口調で言った。

「だがな、バランスなんて知らねぇ、足を止めるなんて知らねぇ、お前の、お前のせいで、画策してた全部の準備を吐き出された。だが―――お前が死ねば、世界は諦めるだろう。この最後の妨害は、それだけの難事だからだ。だから、今ここで、俺はお前を折る。十年、二十年後に、再挑戦できる程度に、子供や誰かに後を託せる師匠面できる程度に、心を折る―――」

 夜空がぐるぐるぐるぐると回転する。

「その折り方を知ってやろうじゃないか!」

「……私の、バックボーンですか」

 そして、空に灰原鏡夜の願いとその背景が上映される。



 灰原鏡夜が、ことここまで至った理由。それは呪いのせいだった。もちろん、全身に纏わり憑く呪いの装備もそうだ。だが、もっと根本的に、根源的にも、彼は呪われていた。


 〈呪ってやる呪ってやる。お前を呪ってやる〉


 〈この世界から消えろ!!〉


 〈地獄を! 責め苦を! 絶えることなく味わい続けろ!!!〉


 〈灰原鏡夜ァ!!!〉


 ―――逆恨みだった。深い理由などなかった。今まで喰らっていたあらゆる理不尽だ。どこにでもあるような、意味不明な逆恨みだった。

 この世界に来た最初の発端から、呪詛だった。

(え……?)


 灰原鏡夜は普通に暮らしていた。普通に学び舎に通い、普通に友と過ごし、当たり前のように生きていた。それがひたすら気に障る誰かがいた。

 彼は自認の通り、軽薄だ―――。


 憎たらしい。軽薄さが憎らしい。その無神経さが恨めしい。憎い、憎いと、まるで壊れたおもちゃのように、その言葉の重さも理解しないで、口にし続ける誰かがいた。


 そして口に出した恨みが積み重なって、どこからか仕入れてきた遊びのような、誰かが行った呪詛が効果を発揮して、異世界に飛ばされた。飛ばされている間、地獄の責め苦を与えるために、あまりにも危険すぎると封印された呪詛装備一式の設置場所を通り過ぎて、そして絢爛の森の洞窟に落ちたのだ。

 神様も、世界の摂理も、あるいは奇跡のような偶然もなく、呪詛から灰原鏡夜の地獄は始まったのだ。

 そして――もしも元の世界に戻ったとしても、そんな誰かに呪われた灰原鏡夜は、今再び異世界に飛ばされるだろう。

 残念ながら、呪いが重すぎる。灰原鏡夜以外の世界と同等程度に呪われている。服の呪いに干渉するだけで、〈決着〉はほぼ大半のエネルギーを使いつくすだろう。


 空が回転する。奇妙なことに、真昼の晴れた青い空と、星と三日月が輝く夜空が綺麗に真っ二つになっていた。

 鏡夜は愕然としながらもキー・エクスクルを見た。エクスクルもまた目を見開いている。

「異世界人……?」

「……ええ、まぁ、そうですね」

「お前、ホントにいきなり、舞台に飛来してきて、ここまでぐちゃぐちゃにしたのか。ふざけてんな……!!」

 鏡夜の隣に立っていた華澄が納得したように言った。

「なるほど、これは確かに隠すべき事柄ですわね。正しい判断ですわ」

 うんうんと頷く華澄。あまりにもいつも通りで頼もしい。


 キー・エクスクルは立ち上がる。

「なら、遠慮はいらねぇ。チートにはチートで応えるのが礼儀ってもんだろ。今からクエスト『カーテンコール』を通して、全世界生中継だ。立ち塞がる俺と、それでも立ち向かうお前たちの姿でもって、契暦の継続を告げてやる。希望の火と絶望の氷――Q『エクスクル』が、これからの時代を保証する。契暦の続行を決定する。遠く千年先まで、この最高の時代は終わらない!」

 キー・エクスクル改めて。Q『エクスクル』。たった一人の、変わらぬ明日が欲しいと願い、滅びに繋がる明日などいらないと、そんなものに価値などあるのか? と除外されたはずの問いが立ち塞がる。

 鏡夜はその断定に、いつものように質問で応えた。人差し指を伸ばして、突きつける。

「ご存知ないんですか? 貴方がいても明日は来るんですよ?」

「……上ッ等ォッ!」

『エクスクル』の全身から炎が沸きあがって、塔の頂上、全てに一気に広がった。


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