第六話「銃の魔術師」
傘も差さず、バレッタも連れず、お嬢様然とした少女が片手に拳銃をぶら下げながら感慨深そうに言った。
「邪魔者は―――ありませんわ。誰も来るな、とバレッタに手を回させましたの」
鏡夜はだるそうな姿勢をすぐにやめる。背筋を伸ばし、胸を張り、相手を、華澄を見据える。
「待たせましたか?」
「いいえ、全然」
華澄は拳銃を揺らす。銃口は地面を向いたままだ。
「ああ、なんでしょうね。ただ、わたくし、この場面、この瞬間のために動いていたような気がしますの」
「全て予定通りと?」
もしそうならば、最悪中の最悪である華澄が〈Q‐z〉の一味だったということに――。
華澄はしかし、首を振った。
「それこそまさかですわ。わたくしは、ただのアルガグラムのエージェント。銃の魔術師。白百合華澄。それ以外の異名などありませんの。だから、これはただの感慨ですわ。……結果なんてものは予測できませんの。そしてわたくしは勝つつもりですわ」
いつの間にか華澄のもう片方の腕には機関銃が握られていた。しかし、両腕の銃を揺らすばかりだ。むしろ、静かに優しく告げる。
「もちろん、逃げてもよろしいですわよ!! わたくしは約束通り絢爛の森の貴方の過去を観測していない。それを知った上で――逃げると言うのならば。ええ、ええ、許さないと言うつもりもありませんわ――」
鏡夜は内心はともかくとして、即座に、気取って返答した。
「――まさか。お誘いをお断りするつもりはありませんよ」
絢爛の森で素をボロボロこぼしている鏡夜を観測していない上に、今は雨だ。水たまりだ――。身体はボロボロだけども、それを加味しても、今この状況は有利だ。鏡があちこちにあるようなものなのだから。例えそれが誘導されたものだったとしても。現状は極めて有利だった。
「では」
「ええ」
「踊りましょう」
「喜んで」
【EXTRA STAGE】 Professional Lady『Kasumi』
戦 闘 開 始
華澄が拳銃と機関銃を鏡夜に向けて、そして勝負が始まった。
そして鏡夜は血まみれになった。
彼はもう後悔していた。助けてほしい。強い。強すぎる。有利な状況だ。老龍や聖女よりマシとか思っててすいませんでした。
鏡夜は機関銃の雨を避ける。これは避けられる。しかし。華澄が拳銃を見当違いのところに撃つと、鏡夜の右肘を銃弾が貫通した。
だらんと右腕が垂れる。
跳弾ってこんなことできるんだ。映画で見たいかなるガンマンよりも理不尽だった。どこの瓦礫に当たってどんな風に跳弾するかは、いかに超人的身体能力を持つ鏡夜でも予測不能だ。じっくりと銃口を見れば理解できる可能性があるが、機関銃がそれを阻む。
《鏡現》の防御はむしろ悪手だ。鏡夜の足が止まり、さらに華澄への視界が塞がれる。まったく別の方向から飛んでくる弾への対応ができなくなる。
鎧も同上。関節を積極的に撃ってきているし、そこも防御すれば動きが一気にマネキンみたいになって殺されないまでも、頭部を吹き飛ばされたり、上半身下半身で分断される。彼女はそこまですると確信している。
致命的な場所に弾が当たってしまう可能性が飛躍的に上昇する――。今まで実にファンタジックな相手ばかりを相手にしたが、ただの拳銃と機関銃で、ここまでボロボロされるとは。
本当にどういう世界観なんだと、この世界に来て一番最初に思ったことを思い返した。そして頬に銃弾がかすった。血流れて、そして、すぐに回復する。
彼は親指で血を拭った。じっとしているのは敗北を意味する。この足で、もっと、速く、もっと縦横無尽に。
鏡夜はそう決めて、走り出した。
とにかく瓦礫と水たまりを利用して身を隠しつつ移動する。ちらりと華澄に姿を見られてしまえば、撃たれる前に身を翻して一秒以内に再び身を隠す。
足音を途中で出来る限り消して、鏡の世界へ何度も出入りをして、それでもなおできる最速で走り――。よし、いまだ、と鏡夜は華澄の背後の水たまりから襲い掛かった。
罠と気づいたのは触れる寸前だった。鏡夜の紅瞳は弱点を見抜く。華澄は例外的に弱点が【なし】と表示される人間だ。しかし、今、鏡夜が掴んだ豪奢な金髪と茶色を基調としたブレザーを見ても、弱点が見えない。
鏡夜が掴んだものは、瓦礫に服を着せて、金髪を乗せた瓦礫だった。
(―――髪の毛? 豪奢な金髪、ウィッグ……まずっ)
そこまで考えて、鏡夜は隠れようとして、喉にナイフを刺しこまれた。ナイフが鏡夜の首元半分まで断ち切る。出血した血が口から吐き出され、胃の中にも大出血が溜まっていく。鏡夜はナイフを掴んだが華澄の手を摑まえることはできなかった。
第三階層での意趣返しのつもりか。あの時逆にナイフを押し込むことで動揺させた。今度はこちらから首を半ばまで斬ると――。
鏡夜は華澄の正体を見る。
黒いベリーショートに茶色の短パンを着て、黒いタイツに、腕の手首までぴっちりとした黒い袖のある服を着ている。薄手のタクティカルベストという矛盾した装備をした目の前の少女が―――しこたま鏡夜に機関銃を撃ち込んだ。
鏡夜はそのまま瓦礫に背を預ける形で座り込む。喉と身体から血が大出血する。どう考えてもただの人間ならば即死する重大な負傷だ。
しかし鏡夜は震える手で喉に刺さったナイフを抜き取ると、かはっ、と血を吐いて笑った。顔が上がらないので、伏し目で華澄を見上げる。
「―――ずっと変装していたんですか?」
華澄は鏡夜の額に今度こそ拳銃を突きつけた。
「奇を衒うための手札ですわ。ああ、別に偽りの姿というわけでもありませんわ。華々しさ! ――そしてこの実務一辺倒の姿。両方わたくしですわ。二兎を追って二兎とも得る。それがわたくしの浪漫の正体――わたくし、これでも強欲で傲慢なんですよ」
鏡夜の喉は切り裂かれ、身体には二十発以上銃弾が食い込んでいる。彼は瓦礫の山に寄り掛かって華澄をぼんやりと見ている。
自動回復は問題なく働いているが、ダメージが大きすぎた。血が足りない。今までの疲労も積み重なってしまって、今度こそ駄目かと思うほど絶体絶命だった。
―――雨はあがっていた。
(そういえば)
鏡夜は自分の身体の下を見る。血だまりが出来ていた。新鮮な血だ。大量の血だ。そこには鏡夜の姿が映っている。
(そういえば)
鏡夜は自分の額に突きつけられている拳銃へ意識を向ける。おそらく掴もうとするよりも彼女の銃を撃つ速度の方が速いだろう。
ただし殺す気であればだ。
(そういえば)
“お前は愛されている。それがお前の弱点だ”。確かにキー・エクスクルはそう言った。覚えている。白百合華澄が、灰原鏡夜を信頼してしまっていると、自分がそう考えていたことも覚えている。
(それならば)
鏡夜は片手をあげると、さよならを意味するように、左右に振った。
そして、血の池を鏡にして、鏡夜は鏡の世界に潜り込んだ。
華澄は――撃たなかった。そして、一歩だけ血の池に近づいた瞬間、鏡夜はそこから手を伸ばして彼女の足首を掴んで、鏡の世界に引きずり込んだ。
鏡の世界は鏡夜にとってのホームグラウンドだ。彼は空間を操り、華澄を思いつく限りの捕縛を行った。鎖でつなぎ、檻に閉じ込め、全身を縄で縛り上げ……正直犯罪チックというか、悪役のやるような行為などでやりたくなかった。しかし背に腹は代えられない。
さらに鏡夜は、ボロボロの肉体をぱっと見無傷になるように偽装した。華澄から見ればあっという間に回復して不敵に立っているように見えるだろう。
実際は未だに血が流れて、半分死体のような状態で立っているのだが。
「――私が勝ちましたね」
「それはどうでしょう?」
鏡夜のハッタリに華澄は動揺することなく彼を見つめている。
「なぜ、わたくしの身体を切り裂きませんの?」
鏡夜は無言で右手を振るった。華澄の肩から胸にかけて切り裂かれたような傷が出現し、血が飛び取る。
華澄は、眉を顰めつつも口元は吊りあがったままだ。
「やはり……。確信しましたの。ここは幻影のようなものですわね? 痛みが現実のものと違いますわ。ショッキングなだけですの。鈍痛が薄い。鏡の世界の痛みや回復は現実世界に持ち込めない。この理解に間違いは?」
鏡夜は眉尻を下げると、やれやれと言った様子で返答した。
「おそらく正しいでしょうね。試したことはありませんが。では、耐久勝負をすればよろしいのではないでしょうか。私は……ふふ、今まで内緒にしていましたが、ダメージが自動回復するんですよ」
「回復も持ち込めない、とわたくしたった今分析しましたわ」
鏡夜は額に手を当てて言う。
「……例え幻覚のようなものであっても、この世界は私の世界です。いわゆる、拷問、という手段も取りえるのですが?」
「どうぞ? お好きなように」
「……………」
(利くわけねぇだろ。そしてできるわけねぇだろ)
八方塞がりだった。ただ、少なくとも戦闘は回避できた。鏡夜は指を鳴らして闇の世界に一脚の椅子を作ると、そこに足を組んで座った。
「……そうですね。根本的なところからいきましょうか。どうして私に敵対したのですか?」
「理由はお話しましたわ。“「――その〈決着〉で叶える願い。わたくしに、最悪なほど、有害ですわ」”」
「呪いを解くことがですか?」
「灰原鏡夜をやめることがです」
「……」
「最初はよかったんですの。ええ。ただ、今頃になって、貴方という鏡の魔人が、貴方という奇妙なヒーローが。いなくなることが、どうしても許せないんですの。それでも、わたくしは契約しましたから、まぁそういうものだと飲み込んでいたのですが。……ええ、人形使いが捕まり、そして、貴方が追加した、私に極めて無害な〈決着〉をつけるという約定が破られるという条件が重なり……今しかないと」
「………」
とても、なんて言っていいかわからなかった。その鏡夜の内心に気づいたのか、華澄は困ったように言った。
「お願いがありますの。このままだとわたくしたちは勝ち負けを決められませんわ」
「……そうですね」
「バレッタに手鏡を持たせてますわ。そこに接続してくださいまし」
「……バレッタさんが鏡に向かって銃弾を撃ち込んでも私にはダメージは入りませんよ? 例え手榴弾でもです」
「ふふ、いまさらそんなことはしませんわ。ああ、でも、声は繋げてくださいまし」
「………」
鏡夜は指を鳴らす。すると、一枚の巨大な窓が鏡夜と華澄の横に作り出される。そして、そこに白い陶磁器のような生体人形、バレッタ・パストリシアが映し出された。
「あー、あー、見えてますか? 聞こえますか? バレッタさん」
「………。くすくす。見えておりますよ灰原様……。そして、ご無事ですか? 我が主」
声音は硬いものだった。言葉の調子も平常のものと比較して狂っている。どうも、自分の主である華澄の様子に動揺しているらしい。ずいぶん人間味に溢れる反応だ。
華澄はバレッタを安心させるように言う。
「大丈夫ですわ。見た目は重症ですけれど、実際は無傷ですのよ?」
「くすくす。それはよかったです。もしご無事でなければ、灰原様を抹消して、我が身も自壊させる必要があったので」
「おお、怖いですねぇ」
(いや、マジで)
彼は内心でビビりながらも超然とした態度を保つ。状況を支配しているのは鏡夜なのだが、展開にはまったくついていけなかった。
何かを致命的に勘違いしていることに、ようやく思い至り始めたからだ。
華澄がバレッタへ言う。
「……わたくしの、内心を謳いあげなさい、バレッタ」
「……くすくす、よろしいのでは?」
「ええ、止めませんわ」
大きな画面に映っているバレッタは静かに語り始めた。
「くすくす―――。白百合華澄は灰原鏡夜を見た時、言いようのない感覚を覚えました。見ているだけで、幸せなような。白百合華澄は灰原鏡夜と話した時言いようのない感覚を覚えました。思い出すだけで、満たされるような。それはうっすらと、ぼんやりと、なんとなく――意識することもなく、無意識のどこかで、感じるものでした」
鏡夜は唐突に全身がかゆくなって頭を降りまわしたく衝動を覚えた。しかし、バレッタ・パストリシアの語りは続く。
「白百合華澄は、強い人間です。その、”それ”に惑わせることもなく、ただベストコンディションで、ただただ精密な仕事ぶりで、彼と一緒に冒険をし、ミッションをこなしました。一緒に、過ごしました。笑い合いました。背中を預け合いました。そして、思い出という瑞々しい水を注がれて――”それ”は、花開いたのです」
「んぐ」
今までずっと黙っていた華澄が、らしくもなく唸った。
「んぐゅうううううううううううですっっっのッ……!!」
華澄は、悶えている。鎖、縄、檻。あらゆるもので捕縛された状態で、がちゃがちゃと拘束具をふりまわして暴れている。例え己の所有物であろうと―――。言葉にされるのは、恥ずかしい。
鏡夜も同じようなものだ。絶対に素面で聞いて平静ではいられない。
その二人の様子を見て、バレッタは一旦語りをやめて問いを発した。
「くすくす、やめますか?」
バレッタは叫んだ。
「いッ! いっ! えッッ! 続けなさいバレッタ!! 容赦なく!! これを放置するのは精神的コンディション及びわたくしたちの関係に、極めて著しいぃい! 悪影響ですわあああ……っ!」
華澄にありえざる動揺だった。ただの少女のように恥ずかしさという苦悶に震えている。そして次の瞬間、ただの少女ではない、鋭い、強い人間としての顔に変わった。
「だから――最後まで語りなさい」
バレッタは華澄の指示を聞いて、口を開いて、致命的な一言を発した。
「“それ”は少女ならば誰もが咲かせる恋の花―――。つまるところ、”淡い初恋”だったのですよ、灰原さん」
鏡夜は衝動的にバレッタとの接続を切って、さらに鏡の世界から自分と華澄をたたき出した。
先ほどの焼き直しのように鏡夜はボロボロの肉体を瓦礫の山に預けて座り込んでいる。
その横には白百合華澄が武器を出すこともなく座り込んでいた。
絶望的な痛みがぶり返す。気が少しまぎれるが、残念ながら逃避は続かなかった。隣に座っている華澄が呟いた。
「照れて、しまいますの」
いぜん鏡夜は血まみれだ。身体に銃弾はめり込んでいるし、そこから血は垂れているし、喉からは赤い液体が垂れている。
そんな相手に隣にいる華澄は言った。
「恥ずかしいですわ。だから、抱きしめてくださいまし、苦しいくらいに強く。わたくしのこの顔など見れないくらいに、強く」
耳が真っ赤なのがもう、語るに落ちていたが――それを言葉にするほどに、鏡夜は無粋ではなかった。
鏡夜はどうにか右腕を持ち上げると胸に顔を押し付ける華澄の肩を持った。彼女の服もまた血まみれになる。
彼は、負けを受け入れた。
「わかりました。……灰原鏡夜はやめません。鏡の魔人だってやめません。その上で、呪いだって、なんとかします。……解かなくても、“決着”はつけます……それ、で、勘弁してください」
「……はい、それで十分ですわ、鏡夜さん」
こんな死ぬ寸前で抱くような気持ちではないし、こんな致命傷だらけでするロマンスではないが。
これが灰原鏡夜と白百合華澄の浪漫だった。
【EXTRA STAGE】 Professional Lady『Kasumi』
Clear!
血まみれのボロボロで壁に背を預けてる灰銀華美な男と同じく血まみれで寄り添って抱きしめられるミリタリーな少女は、しばらくしてどちらからともかく離れた。
鏡夜はいつのまにか、服も身体も完全に傷は回復していた。だがもういろいろな意味で限界だった。
しかし、華澄は言った。。
「あまり申し上げたくはないのですけれど――あの小屋で、待っているそうですわ」
行かなきゃダメ? という弱音を一秒間に十五回ほど言いそうになったが、彼はそれを意地で止めた。そのまま、飄々と応える。
「それは、急ぎませんと」
鏡夜は立ち上がると、背筋を伸ばして歩き出した。
「いってきます」
「いってらっしゃいませ」
鏡夜は傍にあった水たまりを鏡にして、そこに飛び込んだ。
そして、あの、鏡夜と桃音が出会った、あの小屋の傍の水たまりから彼は出現した。その小屋の扉には不語桃音がよりかかっていた。
ずっと待っていたらしい。
桃音は鏡夜に気づくと、静かな足取りで近づいてくる。鏡夜はもうフラフラな状態で、彼女が来るのに任せるように突っ立っていた。
正直な話、コンディションは最悪である。なまじっか服に汚れも破けもなく、身体も完全な健康を保っているせいで外側からはわかりづらいが、一秒後には気絶しても当然と言えるレベルで精神も体力も消耗していた。
だが文句は言わない。これはいわゆる無自覚自覚問わずの過労ではないからだ。自らの意思で選択した成り行き故に起きたことだ。文句を言うということは、八つ当たりであり、よくないものの擦り付けとほぼ同じだ。
最後の最後で、自分の負債を清算する詰めを誤るほど灰原鏡夜という男は馬鹿ではない。
あと一歩で鏡夜にかまされた地獄のような現状は終わり。あと一歩で、これに決着をつければ直近の問題は解決する。鏡夜は気合を入れて、桃音に飛び掛かった。
なんの会話もない。彼女と鏡夜にはなんの会話もない。なんの合図もないまま、桃音と彼の――戦いが始まった。




