プロローグ「終わりの終幕(フィーナレ)」
剣士と騎士は峠で死闘を演じていた。
理由はもはや忘れていた。意味ももはや知ったことではない。
小さな見栄だけが彼らを支えていた。剣士であることも騎士であることも失って。
そこには二人の男がいて。ただ死闘を演じていた。
ここで勝っていいの? 負けてもいいの?
どちらが勝てばいいの?
太陽も月も星も勇者も魔王も契約も、彼らを縛ることはない。
例え彼ら二人がどうなろうと変わらず明日は来る。
ならなんで死闘なんて演じる必要があるのだろう。
平和が一番。小さな見栄なんて捨てて、ただこの人生を謳歌しよう。
〔勇者と魔王のジョーク集 【最後のブラックジョーク】より抜粋
日月の契国、Hosted State of Demevil――出米毘留、あるいはエウガレス、もしくは欧妖連合。主要各国の首都に撃ち込まれた巨大な砲弾。
鉄の塊は一様に変形する。無骨な丸みを帯びた鉄の上半身に大きな目と小さな目の二つが開く。
砲弾の底から数多の車輪が広がり立ち上がる。そして、砲弾の側面が腕のように開く。その腕には巨大な銃口が、十門ずつ備え付けられていた。
クエスト『カーテンコール』。
彼らは一様に首都の重要施設を前にして不動だった。
『カーテンコール』は各国の言葉でメッセージを発信する。
[全ての策謀を否定する]
[全ての他人事を拒絶する]
[高度な政治的判断を拒否する]
[決着の塔への国家レベルの介入を禁止する]
雑にボイスチェンジャーに通したような声で、響き渡る宣言。
[ただし――個人レベルでの決着の塔への挑戦は推奨する]
[諦めないことを希求する]
[立ち向かうことを期待する]
[攻略を続けることを希望する]
身勝手な要求だった。形のない曖昧な言葉は壊れたレコードのように繰り返される。
[全ての策謀を否定する]
[全ての他人事を拒絶する]
[高度な政治的判断を拒否する]
[決着の塔への国家レベルの介入を禁止する]
[ただし――個人レベルでの決着の塔への挑戦は推奨する]
[諦めないことを希求する]
[立ち向かうことを期待する]
[攻略を続けることを希望する]
「なぜ撃墜できなかった!」
契国空軍少佐、久竜恒子が塔京南部にある基地で怒鳴りつける。部下の士官が報告する。
「はっ! 全ての撃墜システムを、蝶に変化することで回避されたからであります! そして上空にして、集合、再び砲弾へと変化し、国会議事堂前に着弾いたしました!」
恒子少佐は険しい表情を浮かべて愕然とする。
「馬鹿な……!? そんなことができるならばなぜ最初からしなかった!? そんな優位性を潰したままの兵器に、我々は煮え湯を飲まされ続けたというのか……!?」
クエストシリーズ、クエスチョンシリーズは、リコリス・エーデルワイスの、触れた無機物を蝶に変化させ、戻す力によって構築されている。妖精の女王、ティターニアになった彼女の能力の射程はこの星全てに及んでいる。
「あの兵器を破壊する作戦を立てるぞ!」
「しかし、少佐。“戦争”を行うなと、軍司令部から再三の命令が出ております!」
「作戦を立てるだけならあの“タコスケ”も反応しないだろうが! いいから作戦本部を作れと返答しておけ!」
「はっ!」
しかし作戦といってもどう立てればいいのだろうか。契国軍は前に蹂躙されている。
そもそもの話『カーテンコール』は〈Q‐z〉にとって目的の象徴だ。弱いはずがない。
彼女よりも上の立場の人間――そして他の国家指導者レベルは把握している。現在、公式上に存在する戦力では、『カーテンコール』を破壊することはできない。
多数の国々が協力して一国にいる『カーテンコール』へ戦力を一点投入すれば、もちろん勝利できるが、それでは完全に“戦争”と化すだろう。天照使の不安が常に付きまとう。
……根本的に、停戦の契約がなくなった後、一気に不安定になる国際情勢を思えば、軍事力を一気に他国へやったり自国に集中されることなどできるわけもないが。
そして……。動かない理由としてもう一つ。――柊釘真が危惧していたように――国々には必殺の生体兵器が残っている。温度変化型生体人形【八咫烏】など比較にならない、神代からの置き土産。停戦の契約がなくなった時に、次の世界を左右するパワー。
それらを用いれば機械兵器のハイエンド程度楽に始末できる。
だが今では――契暦では駄目なのだ。
巨大な機械兵器と必殺の生体兵器を戦わせれば間違いなく”戦争”と解釈されてしまう。
そうなれば国は文字通り亡ぶだろう。天照使によって、一切合切が吹き飛ばされる。
クエスト『カーテンコール』が虐殺を行いはじめれば応対するために立ち上がることもできるが、彼らロボットは一様にただメッセージを発するだけだった。
後少しで停戦の契約もなくなる。だからわざわざ機械人形で全てを占拠などするという愚行をおかす必要もない。その盲点を突かれた形だった。
故に国家はもう動けない。沈黙を保ち続ける。
とある場所、空に投影された世界中の映像を見ながら、久竜晴水――キー・エクスクルは滔々と語る。
「実際の話、ドームってのは策謀だらけだった。俺の姉貴だとか、喜連川の姉さんは契国の発展と、宇宙への道を手に入れるために俺を無理やり英雄にしたしな。あの勇者様にしろ、どうも政治的なアレソレで塔に挑戦させられてたし。魔王なんて、人外なんつー誰がそれかもわからねぇ遺恨に縛り付けられて魔王人形遊びに興じてた。聖女? あいつ自身が野心の塊だ。顔も見えねぇどいつもこいつも、隙あらばと陰謀陰謀と――。ああ――実に不愉快だ。だから全部カットだ」
エクスクルは自分が背を預けている木へより深く体重を預けながら言う。
「しかし――こういう、俺たちにここまでできるってやつは、あと500年くらいはするつもりはなかったんだが。巻き展開とかうんざりだ。だが――もはやあいつは排除できない。アイツを殺せば、もう世界は続かない。千年も五百年もない、十年二十年で、絶望と退廃だけが広がる世界になる」
契暦の中に生きて、『カーテンコール』を見て、そして『カーテンコール』のメッセージに耳を傾ける人々を、憂いを帯びた表情でエクスクルは眺めている。
「もっとあいつが遅ければ。一度もでも負けてくれれば。そんな詮無きことを考えちまう。『オセロー』。それとも『マクベス』。演劇だけが悲劇であるべきであり、現実はむしろ喜劇であるべきだ。俺はそう思っているのに」
エクスクルはがしがしと髪を掻く。その片目からは――赤い炎が噴き出していた。
「ああ、クソ、早く目覚めろ。お前を”折る”。折ってからだ。もうそうしないと話が続かねぇ。続かせねぇと」
エクスクルは自分の隣にいる盲目の少女へ顔を向ける。彼女はとろけるような、夢見るような表情で空を見上げていた。
「――リコリスに見せる世界の姿もごくごく短いハメになっちまうしな」
リコリス・エーデルワイスは、透明な微笑を浮かべた。
次の舞台を開こうとする、全ての革命家に叫びあげる。
この舞台は面白かった。永遠に無限に続けてもまったく構わないほどに。
しかし、劇はいつか終わるものだ――。フィナーレは必ず訪れる。
だから、最前列でかぶりつくように舞台を眺めていた彼は、主演男優のごとく、喝破した
「―――カーテンコールだ!!」




